大スフィンクス(『奴隷商人』世界の場合)
今日は絵美と二人きりだ。絵美が、今日は私の番よ、みんな出ていって頂戴!と小テントからみんなを大テントに追い出した。珍しいこともあるもんだ。第1夫人の強権発動とは。
「ムラー、昨晩はどうでした?」と聞かれた。
「あのなあ、高校1年生の可愛い処女と高校2年生のクレオパトラそっくりとやるなんてものじゃないぜ。お前と違って、酒飲みながらお話してまったりするって感じじゃない。エミー、アイリスとするのとも違う。イシスはアイリスよりもクレオパトラの血筋を濃くひいていて、お前の言う高校2年生なんてもんじゃない。ありゃあ、生まれながらの娼婦だ。普通の男だったら骨抜きになっちまう。さすがにクレオパトラが自分の身代わりにしようと仕込んだだけのことはある。房中術のテクニックなら、ハレムの中でナンバーワンだろう。それで、昨日の夜でアルシノエの体を開発しやがった。今までご無沙汰だった高校1年生と高校2年生だぜ?俺が貪るんじゃなくて、貪られたよ」
「ふ~ん、ムラーがそうだったなんてね。アルシノエは、宦官のアブドゥラとパシレイオスに任せればいいじゃない?」
「昨日知ったが、ピティアスの娘だぜ?宦官にやらせるわけにもイカンだろう?第一、アルシノエが旦那様以外とするのはイヤ!舌噛み切って死にますよ!と言うんだから」
「生意気に。まあ、可愛いところがあるじゃない?」
「絵美、お前も余裕こいてるけどな、入っている体は大学1年生の金髪碧眼の白人女のエミーなんだぞ。意識は27才の日本人女性だが、体の欲求は大学1年生の金髪碧眼の白人女なんだからな。自分じゃ自覚していないだろうが」
「あら?私、そんなに激しく求めてないわよ?」
「お前のは、激しい肉弾戦じゃなくて、長時間ネッチリなんだ。アンアン泣くから攻めているつもりが、搾り取られるんだよ。それで、途中交代でエミーが出てきたら、今度は激しい肉弾戦になるだろ?一番大変なのが絵美/エミーだ」
「そうなの?自覚なかったわね。それにしても、イシスがもしもクレオパトラに奪い返されて、プローブを転位されたら、7世よりも強力になりそうね。注意しないと」
「イシスが『旦那様と絵美/エミー様が私とアイリスを守ってくださると信じています。それでもクレオパトラの手中に落ちたら、私を殺してください』と言ってたぜ」
「いざとなったらね。だけど、私にイシスとアイリスを殺せるかしら?」
「クレオパトラが彼女たちに転位しそうになったら、躊躇せず殺せ。さもないと、俺たちが危ない」
「わかっているわ。肝に命じましょう。ところで、話は違うけれど、大スフィンクスがなぜ2つあり、八千年昔、一つは将来の大ピラミッドの築かれるギザ台地、もう一つがエジプト古王朝のメイドゥム・ピラミッドまで15キロの位置の砂漠のど真ん中に建設されたの?」と絵美/アルテミスに聞かれた。
俺なりの解釈を説明してやった。長くなるぞと。
まず、純粋知性体ってのを理解してるか?わからない?正直でよろしい。知性体になる前の実体のある生物だったとき、それが酸素呼吸系種族であろうと、塩素呼吸系種族であろうと、メタン呼吸系種族であろうと、その母体の相違とは関係なく、純粋知性体は、全宇宙中のレシピを知っているグルメだが、料理はしない存在になっちまうということだ。
わかんないって?純粋知性体はエネルギーがない、当然質量もない実体がない存在だ。それが宇宙の、マルチバースの森羅万象をほぼ知っている。ところが、実体がないものだから、自分で手を出すのはかなり面倒なんだ。なんらかの物質、生物に働きかけないといけないからな。
グルメと料理人の例えを変えよう。純粋知性体は、20世紀の天才物理学者、アルバート・アインシュタインに似ている。アプリオリに、先験的に真理がわかっちまうところがある。深く思索しなくてもわかっちまう。途中をかっ飛ばしてマラソンのゴールに現れちまう汚さがある。
ところが、真理はわかるんだが、アルバート・アインシュタイン、数学は得意じゃない。だから、え~と、あれだよ?あれ?とか数学者に説明すると、数学者があんたの言わんとする真理の数式はこれかい?と数式を見せられると、おう、それそれだ!ちょっと違うがね、ここをこう定数を加えると、完璧だ!とか言い出す。
アルバート・アインシュタインに、マリー・キューリーみたいにラジウムの抽出ができるか?と言うと、あまりに実験が下手くそなので、ほっておくとラジウムが臨界に達して核分裂の暴走でも起こしてしまう。任せられないわけだ。
アインシュタインが一般相対性理論を発表して、「太陽のような巨大な質量を持つ物体は周囲の空間をねじ曲げている」というのが理論ではわかっても、望遠鏡を渡せば壊すから自分で証明できない。
だから、イギリスの物理学者、有名なアーサー・エディントンが、1919年5月29日に生じた日食を観測して、通常の星空の写真を撮影、日食中に同じ星空の写真を撮影、太陽のすぐ近くの星の位置が通常の星空の写真と比べて位置がズレていたならば、太陽の重力によって星の見かけの位置がズレたということになり、相対性理論は正しいことが立証できると考え、見事に太陽がヒアデス星団の近くを通過する時の写真撮影に成功したというわけだ。
エディントンのお陰でアインシュタインの一般相対性理論は証明された。しかし、エディントンが一般相対性理論を見出したわけではない。
純粋知性体ってのは、アインシュタインにも全宇宙中のレシピを知っているグルメにも似ている。神にも等しい。ただ、鍋やフライパン、天体望遠鏡などという下賤なものは扱わん、という存在だ。
もちろん、純粋知性体は、地球の内核、外核を操って大規模造山運動を起こさせることはできる。事実、ベータ本体はアトランティスを造山運動で海の底に沈めた。あるいは、太陽の黒点活動を活発化させたり、不活化させたりして、地球への太陽電磁波の量を変えたりもできる。地球の自転軸を変更したりもできる。そういう大規模で大雑把なことは可能だ。
じゃあ、純粋知性体にいちから大規模集積回路、半導体を生物の助けを受けないで作れと言っても、長い時間をかければできるだろうが、ヤツラは対費用効果が悪いと言ってしないだろう。シリコンの原料の天然のケイ石(SiO2)を念動波で集めて、純度を上げ、1,410℃以上で溶融シリコンにして単結晶シリコンインゴットを作り、スライスしてシリコンウェハを作って、表面塗布剤を塗ってエッチング・・・なんてことを純粋知性体はやらない。念動力でやるには手間暇がかかりすぎる。自分でやるよりも、知性体になる手前の高度のテクノロジーを発達させた生物種をマインドコントロールして、自分の代わりにやらせた方が手っ取り早い。
全宇宙中のレシピを知っているグルメが、料理人を使ってレシピを教えながら料理を作るとか、アーサー・エディントンがアインシュタインの代わりに日食時に太陽がヒアデス星団の近くを通過する時の写真撮影をするようなものだ。
だから、1万年前、クローヴィス彗星衝突で起こった一時的な氷期のヤンガードリアス期の後にベータが地球に飛来した時、たぶん、高度のテクノロジーを発達させた塩素呼吸系生物を連れてきて、大スフィンクスを建設させたのだと思う。1万年前の人類は人口も少なく、かき集めても大スフィンクスを建造するのに数百年はかかっただろう。
なぜ大スフィンクスを作ったか、というと、まず、人類は半神半獣の姿(後でファラオが自分の顔に削り直してしまったがオリジナルはたぶんアビヌスみたいな獣の頭部だったんだろう)のスフィンクスを恐れて近づかないこと。それからスフィンクスは地球の環境変化に影響されない大きさで、数千年経っても宇宙からでもわかる目印だということ。さらに、本来の目的は、スフィンクスの下に埋められた、チャンバーだということだ。数千年経って、チャンバーはクレオパトラがやったような先端工場に転用できる。そのスペースを数千年確保するのが狙いだ。
え?なぜ、最初からスペースだけを作って、先端工場は作らないのか、だって?それは、工場設備の維持・メンテが数千年もできないからさ。自動メンテのナノマシンを作ってもいいが、構成部品・材料は数千年も経てば、腐食してボロボロになる。スペアパーツも同じことだ。半導体のシリコンは残るが集積回路の銅線などは錆びる。だから、手間のかかるスペースを作ってやって、目印と重しになるスフィンクスだけを1万年前に準備したのさ。
古代の建築物で、巨大な空洞だけのものというのがたくさんあるだろう?人類は、何のために?何に使ったのか?と疑問を持つが、なんのことはない、単なる将来利用可能なスペースを確保する空洞ってだけさ。何に使ったのか、って、使われちゃあいないんだ。
で、場所だ。なぜ、スフィンクスを建造した場所が、ギザ台地とそこから50キロ離れた砂漠のど真ん中なのか?ということだな?
未来の人類なら、なぜこんな砂漠のど真ん中に大スフィンクスを紀元前八千年も昔に建設したんだろうと思うだろう。しかし、2023年から1万年昔、ここはナイル川のほとりだった。ナイル川は毎年洪水を繰り返し、左岸、右岸を削って蛇行する。だから、20世紀の川筋が古代の川筋とは限らないのに未来人は気づかないのだ。
海岸線だってそうだ。クローヴィス彗星衝突後、地球の平均気温が7.7℃も下降、20世紀の海岸線よりも十数キロ、数十キロ沖合にあった1万二千年前のヤンガードリアス期を経て、1万年前は地球全体が急激に温暖化し、海面は20世紀よりも数十メートル上昇、ナイル川の大三角州の半分の面積は海面下にあったことなども、未来の歴史学者は想像すらしないのだ。想像力の欠如、バカとしか言えない。未来の人類の歴史学者のほとんどは、地球物理学にも気候学にも地理学にもうとい。彼らは、古代の歴史を現代の海岸線、気候で考えがちである。あまり知性があるとは思えない。
約7万年前から約1万2,000年前まではヴュルム氷期にあたり、この時期の南極の気温が現在よりも約8℃低かったことがわかっている。しかし、約1万2,000年前に氷期が終わり、気温が上昇したことで、大陸氷河が後退し、海面は上昇して、気温や降雨などの気候パターンが大きく変わり、現在のサハラ沙漠の姿になった。
現在のサハラ沙漠は文字通り沙漠だが、サハラ沙漠の各地で、見つかった1万2,000年前頃から6,000年前頃の岩石画から、当時は湿潤な時代で森林や草地があってキリンやゾウ、アンテロープ(ウシ科の草食獣)、サイもいて、狩猟が行われていたことがわかっていいる。
そして、約5,000年前頃からサハラ沙漠が乾燥し始めた。古代エジプトが繁栄した紀元前3,100年頃から紀元前525年の時期は、この乾燥化が進んだ時期に当たる。
紅海よりのナイル川東岸は山岳地帯だが、西岸はサハラ砂漠に隣接している。紀元前八千年、21世紀から数えると1万年前のエジプトは、西岸部はまだサハラ砂漠の侵食は受けていない。森林や草地が台地を覆う緑の地だった。温暖化により、海岸線は数キロ後退している。ヒプシサーマル期と呼ばれる時代だった。
もちろん、純粋知性体ベータは、その時点だけではなく、過去の、未来の気候変動と海岸線の海進、海退の時間軸も見渡せただろう。大ナイル三角州が海進により、ヒプシサーマル期のピークには、ギザ(カイロ)あたりまで海岸線が後退するとか、紀元前46年前後では、ほぼ21世紀の海岸線まで海退するとか。
大スフィンクスは、一体はギザ台地の上、海進時でも水没ギリギリな場所に、もう一体は、エジプト古王朝のメイドゥム・ピラミッド(この頃はまだ存在しないが)の北15キロ、当時は大森林の台地に設置した。南の大スフィンクスは、紀元前3千年以降すすむサハラ砂漠の東進によって、紀元前46年頃には、人跡未踏の砂漠のど真ん中になり、スフィンクスの存在が秘匿できるのもわかっていた。
知性体ベータが飛来したのは、紀元前5千年前の先王朝時代よりも3千年も古い時代だ。エジプト王朝が開始されたら、スフィンクスなんざ建設できないからな。宇宙から飛来した何者かが作ったなんてバレちまう。
ベータが連れてきたのは、銀河のどこかの塩素呼吸系種族の人種だったろう。ヤツラを操って、恒星間宇宙船を地球まで連れてきた。そして、シャトルで重機を地上に降ろして一枚岩からスフィンクスを削り出した。まず、地下通路を作って、将来水力発電ができるようなナイル川と連結した水路も作る。スモールチャンバーとビッグチャンバー、ビッグチャンバーの下の大工場となるスペースを建設した。その上にスフィンクスを重し代わりに乗っけたってことだろうな。
ここ、南のスフィンクスは、将来のクレオパトラの工場となる本命のもので、北のギザのスフィンクスは、紀元前2千5百年にクフ王、カフラー王、メンカウラー王が大ピラミッドを作る指標にしたんだろう。ギザ以外の土地に大ピラミッド群を作らせないように。だから、クフ王たちがピラミッドを建設する時には、すでに北の大スフィンクスはあったということだ。
時は流れて、新王国時代、第3中間期、末期王朝時代となって、アレクサンドロス大王のエジプト征服が起こって、やっとプトレマイオス王朝の時代になった。
紀元前193年、今から147年前、プトレマイオス5世エピファネスが即位し、彼の妻、クレオパトラ1世が共同統治者になった時、ベータは再度飛来して、クレオパトラ1世に憑依した。彼女は南の大スフィンクスを見つけ、先端技術工場の設立に着手した。それから、140年、代々のクレオパトラの指揮で、半神半獣や先端兵器を製造できるようになったということだ。そして、大ローマ帝国を乗っ取り、歴史を改変するということになる。
「なるほど。すごく納得の行く説明だったわ。たぶん、その通りなんでしょう。でも、わからないのは、ベータはなぜそこまで歴史を改変するのに固執するのかしら?」と絵美が首をかしげる。
「2025年9月のペガスス座IK星(IK Pegasi)またはHR 8210と呼ばれている恒星が極超新星爆発を起こして、ガンマ線バーストが発生する。第1、3ユニバースはまともにバーストを浴びて、地球の生物種の9割は絶滅する。もちろん人類も。第2、4ユニバースは直撃を免れるが、ベータは何らかの方法でガンマ線バーストの標準を変えて、第2、4ユニバースにも直撃させようとするだろう」
「2025年9月・・・今から2千年後・・・って、私のいた1985年の世界から40年後じゃない!あ!私、ペガスス座IK星(IK Pegasi)を見たわ!アルファが私を連れて行った恒星じゃない!」
「そうだ。第1から第4までのマルチバースの地球がガンマ線バーストで丸焦げになれば、ベータは塩素呼吸生物を使って地球をテラフォーミングし、塩素を増やして、酸素呼吸系生物を絶滅させ、4つの地球をすべて塩素呼吸生物の楽園にしてしまうと思う。それで、気長に、塩素呼吸生物が発展して、やがて純粋知性体に育つのを待つ、ということなんだろうな」
「酷い話だわ」
「ああ、俺の母体のアルファもそんなことは止めさせようと思っている。卒業したとはいえ、酸素呼吸系生物はアルファの出身母体だからな」
「アルファが止めてくれないの?」
「止めようとしてるじゃないか?だから、俺とお前がここにいるわけだし、絵美/奈々が第2ユニバースにいるんだから」
「私も役割を担っているってことね」
「大事な役割だ。そう、それで、ベータの都合の悪いことに、極超新星爆発のガンマ線バーストを水爆数千発の爆発でバリアを作って、バーストの直撃を和らげて、生物種の大量絶滅を阻止しようとしているグループが第1と第3ユニバースに居るんだ」
「そのグループに頑張ってほしいわ」
「そう思うかね?そのグループというのは、森絵美というお前の第1、第3の同位体、そして、第1、第3の宮部明彦他の物理学者グループなんだ」
「え?私?え?明彦?」
「第2ユニバースでも同じメンバーが今動き出している。第2、第4の森絵美は死んじまったけどな。今、ここのクレオパトラとの戦いに俺たちが破れてしまったら、未来の第1、第3のお前とお前の恋人、第2のお前の友人たちの努力も水の泡ってことだ。どうだ?アルファ本体がお前を選んだ意味がわかってきたか?」
「・・・まさか・・・そんなこと・・・」
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