慰霊師

皇南輝

第1章

第1話 子供みたいなウソ

「あのー、ドリンクはコーラでお願いしたのに、アイスコーヒーが入ってるんだけど······」


 日曜日のランチタイム、ショッピングモール1階フードコートの一角にあるハンバーガーショップ『ファンシーバーガー』ではレジカウンターの前に大勢の客が並んでいた。そんな中、受け取りカウンターで紙袋を持った一人の青年が男性店長にクレームを出していた。


 レジカウンターで次から次へと押し寄せる客を相手に接客していた安堂結羽(あんどう·ゆうは)の耳にも、客である青年からのクレーム内容が届いていた。しかし、一方で別の声も聞こえていた。


「お前は何を言ってるんだ! アイスコーヒーを注文したくせに、あとからコーラが飲みたくなったからと言って店にウソのクレームを出すんじゃないよ!」


 それは、明らかに青年とは声質が違う男性の声だった。

 結羽はレジ打ちをしながら、クレームを出している青年をチラリと見た。その瞬間、黒髪のツインテールが揺れた。


 あのお客さん、ウソついてる! 日曜日のこんな忙しい日にワケわかんないクレーム入れるのやめてよね!


 結羽はそう思いながらイラッとしたものの、表情を変えることなくレジ打ちを続けた。


「ねえ、ちょっと! あたし、トリプルチーズバーガーなんて注文してないわよ!」


 突然、レジカウンター越しの正面にいる中年女性から強い口調で指摘された結羽は、思わず注文内容を入力したオーダー画面を見つめた。


「あ、すみません!」


 そのとき、別の声が聞こえてきた。


「良いんじゃ! わしはトリプルチーズバーガーが食べたいんじゃ!」


 それは、中年女性の背後から聞こえてきた、明らかに老人と分かる声だった。中年女性と老人の混ざりあった主張に、結羽は気が詰まる思いだった。



 日曜日のランチタイムの忙しさが終わると、結羽は男性店長から事務所へ来るように言われた。結羽はすぐに、クレームの件だ、と悟った。


 結羽は後輩の男性店員とレジを代わると、重い足取りで店奥にある事務所へ向かう。

 事務所へ入ると、30代半ばの男性店長が椅子に座って待っていた。

 結羽は、店長に椅子を勧められると黙ったまま座った。狭い事務所で店長と二人きりという状況は空気が重かった。


「安堂さん、さっきお客さんからクレームがあったよ。アイスコーヒーとコーラを間違えたらしいね」


 店長の声はため息混じりで重い。


「いえ、あれはお客さんが最初からアイスコーヒーを注文してたんです」


 結羽は、言い訳は見苦しい、と思いつつも、目を伏せながら自分が正しいことを主張した。


「お客さんは、コーラを注文した、と言ってたんだよ。安堂さんのレジ打ちミスじゃないの?」


「それは違います! 確かにあのお客さんが『アイスコーヒー』だと言ったのを覚えていますから。それに······」


 結羽は言いかけた言葉を慌てて切った。


「安堂さん、自分のミスをお客さんのせいにするのはよくないよ」


 結羽には、店長が内心では腹を立てているのが分かった。だけど、このまま自分のミスにされてしまうのも、結羽には腹立たしいことだった。


「私、ミスなんかしてません! あのお客さんがウソをついてるんです!」


 感情的になった結羽は店長の顔を真っ直ぐ見ながら言った。そんな結羽の言葉を耳にした店長の表情が変わった。


「安堂さん! お客さんがウソをついてるだなんて、何を根拠にそんなこと言えるんだ!」


「だって、あのお客さんの背後霊が私に教えてくれたんです!」


 強い口調でそう言い放った結羽はすぐに、しまった、とばかりに口をつぐんで下を向いた。


 ああ、ついカッとなって本当のこと言っちゃった。私には霊の声が聞こえることを、今までバイト先では内緒にしてたのに······。


「はあ? 背後霊? 何を馬鹿なことを言ってるんだ! 君は18歳だろ、そんな子供みたいなウソをつくんじゃないよ!」


 ついに、店長の怒りが爆発した。結羽は、何も言い返すことができずに、ただ黙って店長からの説教を受けるしかなかった。



 日曜日の夕方、結羽はアルバイトを終えて帰途についた。夕方の時間帯とはいえ、5月の空はまだ青空を残している。結羽は、歩きながら空を見上げた。


「霊の声が聞こえてしまう私には、接客業なんて向いていないのかな」


 結羽は、ひとりつぶやくと、大きなため息をついた。






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