第5話

 ベルウッドへの帰り道。

 夕焼けが空を茜色に染めている。

 あたしたちは黙って歩いていたけど、あたしは勇気を出して口を開いた。


「あの……一つ聞いてもいいですか?」


 返事はない。

 でも、続ける。


「前に森で助けてくれたのって、あなたですよね? ジェイドって名前で」


 レオン様の足がピタリと止まる。

 驚いたように振り返る彼の顔に、少しだけ動揺の色が見える。


「……気づいていたのか」


 やっぱり!


 あたしは例の護符を取り出して見せる。


「これを見たとき、あなたのマントにも同じものがあったから。それに、瞳の色も……緑に見えたけど、光の加減かなって」


 レオン様は少しバツが悪そうな顔をして、ため息をついた。


「時々、正体を隠して森を巡回している。勇者という肩書きは……時に重荷になるからな」


 初めて聞く彼の本音に、あたしは少しドキッとする。

 この人にも、弱い部分があるんだ。


「カリオスのこと、知ってたんですか? あたしのスキルのことも……」


 レオン様の表情が再び硬くなる。


「彼は危険だ。関わるな。スキルのことも……今は忘れろ」


 でも、あたしは食い下がる。


「忘れられません! もし、あたしの力が本当に悪いものだったら……あたし、どうしたら……」


 不安で声が震える。

 すると、レオン様は意外なことを言った。


「スキル自体に善悪はない。使い方次第だ」

「え……?」


 彼の真剣な眼差しがあたしを捉える。


「カリオスが何と言おうと、君のスキルは君自身のものだ。どう使うかは、君が決めることだ」


 レオン様の言葉が、あたしの心にストンと落ちる。

 そうか、あたしが決めるんだ。


「あたし……」


 何か言いかけた時、道端で苦しそうにうずくまっている人影を発見した。

 旅の人みたいだけど、ひどい怪我をしている!


「大丈夫ですか!?」


 あたしは駆け寄り、レオン様も警戒しながら近づく。

 レオン様も治療を手伝ってくれて、旅の人はなんとか意識を取り戻した。


「あ、ありがとうございます……このご恩は……そうだ、お礼と言っては何ですが……魔王軍が『雷鳴の谷』に集結しているという確かな情報を……」


 その言葉に、レオン様の顔色が変わった。


「雷鳴の谷だと……? 重要な戦略拠点だ。急いでギルドに報告しなければ」


 あたしたちは旅の人を安全な場所まで運び、急いで町へ向かうことにした。

 歩きながら、レオン様がポツリと言った。


「日向」

「はい?」

「……私と組まないか」


 ……へ?

 今、なんて?


「君のスキルは特殊だ。私の力と組み合わせれば、多くの人を救えるかもしれない」


 彼の顔は真剣そのもの。

 でも、すぐにいつものツンとした表情に戻る。


「勘違いするな。君の力を利用したいだけだ。個人的な感情はない」


 ……はいはい、ツンデレ乙。

 あたしは満面の笑みで答えた。


「いいですよ! 組みましょう、レオン様!」


 こうして、あたしとツンデレ勇者様の、奇妙なコンビが誕生した。

 これからどうなるか分からないけど、なんだか、すごくワクワクする!

 あたしの異世界成り上がりストーリー、第二幕の始まりだ!


 あたしたちの頭上、遠くの空で赤い点が一つ、怪しく光っていることには、まだ気づかずに――。


『フフ……面白くなってきたな……日向。君がどちらを選ぶか……』


 カリオスの声が、風に乗って囁いたような気がした。


 ◇ ◇ ◇


 一方、ベルウッドの中央にそびえ立つ「創造神エルドリア大神殿」。

 その荘厳な祈りの間で、聖女エリザは静かに祈りを捧げていた。

 

 淡いピンク色の髪が、床に敷かれた白い絨毯に柔らかく広がる。

 額の水晶が、祈りに応えるように微かな光を放っていた。


「聖女様、神のお告げはありましたか?」


 背後から声をかけたのは、神殿の長老タリウス。

 エリザはゆっくりと振り返る。

 その紫色の瞳には、深い憂いの色が浮かんでいた。


「はい、長老。……『神の使者が現れた』と……」


「おお! それは誠ですか!して、そのお方は?」


 タリウスは期待に目を輝かせるが、エリザは言葉を濁す。


「それが……姿形ははっきりとは……ただ、強い力を感じます。そして……」


 エリザは言い淀む。

 彼女が見たビジョン。

 

 黒髪の少女。

 不思議な力。

 

 そして、それを見つめる邪悪な赤い瞳。

 世界が揺らぐ予感。


「神の声が……少し、乱れているようなのです」

「なんと……」


 タリウスは眉をひそめる。


「それは異例のこと。聖女様には、更なる瞑想が必要かもしれませんな」


 エリザは静かに頷き、窓辺へと歩み寄る。

 眼下に広がるベルウッドの街並み。

 平和に見えるこの街にも、魔王軍の影が忍び寄っている。


 そして、あの異世界の少女……。


(あの方に会わなければ……何か、とても大切なことが始まる気がする……)


 聖女としての使命感と、個人的な好奇心。

 二つの感情が彼女の中で揺れ動く。


 そこへ、若い神官が慌てた様子で駆け込んできた。


「聖女様!大変です!町で噂になっている異世界の女が、勇者レオン様と共に『雷鳴の谷』の魔王軍調査に向かうとの情報が!」


 エリザの体がピクリと反応する。

 額の水晶が、今までになく強く輝き始めた!


「その女性の……名前は?」

「はい、確か……日向、と申しておりました!」


 日向!

 やはり、あの少女だ!


 エリザの脳裏に、新たなビジョンが鮮明に映し出される。


 日向とレオン、そしてカリオス。

 三者が対峙する緊迫した光景。

 そして、その中心で輝く、日向の不思議な力……!


「行かなければ……!」


 エリザは決意を固める。

 長老の制止を振り切り、彼女は神殿の扉へと向かう。


「聖女様! どちらへ!?」

「神の使者に会うべき時が来たのです。私も『雷鳴の谷』へ向かいます!」


 その瞳には、もう迷いはなかった。

 聖女としての仮面を脱ぎ捨て、一人の少女として、自分の意志で動き出す時が来たのだ。


「神の声だけではない……これは、私の声……!」


 エリザの小さな冒険が、今、始まろうとしていた。

 日向の運命と交差する、その瞬間を目指して――。

 

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異世界パパ活女子の成り上がり~貢がせスキルでSランク冒険者に君臨します~ 暁ノ鳥 @toritake_1

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