20
「そもそも何がどうなってるんだ?おれは、滝田が犯人だと思い込んでたんだぞ?男の純情をどうしてくれるんだよ!」
頭を抱えて考え込んでいる吉岡に、頭上からあっさりと関の声が掛かる。
「純情に保障はしませんが、おかげさまで犯人逮捕に至りました。ご協力感謝いたします」
「おまえさん、…―――一体何がどうなってるんだよ?そもそも協力ってな?おれがいつ、―――一体、だから何がどうなってるんだよ!」
吉岡の心からの叫びに、黒いスーツ姿――刑事として動くときはほぼこの一張羅しか着ない――で、いかにも強面の刑事という風にみえる関に。
関に対して睨み返すようにしている吉岡に、はたからみている二人が話している。
「あの強面の関に、負けずに引いてない辺り、吉岡さんも大したものかも」
「先輩は、気が回ってないだけだとおもいますよ?基本、割と小心だそうですから」
秀一が隣に立つ神尾を見て問い返す。
「小心ですか?この吉岡さんが?」
「そうご本人がおっしゃっていました」
「――そういうときは大体、本当はそれほど小心ではなかったりしますけどね?」
「そういうものなんですか?」
「多分ですが」
「―――聞こえてるんだよっ!」
吉岡が振り向いて二人をみて小声で怒鳴る。
それに、にっこりと神尾が吉岡をみて。
「大丈夫ですよ、吉岡さん。ここはホテルじゃありませんから、もう怒られませんよ」
「まあ、防音は割としっかりしているが、―――どうして、警察じゃなくて、うちの病院で集まってるんだ」
吉岡が拗ねて座っているのは、どうやら滝岡総合病院外科オフィスの休憩コーナー。
そこに、何故か長身で刑事モードの関と、秀一に。
白衣の神尾はともかくとして、その先輩で今回の事件関係者の吉岡に。
吉岡に向かい合って座り、平謝りに謝っているのは金沢から来た滝田である。
「な?すまん、吉岡!な?」
「どこがすまんだよっ、おまえ、パトカーに乗りたいから話に乗った?協力したって?それでおまえを殺人犯だと思い込んだおれの純情はどうしてくれるんだよっ!」
「だから、…な?つまり、―――」
謝る滝田に吉岡が横を向き。
それに、秀一がしおらしく頭を下げる。
「すみません。関が根が暗い計画を立てたせいで、――――」
「違うだろ。おまえの立てた根の暗い計画におれが巻き込まれたんだろう」
「え?」
関が目を眇めていう、その指摘に秀一が白々しく目をみはってみせるのに、実に嫌そうな顔になる。
「おまえな?…――ともかく、吉岡さん。おれも悪いんですが、そもそもの計画はこいつが悪どいとんでもなく暗い計画を立てたせいになるんですよ」
「―――関さん?秀一くんが?」
ようやく、横を向くのをやめて吉岡が振り向いていうのに。
関が睨む隣で秀一が涼しい顔をして天井を眺める。
「滝岡先生。彼らが此処に集まる理由は、この病院のセキュリティが理由だそうですよ?濱野さんが秀一さんに指定したそうです」
「――濱野さんが、――秀一、そうなのか?」
疑念を顔に描いて滝岡がみるのに秀一が振り向いて。
「あ、にいさん。ここってセキュリティが良いらしくて、今回の犯人対策とか色々考えると、ここが丁度良いんだって」
「何がだ。…――セキュリティ?そういえば、西野。まだ話していなかったが、神尾のアクセスできる情報権限を、―――」
「濱野さん?お疲れ様です。こちらと繋ぎました」
「―――西野、…」
滝岡に答える前に、西野が既に濱野の居場所と外科オフィスに持ち込んだ端末を繋いで、画面上に濱野の画像を呼び出しているのに。
しみじみと滝岡が溜息をつく。
「濱野さん、―――」
「あ、滝岡先生ですか?御久し振りですっ!」
実にうれしそうに濱野がいうのに、滝岡の背を見ながら秀一がつぶやく。
「もしかして、先輩が此処選んだのって、にいさんがいるからだったりして、―――」
「秀一さん?」
「いえ、それで、あの箱に入っていたのは無害なものだったんですか?」
「はい、細菌を培養したようにみせかけてはいましたが。勿論、無菌状態ではありませんでしたから、検出された菌はありますけどね」
秀一の問い掛けににこやかに答える神尾を振り向いて、吉岡が胡散臭いものをみるようにして眉を寄せる。
「それって、おれがドア開けた処にいた謎の何者かが持ってた箱か?」
「見てたんですか?記憶力いいですね」
「…――そりゃ、おぼえてるだろ、――箱開けようとしてたのはわかったが、あれ、なんだったんだ?」
「そいつは、おれが手を回してなかったら、細菌テロによく使われる炭疽菌って奴が粉状にスプレーされて、吉岡さんですか?あなたを感染させて殺そうっていう手段に使われた箱だったんですよ」
「―――…何の話だ、それ」
蒼褪める吉岡に、滝田がくちを挟む。
「その、パトカーに乗ってみたかったのは本当だが、これも一つ動機でな?動機っていうか、手を貸した理由なんだが。だから、騙してすまなかったんだが、―――」
「滝田?一体、だから何が起こってるんだ?」
「つまり、殺人事件も確かに起きてはいましたが、―――…。実をいうと、情実とか、所謂一般的な動機から始まる殺人事件は起きてはいなかったんです」
秀一の言葉に、関が補足する。
「亡くなられた方達がいたことには変わりがないがな」
「…まあね、――。これは、最初から僕の関わる部署に関係した事件だったんです。それで、こちらに関の貸し出しも受けていたんですが」
「…―――おれは、殺人事件が専門の刑事なんだぞ?まったく」
渋い顔でいう関を明るい瞳でみて軽く肩をすくめて秀一が続ける。
その秀一をわけのわからないと顔にかいてある吉岡がみて。
滝田がすまなさそうに横に視線を。
にこやかに、あくまで麗しい笑顔で秀一が続ける。
「これは、国際テロ組織が、日本でバイオテロを行おうとした事件だったんです。関や、にいさん達――神尾さんの協力があって、未然に防ぐことができましたが」
「おれ、その解析班ね!世間でいうネット関連とかコンピュータ関連の調査担当な!」
画面の向こうから明るくもじゃもじゃ頭の濱野が手を挙げていうのに、誰も視線を向けないが。
「濱野先輩は、僕の班で、サイバーセキュリティ関連の調査を担当してくれています」
「そーいうこと!よろしくっ!」
濱野が画面の向こうでめげずに手を挙げているのに、今度は吉岡他が目を向ける。
それににっこり、濱野が笑顔で、膝に座っているネコの背を撫ぜながらくちにする。
「事の始まりは、うちの天才ネコであるミオさんが、芸術的な足捌きで、犯人達の痕跡を見つけたときに始まるんだ」
「――もしかして、それで、西野。おまえ、神尾にアクセス権限拡大して譲ったのか?」
濱野が語り出してすぐに、滝岡が厳しい表情で西野を振り向いていう。
「ええと、はい、―――すみません」
「にいさん、それ、西野さんに守秘義務守らせたの僕だから。一応、テロ事案でしょ?だから、対策落とし込んでる最中に説明はできないから」
「――おまえな、――――西野が誤解されることになるんだぞ?そんなことがあるなら、何故おれに話しておかないんだ」
「確かに、にいさんは責任者だけど、この際、なんていうか、―――」
「それに神尾、つまり、おまえも秀一から依頼された件を片付ける為に協力していたんだな?」
「神尾さん、にいさんに話さないでいてくれるなんて思ってませんでした」
「そうですか?僕は結構、くちは固いですよ?」
「みたいですね。信用してなくてすみませんでした」
謝る秀一ににっこりそれを見返している神尾を見比べて滝岡が肩を落とす。
「何にしても、すみませんでした、吉岡さん。こいつが、――秀一と関がお二人を巻き込んで」
「滝田さんを巻き込んだのは随分と前だからね?そっくりさんがいて、滝田さんを名乗って人を騙してた辺りからだから」
「―――それは随分長いのか?滝田?」
「やっとこっち向いてくれたな?吉岡!そうなんだ。最初はそれで声を掛けられてな。ちょっと行方不明になってくれないかと頼まれたんだ」
「―――てことは、事の最初から、おまえさんがいなくなったと心配してたおれは?」
目をむく吉岡に、あわてて滝田がなだめる。
「だから?つまり、―――おれはな?おまえがいなくなってどれだけ心配したか――!神尾にまで、金沢に、――――!」
「落ち着けって、吉岡!だからそれは、」
「秀一、ちゃんと説明するんだ。人様を巻き込んで何をしている」
滝田があわてて吉岡をなだめようとしていると。
低い声で淡々という滝岡の声が響いて、思わず二人共くちを噤んで滝岡を見あげる。
ソファに座る彼らに対して、元々、滝岡は立ったまま話をしていたが。
同じく立って話をしていた秀一と神尾が、思わずそっと互いに手をとりながら後ろに下がる。
それを感情の見えない座った眸で見て。
「秀一、神尾。おまえたち、仕事であろうと、人様を巻き込んで、誰かを行方不明にして人に心配を掛けるなど、していいことではない」
「…怒ってる、ね?にいさん、―――」
「ですね、初めてみました、…」
思わずおびえてみせている秀一に、本当に怒っているのに感心しているような神尾に、滝岡が息を大きく吐いて睨みつける。
「おまえたち、ふざけている場合じゃない。人様に心配を掛けて、それも、―――謝りなさい」
「えっと、はい、―――…」
思わず滝岡の押さえた声に秀一が酢を呑んだような顔で見返す。
そして、吉岡達を振り向いて。
「すみません、…。吉岡さん、僕が」
「滝田さんにも謝りなさい」
滝岡の厳しい声に、秀一が素直に頭を下げる。
「すみません、滝田さん、――――」
「いえその、僕は楽しくて、―――すまん!吉岡っ!」
「…――――」
滝田を無言で吉岡が睨む。
それに、滝岡が改めて。
「え?その、滝岡先生、――――?」
「にいさん、―――」
少しばかり秀一が真顔になる。
深々と頭を下げているのは。
「おい、滝岡、――おまえが頭を下げてどうするんだ」
少しばかりあきれて関がいうのに、深く頭を下げたままの滝岡に。
「そうですよ、――先生、――滝岡先生が頭をさげなくても、」
吉岡がいうのに、まだ滝岡が頭を下げたままで。
「いえ、秀一のしたことですから。考えもなく、―――すみませんでした」
「考えはあったんだけど、…―――」
顔を上げて、真顔で真剣に怒っているとわかる視線でみる滝岡に秀一がくちを噤む。
「おまえは間違っている。確かに、テロを防ぐのは大切なことだ。だが、その為に、行方不明になった滝田さんを吉岡さんが心配することになるような、―――人にそんな想いをさせることは、どんな理由があっても間違っている」
「…――滝岡先生、」
吉岡が滝岡の言葉に思わずつぶやく。それに、大きく息を吐いて滝岡が振り向いて。
「本当に申し訳ありませんでした。吉岡さんの心痛を考えず、いえ、吉岡さん以外にも、心配された方は沢山おられたでしょう。そういうことは、けしてしてはいけません。秀一」
吉岡に頭を下げて、それから叱りつけるように秀一の名を呼ぶ滝岡に。
「いや、その、――もういいですよ、滝岡先生。…説明してもらえますかね?事情って奴を」
「すみません、―――。秀一」
改めて頭を下げ、秀一をみて促す滝岡に。
天井をちょっとみて、それから秀一が視線をちょっと逸らして。
「…秀一」
「すみません。…――――ええと、滝田さんに行方不明になってもらったのは、まず都合がよかったからなんです」
無言で睨む滝岡に視線を少し逸らして、秀一が何とか言葉を選ぶ。
「いってしまうと、滝田さんに化けてた人は、テロに加担してた詐欺師でした。本人にテロに加担していた意識はなかったようですが。単純に詐欺に都合の良い身分を買い取って、滝田さんに成りすましていたようです。…大学教授の身分があれば、色々出入り出来る場所もありますから。それで、その詐欺師は滝田さんに成りすます情報を売ってくれた組織の依頼で意味もわからずに本来本職としていた詐欺以外の行為もしていたそうです。どれも、小さなことだったといっているようですが、―――」
「例えば、金沢で遺跡を訪ねた神尾さん達の前に現れたりな、―――」
関の言葉に滝岡が視線を向ける。
「つまり、だ。何人かの雇われ仕事をする――それも小さな依頼をこなしてくれる役を何人も雇って、今回の殺人事件に絡む犯行を行っていたという訳だ。全部、目的はバイオテロでな」
淡々と実に嫌そうに関が続けるのに、滝岡が神尾に視線を向ける。
「――ええと、ですから、僕に依頼がきましたので、――――」
「おまえが時折、おれにしていた説明もウソだったんだな?」
「滝岡さん、―――…」
「乗ってみてはいたが、ぎこちなかったぞ、おまえ」
「すみません、――そうでしたか?」
「続けてくれ、秀一」
あきれた視線で滝岡が神尾をみて、それから秀一を振り向く。
「はい、にいさん、ごめんね?本当に、その、」
「いいから続けろ。それで?おまえが絡んだ事件で、あの音楽堂の事件では、―――もしかして、神尾が警察に捕まったというのも、―――嘘か?」
「いや、ウソじゃない、ウソじゃあ。滝岡、すこしは人間を信じろ」
「おまえがいうか?関」
滝岡が睨むのに慌てて関が少しばかりさがっていう。
「現場に俺達が呼んだ神尾さんが、知らなかった警察官に捕まったのは本当だ!――――それを利用して、神尾さんが現場で足跡を採取するふりをしてもらって、―――迎えにいった際に、協力してもらう為の説明をしたり、は、したんだが、――――滝岡?」
「つまり、おれは本来必要のないことに許可を出したんだな?」
「いや、だから、現場に神尾さんが来てもらう必要はあってだな、―――?ご遺体の傷にあった細菌テロの、――滝岡?」
「そうか。どこかで見た憶えがあると思ったが、―――。御遺体の映像にあったあの黒い瘢痕は、―――炭疽だったのか」
「たんそって?」
吉岡がぎょっとしてくちにする。それを不思議そうに滝田がみて。
「たんそって、炭素か?」
「ちがーう、と思うぞ、…炭素じゃなくて、」
「炭疽、―――炭疽菌だったのか。最初に音楽堂から落ちたご遺体の首にあった傷は」
滝岡の言葉に、滝田も目を瞠ってみてから吉岡を振り返る。
「…あの、本物のテロに使われた奴か?たんそとかって?」
「みたいだな、――おまえさん、その本物のテロ絡みで姿まで消してたくせにいまさらなにいってんだよ!」
「いや、その、――そんな大事だとはおもってなかった」
「なんだとおもってたんだ」
あきれてみる吉岡に、滝田が首をすくめる。
「いや、行方不明になって偽物誘き出すってのが面白そうだっ、た、か、ら、…――」
「ついでに殺人犯扱いされても、親友のおれに殺人犯かと思わせて苦悩させても、パトカーに乗る方が面白そうだったから、構わずにやったんだな?」
睨む吉岡ににっこりと滝田が笑みを造って。
「ええと、あの?そのな?…、その、…そんなに心配するとは、―――すまんっ!」
「おまえな…?おまえがそーいう性格なの忘れてたよ!そんな奴なのに、シリアスな殺人なんてできるわけないのをすっ、―――かり、忘れてたよっ!おれはな?」
「すまんって!だから、吉岡!」
「ゆるさん!」
腕組みして横を向く吉岡を、必死になって滝田がなだめているが。
「大変だなあ、…」
「おまえな」
それをみて、思わずのんびりとつぶやいた秀一を、滝岡が睨む。
滝岡の座った視線に秀一がくちを噤んでみせて。
全然堪えていない、明るい悪戯気な秀一の瞳に。
「―――…反省してないな、…おまえ、―――」
「そりゃ、―――…ごめんって!」
「しかし、実際に三人もの方が亡くなられている事件何だぞ?おまえ、一体何をしていたんだ」
懸念を抱いて、心配そうにいう滝岡に秀一が少しばかりすまなさそうな顔になる。
「ごめんって、にいさん、…―――だってさ、―――。にいさん、秋田で吉岡さんに会った際に起きた、炭疽菌の付着した輸入品による暴露で発病した患者さんのことは憶えてる?」
「手術したからな。憶えているが」
「僕が診断させていただいたケースですね」
頷く滝岡に神尾が言葉を添える。
「そう、おまえが診断して、おれが手術した。患者さんが輸入した品に付着していた炭疽菌に対する暴露により、発症された患者さんだが。―――あれは、では、おまえが出てくるような事件だったのか?実際は?」
「背景に関しては、にいさん達が担当されていた当時はまだ見えていませんでした。唯、当然ながら、炭疽菌はテロによく使われる危険物質です。僕の方にも情報の照会がきて、―――」
「調べたら、テロが背景にあったということか?」
秀一の言葉に滝岡が訊ねる。それに軽くうなずいて。
「そもそも、民俗学の調査とはいえ、それに、現地では炭疽は牛とかの風土病として確かに土着してはいるでしょうけど、それが調査をしてきた方がたまたま持ち帰った物品の中に付着していて、しかも、発症したとかいうのは、疑える案件でしたからね」
「――案件、か」
「はい、――その」
「つまりは、おまえが元々担当していた件に関わっていると解ったんだな?それで、教授に行方不明になってもらったのか。確か、滝田さんは文化人類学の教授だったな?」
「はい」
小さく滝田が返事をしているのを、吉岡がにらむ。
「―――…」
空に視線を逃す滝田に吉岡があきれて。
その前で、立ったまま会話している滝岡と秀一が。
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