未開異世界ソロキャンプ ~旅とキャンプとのんびりスローライフ~
三毛猫みゃー
一章 ソロキャンプ始めました
第1話 こうして私は首になった
真っ白な空間。
そこにいる真っ白い人が何かを言っているがよく聞こえない。
「あ……いせ……うりょ……倍……」
何を言っているのかよく聞こえないと言おうとしたが声が出ない。そこで改めて私は自分の姿を確認してみる。そこには何もなかった。持ち上げたつもりの手も見えず、視線を下げても体も足も見えない。
(私は死んだのかな?)
あのスラリと長かった手足、ボンキュッボン(死語)なナイスなバディー。濡鴉のような艶やかな髪。そんな私の体はどこにも見当たらない。
…………はい、嘘言いました。見えないからって適当いいましたごめんなさい。本当の私の姿は、身長は百四十八センチしかありませんでしたよ。中学生の頃から変わってません。髪の色は薄い茶色で髪型はボブカット。
体のほうはナイスなバディー(死語)から程遠く、出るところは出ていないそんなおこちゃま体型ですよ。はいそこ、合法ロリとかいうな。お酒を買おうとするたびに身分証を出さないといけない身の上になってみろってんだ。
まあいいでしょう。現状を鑑みるにラノベなどでよくある、謎な空間と神様っぽい目の前の謎の人。そこから導き出されるのは私が死んでしまったということしか思いつかない。相変わらず目の前の白い人は何かを言っているけど何を言っているのかはわからない。
所々聞き取れる単語から想像するに、お決まりの異世界転生にチートスキルをくれようとしているようにも思える。相手の表情が見えないので、善意からか悪意があるのかは判別できない。
まあ、くれるっていうならもらってあげなくもないけど(チラチラ)。それよりも転生をするなら、もうちょっと身長があって、胸の大きさを今の倍くらいはほしいかなーなんて。おいそこ、ゼロを倍にしてもゼロだろっていうな。最低でも一はあるわい。
この私の胸の内をどうにかして白い人に届けられないだろうかと思っていたら、突然全身を痺れさせるような衝撃が体中を駆け巡った。体はないはずなのに定期的に襲ってくる衝撃。こころなしか目の前の白い人が焦っているように見えた。
もう死んでいるはずなのにまた死ぬの? なんて思った所で、白い人の手元から何かがこぼれ落ちた。こぼれ落ちた丸い何かはスーパーボールのようにぽーんぽーんっと跳ねながら私の方へ向かってくる。
白い人もそれに気がついたようで、わちゃわちゃと焦ったように丸いものを掴もうと走り出してきた。掴もうとしては逃げられ、掴む寸前でまた取り逃がすことを繰り返すこと数回。
(あ、コケた)
白い人が盛大にコケた。それも顔から地面にダイブしていてすごくいたそうだ。白い人が丸いものに手を伸ばすが、結局捕まえられずにその丸いものが私の胸のあたりにぶつかり消えた。
いったい今のは何だったのだろうかと思った所で、先ほどと同じ衝撃が再び襲ってきた。そしてその衝撃が数回繰り返された時、私の意識は現実へと引き戻された。
「かはっ、げほ」
空気の塊を吐き出し、今度は貪るように空気を吸って咳き込んでしまう。周りが騒がしい。誰かが私を呼ぶ声が聞こえるが耳鳴りがなっていてよく聞こえない。複数の人間の足音が聞こえたかと思えば、複数人で持ち上げられてストレッチャーだろうものに乗せられた。人工呼吸器のマスクが付けられ救急車に運ばれる。
どういう状況なのかわからない。頭がうまく働かないくせに、なぜか状況が手に取るようにわかってしまう。いつしか私は救急車の中で眠ってしまったようだった。
どうやら私は会社からの帰宅途中、道端で倒れてしまったとのことだった。一時は心肺停止になっていて、通行人の人工マッサージと人工呼吸で一命をとりとめたと聞かされた。
倒れた原因は極度の疲労と、いくつかの病気が併発した結果だった。お医者さんから「あなたよく生きてたわね」なんて言われるほどひどい状態だったようだ。自覚症状はないけど。
入院生活は一ヶ月ほどだった。今の会社に就職してからおよそ十年、一ヶ月も休むなんてことは初めての経験だった。それが病院ぐらしというのはなんとも言えないが。そのおかげで、体調もずいぶんと良くなった。今なら三日貫徹しても問題ないくらいに思える。
そして一ヶ月ぶりに会社へ出社した私こと
◆
「あん? もうオマエの席ねーから」
一月ぶりに出社した私に社長から投げかけられた言葉がこれだった。
「は?」
流石に現実でそんな言葉を聞くとは思っても見なかった。
「首だよ首。一ヶ月も無断欠勤をしたんだから当然だろ?」
社長の
「私はちゃんと欠勤届とついでに有給の申請を出していたはずですけど」
「知らん。俺は聞いてねーよ。どちらにしろ解雇にはかわりねーから。今日中に荷物をもって出ていきな」
頭の中に不当解雇やら裁判のことがよぎるが、なんだかもうどうでも良くなった。
「そう、ですか」
私はその言葉だけなんとか声を絞り出すと自分の所属していた部署へ移動する。
「音羽ちゃん」
「部長……」
「ごめんね。僕じゃあどうしようもなくて。せめて解雇理由は僕の方で会社都合にしておいたから」
「部長それって大丈夫なんですか?」
「あはは、僕も来月には退職だから大丈夫でしょ」
力なく笑っている部長。
「結局なんでこうなっちゃったんですか?」
「それはほら、事務の」
それを聞いて全て察してしまった。私は事務のある女性社員に何故か嫌われている。きっとその女性社員が裏でなにかやったのだろう。
「はぁ。社長が生きていればこんなことにはならなかったんでしょうけどね」
「本当にね。まあ音羽ちゃんも気を落とさずに、むしろ潰れる前に抜け出せて良かったと思ったほうがいいよ」
「あー、やっぱりもう駄目ですか」
「駄目だねー。二代目があれじゃあ」
現社長の
古参の社員がなんとか頑張っていたけど、前社長と共に会社を動かしていた人たちが定年を期に逃げ出すように退職していった。他にも口うるさい人たちはあの手この手で首にして、代わりに出黒の縁故採用の社員が増えた。
結果は出黒をヨイショするしか出来ない者たちが残るだけになっていた。会社の現状は社長にも届いているはずなのだが、表向きな資金があるように見えるので気がついていないのかもしれない。その資金も実際はどうなっているのか……。
「そういうわけだから、音羽ちゃんはもうこの会社のことは気にしないで良いと思うよ」
「そう、ですね。前社長には悪いと思わなくもないですけど」
前社長にはずいぶんとお世話になった。今まで前社長のためにと思い頑張ってきたけど、その結果死にかけた上に解雇となったわけで義理は果たしたとも言える。
「わかりました。貯金は結構あるので暫くのんびりしようと思います」
「うん、それが良いよ。音羽ちゃんはずいぶんと無理をしてきたからね。それからこれね。事務には顔を出しにくいでしょうから必要なもの一式受け取っておいたよ」
「何から何までありがとうございます。それでは部長もお元気で」
こうして私はおよそ十年と少し働いてきた会社を退社する事になった。
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