第三章:星の王国と影の陰謀
目の前に広がる光景に、僕は思わず息をのんだ。
王都スターゲイザー。
その名の通り、まるで星空を地上に降ろしたかのような都市だった。
白亜の城壁に縁取られた街には、天に向かって伸びる優美な塔が無数にそびえ立ち、その先端には水晶のようなレンズや、巨大な反射望遠鏡らしきものが備え付けられている。
街は活気に満ちている。
行き交う人々の服装は中世ヨーロッパ風だが、どこか洗練されている。
馬車に交じって、魔力で動くらしい奇妙な乗り物も見かける。
空には、小型の飛行機械のようなものがいくつか旋回していて、あれもおそらく観測用ドローン的な何かだろう。
すごい。ファンタジーとSFが絶妙にブレンドされた世界観だ。
しかし、僕の「シャドウストーカー」能力は、そんな華やかな光景だけを映し出すわけじゃない。
《観測対象:王都スターゲイザー》
《総合評価:表面的繁栄度 A / 潜在的危険度 B+》
《注記:衛兵間の情報伝達に異常な遅延とノイズを確認。民衆の会話における『王の病』『派閥争い』に関するキーワード出現頻度、過去24時間で35%増加。特定の地区において、夜間の不審人物の移動が増加傾向》
きな臭い。実にきな臭い。
水面下では、何かが蠢いている。
僕の本能……いや、長年の「観測」で培われた危険察知センサーが、警報を鳴らしている。
「さあ、こちらへ」
レイラ王女に促され、僕らは王宮へと向かう。
彼女は道中、フードで顔を隠していたが、王宮の門をくぐる際には堂々と身分を明かした。
衛兵たちは驚き、慌てて敬礼する。
無事に帰還した王女の姿に、安堵の表情を浮かべる者もいれば、一瞬、鋭い視線を向けてくる者もいる。
全部、僕の「観測」データに記録済みだ。
こいつら、後で要注意リストに入れておこう。
王宮の中は、外観に負けず劣らず壮麗だった。
磨き上げられた大理石の床、高い天井には星座を描いたフレスコ画、壁には歴代の王族らしき肖像画が掛けられている。
すれ違う侍女や文官たちは、僕の姿を見て一様に訝しげな表情を浮かべた。
まあ、そうだろうな。
場違い感半端ないもんな、僕。
陰キャ大学生がファンタジー世界の王宮を歩いてるんだぞ?
誰かツッコんでくれよ。
レイラ王女は僕を「異世界からの客人であり、特殊な観測技術を持つ者」と、なんとも曖昧に紹介してくれた。
おかげで僕は、とりあえず不審者として捕まることはなく、王宮の一室を与えられることになった。
ありがたい。
野宿はもうこりごりだ。
客室に通される途中、僕らは二人の重要な人物と出会った。
一人は、ナイトリー伯爵と名乗る壮年の貴族。
彫りの深い顔立ちに、手入れの行き届いた髭。
いかにも有能そうな執事キャラ……いや、伯爵だった。
彼はレイラ王女の婚約者でもあるらしい。
マジか。
僕の「観測」では、彼はレイラ王女に忠誠を誓っており、今回のクーデター騒ぎにも心を痛めている様子。
《レイラ忠誠度:92%》
《現状への危機感:88%》
うん、この人は信用できそうだ。
彼は僕に対しても、最初は警戒していたが、レイラ王女が「この方に命を救われました」と告げると、丁寧な態度で接してきた。
話が分かる人で助かる。
もう一人は、赤毛の騎士、ラウル・クリスタリア。
見るからに脳筋……いや、熱血漢といった風情の男だ。
彼は僕を見るなり、眉間に深い皺を寄せた。
「姫様、このような得体の知れぬ者を王宮に入れるなど、感心しませんな!」
声がデカい。
そして敵意がすごい。
《影山零_敵対度:75%》
初対面でこの数値はなかなかだぞ。
「ラウル、控えなさい。この方は私の恩人です」
レイラ王女が諌めるが、ラウルは納得いかない様子で僕を睨みつけてくる。
まあ、気持ちは分かる。
僕みたいな陰気なやつが王女様の隣にいたら、そりゃ心配にもなるだろう。
だが、その敵意はもうちょっと抑えてほしい。
こちとらガラスのハートなんだぞ。
ともあれ、僕はこうして王宮に潜り込むことに成功した。
与えられた客室は、僕のアパートより数倍は広く、調度品も豪華だ。
ふかふかのベッド! 文明の利器!
……いや、こっちの世界の文明だけど。
落ち着く間もなく、僕は「観測」を開始した。
レイラ王女を狙う陰謀の黒幕を突き止めなければならない。
僕の視界には、王宮内のマップと、そこにいる人々の位置情報、そして彼らの簡単なステータスが表示されている。
まるでリアルタイムストラテジーゲームだ。
《対象:侍女A》《感情:不安、恐怖(特定の話題に対して)》
《対象:文官D》《思考:保身、強い上昇志向》
《対象:騎士E》《忠誠度:低(現体制に対して)》
情報が洪水のように流れ込んでくる。
これを一つ一つ分析し、繋ぎ合わせていくのは骨が折れる作業だ。
だが、アイちゃんのSNS投稿をリアルタイムで監視し、その行動パターンから次のスケジュールを予測する作業に比べれば、どうということはない。
僕のストーカー……じゃなくて「観測」スキルは、こういう地道な情報収集と分析において真価を発揮するのだ。
怪しいのは、やはり一部の高官や騎士たちだ。
彼らの動きを詳細に「観測」していくと、奇妙な共通点が見えてきた。
彼らは時折、特定のシンボル(フクロウの目を模したようなデザイン)を身につけていたり、秘密の合言葉らしきものを交わしていたりする。
そして、彼らの会話の断片から、「議会」という言葉や、「監視こそが秩序」といった思想が垣間見える。
「監視者議会……か」
僕の脳内データベースが、森でレイラ王女が口にした言葉と、これらの情報をリンクさせる。
間違いなさそうだ。
この王宮の陰謀の背後には、「監視者議会」なる秘密結社が存在する。
そして、彼らに雇われた、あるいは所属する暗殺者集団……「影の追跡者」が、レイラ王女の命を狙っている。
そんな折、衝撃的なニュースが王宮を駆け巡った。
「国王陛下が……ご危篤!」
レイラ王女の父である国王が、原因不明の病で倒れたというのだ。
僕の「観測」でも、国王のバイタルは急速に低下しており、予断を許さない状況だった。
タイミングが良すぎる。
これも監視者議会の仕業か?
王宮内の緊張が一気に高まる。
王位継承権を持つのはレイラ王女ただ一人。
彼女が倒れれば、あるいは彼女を排除できれば、この国を乗っ取ろうとする勢力にとっては好都合だ。
レイラ王女は気丈に振る舞っていたが、その内心の動揺は僕の「観測」には隠せない。
《感情:深い悲しみ、不安、重圧》
《ストレスレベル:危険域》
無理もない。
父親が倒れ、自分は命を狙われ、頼れる者も少ない。
「零さん……お願いです。父を……そして、この国をお救いください」
彼女は僕の手を取り、震える声で懇願した。
その碧い瞳は涙で潤んでいた。
まずい。これはまずいぞ。こ
んな美少女に涙目でお願いされたら、断れるわけがないじゃないか。
僕のチョロいオタク心にクリティカルヒットだ。
「……分かりました。俺にできることなら」
僕は頷いた。心の中では「いや無理だろ……」というツッコミが鳴り響いていたが、口から出たのは決意の言葉だった。
こうして僕は、異世界の王位継承問題という、とんでもなくヘビーな案件に、真正面から首を突っ込むことになった。
果たして、僕のストーカー……いや、「シャドウストーカー」能力は、この国の危機を救えるのか?
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