【短編】冬を明かすのは恋愛だと決まってるはずだろ?

キセキ☆だいなまいと

第1話

『恋人といる時の雪って、特別な気分に浸れて僕は好きです』


 12月中旬の今冬、リビングのテレビを付けると一組のカップルと思しき2人組に街頭インタビューをしている場面が映った。

 正直、バカバカしい。まあこんなことを言えば彼女いないヤツの妬み嫉みだろうとバカにされることは目に見えているんだが、俺がバカバカしいと思ったのはコイツらの言っている雪のことだ。

 コイツらが傘をさしているところを見るからに、雪に降られ傘をさし、そこに仕方なく、本当に仕方なーく身を寄せあっているお互いが可笑しくも愛おしく感じているから特別な気分に浸れているだけなんだ。

 つまり、コイツらは俺のいる年間降雪量ゼロの雪化粧で親しまれる愛雪町では傘をさすこともない訳だし、特別な気分には浸れないに決まっているんだよ。だからバカバカしい。

 コタツに入りぼんやりとテレビを見ながら、部屋の外から聞こえてくる騒がしい足音から来る年末への準備を進める家族たちを感じていた。すると部屋の戸を少し勢いづけて開ける音がした。


「ユキト!あんたまだまだやることあんのにコタツでぬくぬくしてる場合なの?」


 外部からの冷気を遮断していた戸を開けられ、冷えきった空気と母親の怒鳴り声が部屋に乱入してくる。


「母ちゃんさ。もう終わったって、昨日言ったじゃん。それと寒いから早く閉めて」


「本当に?あんた今年14歳でしょ?この町じゃ14歳はやることあんのよやることが」


「あー、そういえばそうだった」


 甲高い声と冷気で冴えた頭を回転させ、終わらせたはずの宿題を考えていたが、そういえばこの町には鬱陶しいしきたりがあったんだと思い出した。

 実はこの町には不思議なしきたりがある。それは14歳のうちに恋人を作れとかいうものだ。そんなしきたりがあるお陰で俺の先輩は全員リア充だ。

 本当に心底どうでもいいしきたりなので、俺と同じくとりあえずで恋人作って15になったら別れるみたいなことをする奴がいると思うかもしれない。でもそんなことをすればなんか神様への冒涜だとかなんとかで村八分になっちまうんだってさ。そんなことが何十年か前にあったんで、このイカれた町である愛雪町にはそんな軟派な奴はいないって訳だ。


「うぜーうぜー全部終わってんだって」


 俺はせっかく温まった部屋が冷気に中和され肌寒さを感じたと同時にコタツを抜け出し、母親を押しのけ2階に駆け上がり自室に走り込んだ。


「うるせーんだよ、母ちゃんも父ちゃんも」


 リビングで過ごす予定だったのでエアコンも何も起動していない寒い自室で、照明にエアコン、PCなどの電源を急いでつける。


「女なんてみーんなチョロいだろうが。俺の事好きなやつなんてそこいらにいるからな」


 小学校高学年になった頃に買い与えられたPCでネットサーフィンをしている時に出会った神サイト、と俺が勝手に呼んでいる小説投稿サイトにブックマークからアクセスする。

 特にお気に入りの小説が、青年が異世界で周囲を圧倒し敵を倒したりして、なんだかんだそこにいた女の子といい感じになるというストーリーのものだ。途中暗め広告が映り、そこに愉悦に浸り口角の上がった自分の顔と目が合ったが、急いで逸らす。


「やっぱ面白いわ、この小説。つか、女ってチョロいよな」


 物語の青年がまたしても容姿端麗な少女に好意をよせられてしまったシーンで、ふとさっきの母親とのやり取りを思い出す。


「学校には別に好きな女なんていないしな。まー、体から考えてアイツを恋人にすればいいよな」


 14で恋人作れなんてめんどくせーけど、女なんてみんなチョロいからどうでもいいや。そう思い思い浮かべていた同じクラスの女宛の恋文を書き、来る日に向けてしきたりを達成するための計画を画策していたら一日が終わっていた。


「俺はならねーよ。インターネットで話題の独身になんて。恋愛の敗北者になんて、さ」



 新年を迎え、冬休みが終わって登校がはじまってしばらく経った頃、俺は先月に考えていた計画を実行に移すことにした。

 ファイルから恋文を取り出し、移動教室の授業のお陰で潜入できたアイツの教室で、目標の机を探し、席順を今一度確認し、机の中に忍ばせる。その後速やかに教室を出ることに成功した。

 全てが上手く行き過ぎたことに笑みが零れてしまうが、本校ではインフルエンザが流行っているとかなんとかでマスク着用を推奨されていたがためにマスクを付けて登校していたのが役に立った。



 午前の移動教室からしばらくし、恋文に記載した約束の待ち合わせ時間である放課後になった。そして体育館裏という、これまた定番の場所に誘い込むことにした。

 体育館裏に行くと、コンクリートの足元に雪が少しばかり積もっていることに目が行った。そこで俺はニヤリとした。なんてロマンチックなんだ、と。

 あのテレビの2人組に習うわけではないが、やはり雪は特別な気分に浸れるな。そう思っていると、曲がり角から自分より背丈の低く小柄で、ポニーテールを揺らす人影が見えた。


「ユキトくん、だっけか。隣のクラスの。何かな、用って」


 やはり俺の名前を覚えていたか。それにこちらに目を合わせず周りを気にするような素振り。間違いない。コイツは俺が好きなんだ。やっぱチョロいな女って。


「あっ、えーとね」


 いざ言うとなると不思議と緊張して言葉に少し詰まる。そういえば生きててこのかた愛の告白などした事ないし、どう切り出すんだっけ、とか考えてるうちになんだか恥ずかしくなってきた。って、なんで俺が恥ずかしくなってるんだ!?


「あ、あのー」


「はい」


「俺と、付き合ってくんない、かな?って」


 よし言えたっ。言えたぞ!計画の最後でもたついてしまったが、これで終わりだ。これでこの町のしきたりともおさらば


「ごめん、無理」


 ごめん、無理。彼女はそう言ったのか?なぜ?どうして?さっきまで思考を集中させていた頭から急に血の気が無くなっていくような、寒くなっていくような感覚に襲われる。


「えっ」


 なんとか声を絞り出す。しかし、彼女は最初より落ち着きを取り戻し、思ったより冷静に、淡々と言葉を続けた。


「普通に考えてさ、そんな話したことない人に告白されても付き合える訳ないじゃんか。しかも入ってた手紙も、なんか怖いし、ここも人少ないし」


「なんか、気持ち悪い」


 気持ち悪い。気持ち悪い。なんだそれは?俺のことを言ってるのか?意味不明だ。なぜ俺を拒む。なぜ


「な、なな、などどど、どういう意味だよそそそ」


 震える声で訴えかけるが、異常な寒さに体の震えが大きくなりすぎて上手く発声ができなくなる。なんだこれは。

 目を合わせられず視線を下に向けていると、体を温めるために自分を抱くように組んだ両腕が白い粉を吹きながら欠け、次第に無機質に崩れ落ちていくのが見えた。


「な、ななななな。ああああっ!!!」


 思わず絶叫する。自分の体が冷たく白い粉に変わっていく。寒いのに、腕が落ちていくのに、全然痛くもない、ただ冷たいだけの感覚に襲われ、顔を歪ませる。


「なんだよっ、これっ!」


「…は?あんた、何言ってんの?」


 まるでおかしいのは俺自身であるかのような疑問を軽蔑と哀れみの視線を向けて投げかけてくる。


「この町では14歳で告白して付き合えなかったら、そこら辺にある雪になっちゃうのよ。授業で習うじゃんか」


 なんだよ、それ。こんなのに、特別な気分を感じるやつがいるってのかよ。そんなの、そんなの


「そうして付き合えなかった、愛の敗北者たちは雪になって、天国に行っちゃうの」


 視線を上に動かし、最後に彼女の顔を見続けようと思ったが、頭が動かず、しばらくして急接近してくる地面を見た。

 そこには、ただ白い、雪が残った。そこに積もったものをひとつまみし、少女は呟く。


「なんかしっとりしててすぐ固まる、気持ち悪い雪」


 ここは降雪量ゼロの雪化粧、愛雪町。


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