異世界で精霊使いになったけど、俺の使えるスキルは地図だけでした

長野文三郎

第1話 居眠りをしていたら異世界に迷い込んだ


 俺は迷子だ。

 いや、齢二十七にして迷子というのはおこがましい。

 より正しく、迷えるお兄さんであると訂正しておこう。

 気軽にマヨオニとでも呼んでくれ。

 だが、俺は道に迷っているわけではない。

 人生の方向を見失っているだけである。

 念のために言っておくけど、自分探しの旅をしているわけでもない。

 詳しく説明しておこう。

 一年前、勤めていた会社が倒産した。

 資金繰りに問題があると噂にはなっていたけど、まさか潰れるとは思っていなかった。

 社員が真相を知ったのは、社長が会社の金を持って高跳びした後だった。

 目下のところ、俺は新しい就を探している。

 だが、これがうまくいっていない。

 あれよあれよという間に失業保険は切れ、今は知り合いの居酒屋でバイトをしているフリーターだ。

 ホール係のはずだったけど、なぜか厨房で包丁を握る日々である。

 そのことに文句はない。

 雰囲気の良い店だし、作れる料理も増えた。

 俺は呑み込みが早いということで、店長からは正社員として働かないかと持ち掛けられているほどである。

 そうなれば生活には困らないだろう。

 だけどね……。

 このままでいいのかな、という焦りのようなものが常にある。

 その思いは、学生時代や前職ころからずっと心の中にあった。

 なんというか、人生に刺激が欲しいんだよね。

 こんなことを考えるなんて、俺は贅沢なのかな?

 恋人でもいれば心境も違うのだろうけど、そんな人はいない。

 会社員のときに貯めた貯金があるから、いっそ放浪の旅にでも出ようか、なんてことも考えたりもする。

 だけど、煮え切らない俺はいつも一歩が踏み出せない。

 せめて人生の道しるべのようなものがあればなあ……。

 そんなことを考えながら習慣になりつつある朝の散歩に俺は出かけた。


 線路沿いの桜並木は満開だった。

 十重二十重の花の下のベンチに腰掛け、俺は桜を見上げた。

 満開の桜の下で呆ける俺の横を快速列車が轟音を立てて駆け抜けていく。

 あの電車が遠いところまで俺を連れて行ってくれないだろうか?

 ここじゃないどこかへ。

 見知らぬ街、見知らぬ人、冒険の日々。

 とりとめのない白昼夢に意識を漂わせながら、いつの間にか俺は眠りに落ちていった。


 夢うつつの中で人のざわめきを感じた。

 桜並木が混んできたのかもしれない。

 いつまでもベンチを占領していては迷惑ってもんだ。

 仮眠のおかげで頭はやけに冴えている。

 時は満ちた。

 そろそろ目を開いて起き上がる時間だ。


「起きなさい、正太。起きて、汝のなすべきことをするのです」


 神様からのお告げのように俺は自分に言い聞かせてから目を開いた。


 妙にすっきり目覚めたと思ったのだが、俺はまだ夢を見ているようだった。

 だって、ここは俺が居眠りしていた線路沿いの並木道じゃないから。

 というか、ここは重森町でさえないよね……?

 さらにいえば日本でさえない気がするんだけど!

 まず、風景がぜんぜん違う。

 これは映画で観た古いヨーロッパの街並みにそっくりだ。

 通りを歩く人々の服装もそんな感じである。

 中世というより近世か?

 背の高い立派な建物には窓ガラスがはまっているが、道を行き交う乗り物は馬車ばかりだ。

 言葉はどうなっている?

 俺は向こうから歩いてくる男二人の会話に耳をすませた。


「ラシャール薬局の薬はぜんぜん効かないな。とんだ損をしたよ」

「そんなの有名な話じゃないか。さては巨乳の店主を一目見たくてあそこで買ったな」

「ははは、ばれたか」


 こいつら、日本語をしゃべってねえ!

 だけど、それ以上に驚きなのは俺がその内容を理解できてしまうことだ。

 どうなっているんだ……?

 まっさきに思いついたのは『異世界転移』というワードだった。

 なんだかわからないけど、居眠りをしていたら妙な世界に迷い込んでしまったのかもしれない。

 いやいや、放浪の旅に出たいと思ったこともあったけど、異世界まで来たいとは考えていなかったぞ。

 どうしよう、これから……?

 だが、これが漫画やラノベでおなじみの異世界転移であるのなら、お約束のあれがあってもおかしくない。

 そう、チートである。

 転移者は特別な力を持つという、あのお約束である。

 俺にもそんな力が備わっているかもしれないぞ。

 試しにぎゅっと拳を握ってみたが、力が強くなっているような感じはしない。

 それなら魔法が使えるのか?

 お腹に力を込めて、体内をめぐる魔力を感じてみよう。


「…………」


 だめだ、なにも感じない。

 しいて言うならじゃっかんの空腹を覚えただけである。

 恥ずかしいけど、「ステータスオープン!」って叫んでみようかなあ。

 人のいないところで……。

 といっても、人のいないところってどこなんだよ?

 ここは街中のようで、右を向いても左を向いて往来が激しいぞ。

 くそ、どっちに行ったらいいか全然わからない。

 そもそも、ここはどこなんだよっ!


 ブンッ!


 心の中で悪態を吐いた瞬間、うなりをあげて俺の目の前に半透明のウィンドウが開いた。

 まるでゲームのステータス画面である。

 だけど、そこに記載されていたのは俺のステータスではない。


「これは……地図か……?」


 俺が開いたと思われるウィンドウは、まるでスマホの地図アプリだった。

 画面には町の形状が描かれ、自分がいると思われる地点には青いポイントが打たれている。

 俺は現状を理解すべく、地図をよく調べることにした。

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