第12話 にやける姫さま
その日はビワールの木の下で野宿することになった。
時刻はすでに午後の三時をまわっている。
俺も姫さまも疲れ果てていたので、いまから下山するのは時間的にも体力的にも危険だったのだ。
「姫さまの天幕はありますが、我々は木の下で夜露をしのぐしかありません」
「かまいませんよ。雨も降っていませんしね」
夜は肌寒そうだけど、それはたき火で解決できそうだ。
パーカーとTシャツでもなんとかなるだろう。
リュックサックの中をさぐって、ドロナックさんは俺の分のマントを一枚出してくれた。
「せめてこれをかけて寝てください」
旅人の必携アイテムであるマントじゃないか。
雨風から身を守ってくれるだけじゃなく、夜はこんなふうに毛布代わりにもなるんだよね。
いよいよ俺も異世界に来たって感じになってきたな。
俺はウキウキしながら真新しいマントを受け取った。
「カミヤさま、魔物の動きはどうでしょうか?」
それなら定期的にチェックしている。
すぐに地図画面に可視化を施してドロナックさんに見せた。
「現在の魔物の動きはこんな感じです」
先ほどまで四匹しかいなかった魔物が五匹に増えていた。
ただ、どちらも現在地からは遠い。
「おかしな魔物がいますな」
「どれですか?」
「この、じっと動かない赤いマークです」
本当だ。
他の魔物はゆっくりと移動を繰り返しているのに、この魔物だけはさっきから同じ場所にとどまっているぞ。
「これは一角ウサギという魔物ですね。どうしてじっとしているのかな?」
「一角ウサギですか。それなら、そこに巣があるのでしょう」
「ドロナックさん、なんだか嬉しそうですね」
「おわかりになりますか? これは非常に美味しい魔物でして、私の好物でもあるのです」
料理上手らしいドロナックさんが言うのなら期待できそうだな。
「他の魔物は遠くにいるようなので、ちょっと行って夕飯の材料を仕入れて来ましょう」
「でも、けっこう遠いですよ」
直線距離だと1キロメートル強だが、ここは山の中である。
一筋縄ではいかないはずだ。
「なに、三十分もあれば戻ってこられます」
十時間も歩いた後なのに、ドロナックさんはまだ体力に余裕があるらしい。
つくづく、とんでもない人だなあ。
「姫さま、よろしいでしょうか?」
「うむ、よきにはからえ。この山の魔物ふぜいなら、わらわの魔法でも対処できる」
そうか、その心配がないからドロナックさんは夕飯の材料を取りに行くのだな。
「魔物の動きは私が監視しておきます。奇襲をかけられることはないでしょう」
「よろしくお願いします」
地形図と巣の場所を頭に刻み込んだドロナックさんは立ち上がり、あっという間にいなくなってしまった。
ドロナックさんが出かけると、俺は辺りに落ちている枝を拾い集めた。
夜はこれで火を焚き、暖をとるつもりだ。
俺が枝を集めていると姫様までもが一緒になって枝を拾い出した。
「俺がやるから休んでいてください」
「かまわぬ、やらせてくれ。こんな機会は二度とないかもしれないからな」
姫さまはご機嫌で枝を集めている。
無邪気に喜んでいる姿は、はじめてキャンプにきた子どものようだ。
普段の生活では絶対にこんなことはしないのだろうなあ。
枝は大量に落ちていたので十分もかからずじゅうぶんな量が集まった。
「少し休もう。カミヤも遠慮なく座るがよい」
俺たちはめいめい木にもたれかかって座った。
最初はとりとめのない会話があったのだが、疲れもあって互いに口数も少なくなっていく。
俺はといえば少し眠くなってきたぞ。
だけど油断しちゃいけない。
定期的に地図を開いて魔物の動きを観察しないとね。
よし、こっちに近づいてくる魔物はいないな。
あ、一角ウサギの反応が画面から消えたぞ!
きっと、ドロナックさんが討伐したのだろう。
出かけてからまだ間もないというのに本当にやってのけるんだな。
俺はドロナックさんの動向を姫さまに報告しようと顔を上げた。
ん?
なんだ、あの表情は……。
姫さまは手にはめた指輪をさすりながらニヤニヤと笑っている。
楽しい空想でもしているのかな?
それとも、ビワールが見つかった喜びを噛みしめているとか。
おや、俺と目が合ったと思ったら視線を逸らされてしまった……。
機嫌を損ねることでもしたかな?
「姫さま、地図上から一角ウサギの反応が消えました。ドロナックさんが首尾よく討伐したようです」
「さようか。それはよかった」
ふむ、機嫌が悪いということではないようだ。
気にするほどのことでもないか。
「と、ところでカミヤ。そなた、歳はいくつだ?」
「二十七歳です」
「ほう、わらわと八つ違いか。ふむ、ちょうどいいかもしれんのぉ」
「なにがです?」
軽く質問しただけなのに姫さまは慌てだした。
「なんでもない! 念のために聞いておいただけだ……」
念のためって、なんのためだよ?
「ふぅ、ここは静かなところであるなぁ……」
強引に話題を変えようとしているな。
まあ、年齢を聞かれただけだ。
追及するほどのこともないか……。
落ち着かない沈黙の中で待っていると、大きな葉に包んだ、これまた大きな肉を手にしたドロナックさんが戻ってきた。
本当に三十分で戻ってきたよ、この人……。
「お待たせいたしました。肉の処理に少々時間がかかりまして」
いや、時間なんてちっともかかっていないからね!
獲物の解体って、すごく時間がかかるものじゃないの?
それをこの短時間でやってしまうとは、さすがはスーパー執事さんだ。
「枝を集めておいてくださったのですか。これは助かります。さっそく肉を調理していきましょう」
そう言って、ドロナックさんはフロックコートのボタンに指をかけた。
上着を脱いでエプロンでもつけるのかな?
スーパー執事さんはエプロンだって似合いそうである。
だが、ドロナックさんはボタンを外しただけで上着を脱ごうとはしなかった。
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