第44話
酒呑童子の体が宙に浮き上がった。まるで黒い鷹が獲物に襲いかかるように、瞬く間にハルヤの頭上目掛けて剣を振り下ろした。
キンッ!
ハルヤは反射的に剣を掲げて攻撃を防いだ。ずっしりとした力が腕を通して全身に伝わる。ヴァレンティウス伯爵ほどの純粋な破壊力ではないが、酒呑童子の攻撃には妙理が込められていた。
(こいつ……強い!)
ハルヤは直感した。酒呑童子は、間違いなくヴァレンティウスよりは弱かった。力と俊敏性だけを見ればの話だ。それでも、酒呑童子を相手にするハルヤは、ヴァレンティウスの時よりもプレッシャーを感じていた。それもそのはず、酒呑童子の剣には妙理が込められていたからだ。
「ほう、防ぐか。なかなかやるな」
酒呑童子の口元に、かすかな笑みが浮かんだ。彼は着地と同時に姿勢を低くし、ハルヤの下半身を狙って剣を横に薙いだ。ハルヤは後ろに跳んで攻撃を避けたが、酒呑童子の剣は止まることなく、流れるように次の攻撃へと繋がった。突き、斬り、受け流し。すべての動作が定石的でありながら、致命的だった。
(この剣筋……どこかで見たような……)
ハルヤは酒呑童子の剣に既視感を覚えた。それは、父であるコウジが見せた剣術の片鱗と似ていた。もちろん、細かな技は違うが、剣を運用する根本的な理念が同じだった。
「サイオンジ流、一閃!」
ハルヤも反撃に出た。彼の剣が雷のように酒呑童子の肩を狙ったが、酒呑童子はまるでハルヤの攻撃を予期していたかのように軽く身をひねって避け、同時に鋭い反撃を加えてきた。
キンッ! カキンッ! ガァン!
二人の剣が絶え間なくぶつかり合い、火花を散らす。ハルヤはこれまで戦ってきたどの敵よりも大きなプレッシャーを感じた。父を除けば、今まで戦った敵の中で最も強いのは酒呑童子かもしれない、とさえ思った。
(こいつは……ただのモンスターじゃない。俺と同じ、剣の道を歩む者だ)
ハルヤが驚いているその時、驚いているのは酒呑童子も同じだった。最初は少し才能のある人間の剣士程度にしか思っていなかったが、剣を交えるほどにハルヤの剣術が尋常でないことに気づいた。
若いにもかかわらず、彼の剣は体と一体になっているかのようであり、瞬間的な判断力と応用力は並大抵のものではなかった。
「貴様、その剣術は……どこで学んだ?」
激しい攻防の最中、酒呑童子が低く尋ねた。
「それはなぜ聞く?」
「……我が師の剣術に似ている。格式高い女であった」
「奇遇だな。俺も、俺の師の剣術に似ていると思っていた。俺は父から剣を学んだ」
「ならば幸い、師は重なってはおらぬか。ただの偶然というわけか……」
酒呑童子の金色の瞳が、喜びで輝いた。彼は久々に出会った「本物の剣士」との手合わせに、純粋な喜悦を感じていた。
「貴様の剣には、何か感じるものがあるな」
「お前こそ。妖怪でありながら、これほど見事な剣術を持っているとは思わなかった」
「ふん、妖怪と侮るな。剣の道を歩む者には強者と弱者がいるのみ。種族の境界など無意味だ」
ハルヤは、酒呑童子を認めざるを得なかった。彼の剣は、単に強いだけではない。その中には、数多の実戦経験と絶え間ない鍛錬、そして剣に対する深い理解が込められていた。
ヴァレンティウスが恐怖の対象であったとすれば、酒呑童子は敬意すら抱かせる好敵手だった。
二人は再び距離を取り、互いに向き合った。短い時間だったが、互いの実力を測るには十分だった。以前の殺気立った雰囲気とは異なり、妙な静寂と共に互いを認め合う空気が漂っていた。
コメント
*な、なんだ? 急に雰囲気が変わったぞ?
*チャンバラ映画みたいだな。
*本物の達人同士の戦いだ……ハルヤは伝説だ。
*ハルヤがここまで相手を認めたことってあったか?
しかし、ハルヤには一つの疑問があった。それは、酒呑童子が強いという点だ。
「酒呑童子。一つ聞きたい」
「なんだ?」
「お前は強者だ。お前のような強者なら、他の道を見つけられただろうに、なぜあえて戦争を起こした?」
それに対し、酒呑童子は残酷な笑みを浮かべた。
「俺が何を望んでいるか、分かって言っているのか?」
「……分からん」
「俺が望むのは、混乱だ。絶え間ない戦争と混乱。人間と妖怪の戦争、そしてその戦争が妖怪の勝利で終わった後には、妖怪と妖怪の間での内戦。そうやって終わることのない戦争を、永遠にこの世に贈ってやるのだ。それが、我が師への最後の弔いだからな」
「……」
ハルヤは剣を握り直した。一瞬でもこの男を対等な敵と認めた自分が恨めしかった。
「やはりお前は妖怪だ。今から、お前を退治する」
それに対し、酒呑童子は嬉しそうに笑った。
「いくらでも来い!」
二人が、再び激しくぶつかり合った。
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