私のぴょんぴょんランウェイ!

小屋隅 南斎

第1話

 日常が抗争で溢れている今の時代、抗争現場に出くわすこともよくあることだ。たぶん車やお店を見かける頻度より、殺戮している少女達を見かける方が多い。凄惨な殺し合いの現場に居合わせる度に、視線はいつも決まった場所へ吸い寄せられる。それは三大組織の内の一組織、『ラビット』。愉悦をモットーとする、いつも笑顔の彼女達。その、着用している制服。黒と白、幾重にも折り重なる上質なコーマバーバリー。フリルとラッフル、サテンリボン、リバーレース。手にする凶器を振り回す度に、パニエにより膨らんだスカートがふんわり揺れる。抗争相手の攻撃を避ける度に、レースリボンが優雅に風に靡く。血が飛び散る中でも、黒白はいつもふわふわのひらひら。目にする度に、胸が高鳴って、世界が輝きを増す。そして思うのだ。


 ものすごく、ものすごく、ものすご~く、可愛い!




***




「あ、あのっ」

 緊張で震え、上擦った声が小さな公園に木霊した。声を掛けた先のモノトーンは、中腰の姿勢を解いて声の方へと振り返った。彼女が着ているのは、『ラビット』の制服だ。パニエにより大きく膨らんだスカート部分は、フリルがレースを作ってリボンでそれを絞り、その下からさらにフリルとレースが顔を覗かせている。リボンの先が垂れるひざ下は、これまたフリルで彩られたニーハイソックスで包まれていて、揺れるスカートの下からガーターベルトがちらりと見える。爪先の丸い光沢のある黒い靴は、その底がとても厚い。黒と白で統一された、フリルとレースまみれの制服。街中でよく見かける姿でもある。その肩の上に、斜めにカットされた内巻きのチョコレートカラーが現れた。艶やかな頭はフリルとリボン、コサージュで彩られたボンネットで覆われている。重いボブのワンカールされた毛先が舞うと、二つの瞳が顔を覗かせた。その瞳は色素が薄く、人間離れした儚さを感じさせた。まるで童話の世界の御姫様だ、と思った。

「……ボクに話しかけてくれたのかな?」

 目の前の少女は、パチパチとその長い睫毛を瞬かせた。柔らかで無垢な笑みを、声の主へと向ける。外見から受ける『お姉さん』という印象が霧散するような、好奇心に溢れた子供のような笑みだった。

「あの、その……っ」

 汗ばんだ両手を、きゅっと握った。ドキンドキンと、心臓が五月蠅い程脈打つ。目の前の黒白のリボンとフリルと薔薇とレース、そして美少女。それらに負けじと、声を張り上げる。勇気を出して、ずっと言いたかった一言を。今まで出したことのないような、大声で。

「私を……っ、『ラビット』に入れてくれませんか……っ!」

 目の前の御姫様は、笑みを浮かべたまま、パチパチと瞬いた。……わかっている。非常識な事を言っているってことくらい。『ラビット』は名の知れた三大組織の一角だ、恐らくこんな平凡な人間が入れるところではないだろう。それにきっと急に入らせて欲しいと言われて入れるような甘い組織でもない。戦闘力を見極める試験などもあるだろうし、正式な手続きだって必要だろう。しかし、ただの学生にはどこに行って手続きをしたらいいのかなんてわからない。尋ねに行く組織のアジトも、一般人にはどこなのか見当すらつかない。その点、街中では常に抗争が勃発しているため、『ラビット』の少女達は至る所で見かける。ならば『ラビット』のメンバーへ声をかけて、入り方をきいてみようと思ったのだ。『ラビット』の少女へと向けた顔は、緊張で強張っていた。呆れられるかもしれないし、なめているのかと怒られるかもしれない。最悪、武器を出されて殺される可能性すらある。それでも早打つ鼓動をききながら、じっと答えを待った。

「わああ~っ、仲間になってくれるの!?」

 目の前の顔は、ぱあっと明るく晴れた。彼女は溢れる嬉しさを噛みしめるように、黒いローズレースに包まれた両手を握って身を乗り出す。

「えっ、は……はい。……私でも、入れますか?」

「もちろんだよ! わあ~、嬉しいな! 一緒に沢山、楽しい事やろうね!」

 ほくほくとそう言って、彼女は新たな仲間の両手を握り締めた。満面の笑みに、声を掛けた側の方が思わず拍子抜けしてしまう。面食らったまま、握られた手へと視線を落とした。

(レース手袋……肌触りがとっても滑らかだな。エンブロイダリーレース……チュールレースかな……)

 白い肌を包む薔薇柄の黒いレースは、近くで見るとより上品さが際立っていた。……可愛い。思わずじっと見つめてしまう。

「そうだ、キミのお名前は? なんて言うの?」

 弾んだ声が降ってきて、顔をあげた。目の前ににこにこ顔が現れる。間近で見る愛らしい顔立ちに、可愛いボンネットもフリルで包まれた制服も、この子のためにあるかのように錯覚してしまう。

「紬(ツムギ)です。よろしくお願いします」

「よろしくね、ツムギちゃん! 『ラビット』はお堅いところじゃないから、敬語とかいらないよ! 楽しくお話しよ!」

 少女は握った手と上体を楽しそうに揺らした。斜めに切られたチョコレートヘアーが合わせて揺れた。それから、そっとレースに包まれた手が離された。

「ボクは、方舟(ノア)って言うんだ。丁度帰ろうと思ってたところだったんだ~、一緒に行こっか」

 ノアは胸を張り、クロスさせたリボンの下のプリーツへと手を置いた。人間離れした外見の彼女は、名前までも人間離れしているらしい。そんなことを考えながら、紬は静かに頷いた。ノアはそれを確認すると、紬から一歩離れた。それにより、彼女の後ろに死体が転がっているのが紬からも見えた。彼女が中腰になっていたのは、どうやら死体の確認をしていたためだったらしい。地面に倒れた少女は、紅色の制服に身を包んでいた。小さい花々の中から細長い装飾が垂れる髪飾り、足首まで長さのある薄手のふんわりとしたグラデーションスカート。この制服は三大組織の一つ、『レッド』のものだ。『レッド』は朱宮林檎率いる頭脳派集団の陰険組織である。制服の色に負けじと広がる血の赤に、紬は思わず顔に恐怖を滲ませた。

「あっ、大丈夫だよ。もう動かないから」

 ノアはその様子を見て勘違いしたのか、そう言って安心させるように笑い掛けた。動かないから大丈夫じゃないんだけどな、と紬は死体を一瞥してから、それを誤魔化すようにこくこくと頷いた。生気のない真っ青な顔は見れば見る程言い様の無い恐ろしさを醸しており、今夜の夢に出てきそうだった。改めて、とんでもない人達の仲間になっちゃったな、と自覚が芽生える。しかし、もう発言を引っ込めることは出来ない。

「こっちだよ~」

 ノアはそう言って、死体を残して歩き出した。紬も慌ててそれについていく。『ラビット』のアジトへ帰るのだろう。追いついた紬はノアの横に肩を並べた。

「ツムギちゃんは~、なんでボク達の仲間になりたいって思ってくれたの?」

 ノアは人好きのする笑みを浮かべながら、紬の顔を窺った。歩く動きに合わせてボンネットのフリルとコサージュ、リボンが揺れて、視線がそちらに吸い寄せられそうになるのをなんとか堪えた。

「その……。せ、制服が」

「制服?」

 ノアは口角をあげたまま、長い睫毛をパチパチとくっつけた。紬は恥ずかしそうに顔を俯かせながら、小声で囁いた。

「制服が……、可愛くて」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る