どうせ家には帰れないので魔女は白夜の森に町をつくることにした

佐槻奏多

第1話 バレてしまった日

 走る馬車の中、私はじっと縮こまるようにして脇の手すりにしがみついていた。

 クッション替わりにできるのは、夜眠る時に使うくたびれた毛布だけ。

 畳んだ毛布の上にでも座らないと、がたがたと揺れる馬車の中で、青あざが増えていきそう。

 それでも耐えた。

 唯一の希望がその先にあると思ったから。


 現状のきっかけは、数日前のこと。


   ※※※


「……で、それが魔女だって言うのか?」


 金髪の、私よりも一つ二つ年上だろう少年の、見下すような視線。

 白い胸鎧と浅黄色のマントは、ディアス神教所属の騎士の衣装だ。


 少年騎士と一緒にいるのはディアス神教の白い法衣を着た壮年の司祭。

 だけど、判定を下すのは騎士の方らしい。

 そんな金髪の少年に答えたのは、私の前にいた継母だ。


「はい。たしかにこの目で見ました! 魔女と疑われたメイドが蹴り飛ばされた時、なぜかしゃしゃり出てきてこの娘――私の血のつながらない継子のリーザとぶつかった瞬間に、黒い靄が!」


 目をぎらぎらさせた継母は、髪を振り乱して訴える。

 愛人から貴族の妻にのしあがったからこそ、見下されないようにいつも見た目に気を使っていた継母。だけど今は、その感情をすべて解き放ったように嬉々として叫んだ。


 それもそのはず。

 自分の実子である次女の方に、家を受け継がせたいから、長女の自分は邪魔だった。

 でも私が慎重な子供だったのと、次女である義妹が小さいから、私を追い落とす隙が見つけられなかっただけ。


 だから継母はずっと我慢していたのだ。

 けれど私に、誰一人文句を言えない欠点が見つかった。


 ――魔女かもしれない、という。


 継母の訴えを聞いた騎士は「ふうん」と素っ気ない態度だった。


「で? そのメイドは魔女じゃなかったのか?」

「司祭様が、念動魔術師だろうと……」


 継母がちらりと、神教騎士の後ろにいる司祭を見る。

 司祭は「そう推察いたします」と答えた。


「だから、この娘だけが魔女なのだと思うのです!」


 継母が再度声を張り上げる。

 使用人に両腕を掴まれ、床に座らされた私は唇を引き結んだ。


 ……魔女だというのは本当。

 私はそれを、ずっと隠してきた。

 魔女の素質を持っていると知っていたのは、五年前に亡くなった実母だけだ。


 実母の助けがなくなった後は、一人で毎日緊張しながら素質を隠して生きていた。

 あまり驚いたり、ショックを受けると黒い靄が出てきて、素質がばれてしまうから大変だった。

 そのため危ないことは避けたり、心の動きを小さくするようにしてきた。

 なにせ、とっさの時に飛び出てしまうのだけはどうしても制御できなかったから。

 だから不穏な気配を感じたら近づかず、一人でいることが多かったぐらいだ。


 でも今日はどうしても逃げられなかった。

 立ち会うように強制されていたから。

 たぶん、私が処刑や鞭で打つような状況を嫌がるとわかって、いやがらせのために見せようとしたのだと思う。


 継母の命令で、メイドは力自慢の使用人に壁に向かって投げ飛ばされたのだ。

 その時に使用人が足を滑らせたせいで、その場にいた私の方に飛んできてしまった。

 避けられないのと、メイドがこのまま壁にぶつかったら大けがを負うと思ってしまい、私はその場から動けなくなり――メイドとぶつかってしまった。


 その衝撃を和らげたのは、私の中から湧き出した黒魔術の力だ。


 黒い靄は、私もメイドも守ってくれた。

 ほんのわずかに。

 おかげで大怪我はしなかったけど、腕や肩が痛い。きっと痣になってるはず。

 そして私をひそかに邪魔に思っていた継母は見逃さなかった。


「黒い靄……まさかリーザ、あなたまで魔女なの!?」


 悲鳴のようなのに、どこか楽しそうに聞こえる声で叫び、すぐに神教の司祭や騎士が呼ばれた。

 この神教騎士と司祭は、たまたま近くを通りがかったらしく、間もなく家にやってきた。

 そしてメイドが魔女だというのは継母の言いがかりだったことがわかり――私は今、神教の人間による判定を受けようとしている。


(でも、どうやって判別するの?)


 そう思っていたら、神教の騎士がすっと剣を抜き放つ。

 部屋に差し込む陽の光の中、銀色の刃が白く輝いた。

 まさか、私は斬り殺されるのでは?


 継母が期待の眼差しを神教騎士に向ける。

 神教騎士はゆっくりと私に近づいた。

 思わず避けようと身動きしていた私を、左右の使用人がぐっと抑えた時だった。


「捕まえなくてもいい。逃げる獲物を追い回すのもまた一興だからな」


 その言葉に使用人が離れたとたん――。


「いっ……!!」


 左肩を剣が切り裂いた。

 熱い。熱湯を触った時のような熱さと、痛みがわずかに遅れてやってくる。

 思わず抑えた左肩は、手の隙間から黒い靄がこぼれるように漏れていた。

 だけど傷口に張り付くようにもやもやしているだけ。血を止めようとして苦心しているような頼りない動きだ。


(もう、これで、処刑が決まってしまった……)


 どんなに攻撃の役にも立たない力でも、魔女の素質があることが神教騎士に知られてしまった。

 このまま、神教の牢に入れられて、間もなく王都の広場にある処刑台に引きずり出される。


(でも、逃げる力なんて……)


 弱すぎて、私の魔術では誰かを攻撃することすらできない。逃げるのは不可能だ。

 痛みに涙しながら私は全てを諦めたのだけど。


「……うっわ。こんな弱い魔女、見たことない」


 神教騎士の、意外そうな言葉が聞こえた。


「え、ほんとに靄だけですかな? ちょっと良く見て……いや、ほんとにすこーし靄がにじんでるだけで、剣の防御すらできないとは」


 司祭の方も、自分の目を疑うように戸惑っている。

 そして神教騎士が嫌そうに言った。


「抵抗もできないカスなんて、処刑したら僕の名前が汚れるんだけど。だって見つけた人間が処刑する決まりでしょ?」


「しかし騎士様、相手は魔女ですぞ。忌むべき魔王の手先です」


 苦言を呈する司祭に、神教騎士は肩をすくめた。


「僕はもっと強い魔女を自分の力でねじ伏せたいんだよ。だいたいこんなカスみたいな、三流以下の魔女を処刑したら、他の奴らに絶対からかわれるじゃないか。……あ!」


 そこで神教騎士は何かを思いついたらしい。


「こないだ、魔女の子供を白夜の森に捨ててきたって話を聞いたんだよね。アレ、こいつにも使えないか?」


(捨てる?)


 しかし捨てる先がとんでもない場所だ。


(白夜の森って、魔物の巣窟……。私、魔物を使役するような魔術は使えないから……食べられて死んでしまうわ)


 昔、大陸全体で魔物との戦いが起こっていた頃、神が魔物を封じ込めたというのが、大陸の中央部にある白夜の森だ。

 常に白い霧に覆われて、植物は発光するものがあるらしい。

 いつどこから魔物が出てくるかわからないうえ、森に居続けると魔物たちの怨嗟の声に影響されて心が壊れてしまうのだとか。


「子供はまだ魔力が弱いからと、離れた場所から魔物に食われるのを眺めることにした、というお話ですな」


 司祭はおどろおどろしい話をしているのに、安心したようにうなずいた。


「こちらの家としても、商売上、お身内から魔女が出たと知られるのは困るでしょうし……ねぇ?」


 司祭に視線を向けられた継母は、困った表情になる。


「あの、ワタクシとしては恐ろしいので今すぐ処刑していただいても……」


 私は耳をふさぎたくなる。

 父の方も、私の母よりも継母の意見を受け入れるかもしれない。

 絶望的な気持ちになっていると、慌てて広間に入ってきた人物がいた。


「いえ、白夜の森行きとさせてください!」


 扉は開け放たれていたので、会話が聞こえていたのだろう。

 返事をしたのは、走って帰ってきたのか息を切らせた実父。

 モカブロンド髪色だけが同じで、目の色は私とは違う。私の瞳は母に似た青色をしているけど父は茶色だから。

 父は私の処刑には反対らしいが、この人に優しさを期待してはいけない。


「我が家から魔女が出たとわかれば、家が取り潰されます! それでは教会への寄進もできなくなりますし。だから内密に……対外的には、療養後に死んだことにさせてください」


 父は、とにかく家の名誉に問題が出ることが嫌だっただけ。

 だから処刑ではなく、私を誘拐されて行方不明になったことにしたがり――司祭は教会への寄付を倍額受け取ることと引き換えに、それを了承した。


 そうして私は、すみやかに古い馬車に乗せられた。

 馬車を率いるのは、あの金髪の騎士と、神殿兵が三人。


「魔女は、見つけた騎士が始末するのが決まりだからね」


 嫌そうに言った騎士は、葦毛の馬に騎乗して馬車の先を行く。


 見送りは、継母だけだった。

 ハンカチを押し当てた口元が、うれしそうに口角が上がるのが見えたのが悔しかった。


 ――この時は、もう死んでしまうのかと思っていた。

 様子が変わったのは、二日後のことだ。

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