第35話

「よく来たね、春夜君」


三日月の父は、予想とは違いシャープな学者風の印象だった。年は40代半ばくらいだろうか?かなり早くに三日月をもうけたに違いない。


「初めまして。西園寺 春夜と申します」


「三日月 正隆だ。凜がお世話になっているね」


「いえ。私の方こそ、多くの助けをいただいております」


正隆は満足そうに頷き、お茶を勧めた。高級そうな茶器が置かれたテーブルに向かい合うと、彼は柔らかな声で話を続けた。


「西園寺家か…私の知る限りでは、かなり由緒ある家だと聞いているがね。皇室をお護りする家でありながら、稀に武芸に長けていると聞いた」


春夜は少し驚いた表情を見せた。


「代々剣術道場を継いできた、ごく普通の家です。特に誇れるようなものはございません」


正隆は湯呑みを持ち上げ、香りを楽しみながら微かな笑みを浮かべた。


「誇れるものがない、か。それにしては、過去の様々な文献に西園寺に関する記述が多いようだが」


「そう…でございますか?私が存じ上げず、申し訳ございません」


「仕方ない。まだ若いからな。お父上は君に多くを語らなかったようだね?」


「はい。父は常に私が剣術に精進することを望んでおりました。自ら精進していれば、家門に尽くす日が来ると申しておりました」


「そうか。お父上は立派な方だったようだね」


「はい。とても立派な父でした」


しばしの沈黙の後、三日月正隆が口を開いた。


「よくわかった。お父上を探す旅が順調であることを願っている。幸運を祈るよ」


そう言う三日月正隆の表情には、何か物足りなさが滲んでいた。どうやらこの対話を通じて、もっと多くのことを知りたかったようだった。


春夜は少し申し訳ない気持ちになったが、彼の立場からしても仕方がないことだったので、軽く会釈して出てきた。執事が春夜を案内した。


「お嬢様はプールでお待ちです」


「はい。すぐに行きます」


春夜はすぐに水着に着替え、プールへと向かった。するとそこには、三人の楽しそうな笑い声が。春夜が登場すると、鈴音が遠くから春夜を見つけて手を振った。


「お兄ちゃーん!早く来て!三日月お姉さんと朱音お姉さんが待ってたんだよ!」


「春夜君!早くおいでよ!」


「春夜」


鈴音に続いて二人も一緒に手を振った。鈴音はすぐに春夜に駆け寄ってきて、後ろを向いて可愛いポーズを取った。


「じゃーん、どう!最終的に決まった私の水着!すっごく可愛いでしょ?」


「え?うん…可愛いね」


相変わらず露出が多いが。まあ、見る男もいないから大丈夫だろう。


「お兄ちゃん、魂がないよ。じゃあ朱音さんはどう?見て見て!スタイルのいい朱音お姉さんによく似合うワンピース型水着!」


「え?あ…」


鈴音の言う通り、朱音はスタイルが良かった。下品な表現を好まない春夜だったので、できるだけ考えるのを避けていたが、出る所が出ている感じというか…朱音は恥ずかしがりながらも、春夜の評価を期待するようにチラチラと春夜を見つめた。その視線に耐えられなくなった春夜が、やがて言った。


「あ…綺麗だね」


春夜は自分を制御する能力が高かった。だからかろうじて視線を向けないでいられたが、春夜もまた男だった。朱音の美しい体とよく似合う水着に動揺せざるを得なかったのだ。


しかし、本番はまだ始まってもいなかった。その次、三日月の美しい黒髪のロングヘアとよく似合う、妖艶な黒い水着を見た瞬間…


「うわ…」


春夜はそのまま視線を奪われるしかなかった。見つめる春夜の視線を感じた三日月が、顔を赤らめながら慎重に言った。


「あ、あの。春夜…」


「は、はい!」


「あんまりじっと見られると恥ずかしいんだけど…」


「す、すみません!」


二人の様子に鈴音がいたずらっぽく微笑んだ。鈴音は春夜に近づいてきて、脇腹をツンツンと突いた。


「何よ、何よ?二人ともどうしてこんなにいい雰囲気なの?鈴音が自然に席を外すべきところかしら?」


「からかうなよ…」


そう言う春夜の顔は既に赤くなっていた。三日月も同様だった。


「さあ、それじゃあ水遊びを始めます!」


突然プールに入って春夜に向かって水をかける鈴音。瞬く間に濡れてしまった春夜は、すぐにプールに駆け込んだ。


「こいつ!」


春夜も鈴音に水をかけ始めた。鈴音と春夜の競争は、やがて四人に伝染し、四人はそれぞれ互いに水をかけ合った。


しばらく水の中でバシャバシャと遊んでいた四人は、少し休憩するためにプールの縁に腰掛けた。日差しが水滴のついた肌の上に暖かく降り注いだ。


「はあ、面白かった」


鈴音が息を切らしながら言った。


「そうね。久しぶりにこんなに思いっきり遊んだわ」


朱音も満足そうに微笑んだ。三日月は相変わらず表情の変化は大きくなかったが、眼差しは普段より一層優しく見えた。


春夜はふと、こんな平和な時間がどれほど大切か気づいた。ダンジョンでの緊張感、父への心配、母の病院代…全てを一時忘れ、ただ楽しく笑えるという事実が、改めてありがたく感じられた。


「こんな日が続けばいいのに」


しかし彼は知っていた。自分にはやるべきことがあるということを。そしてその仕事は決して簡単ではないということも。


「そろそろ夕食の時間じゃない?」


「三人とも、父が今日は特製の中華料理を用意したから、夕食を食べていきなさいって」


「うわあ!お父様もお料理なさるんですか?」


朱音の質問に三日月が首を横に振った。


「口出しだけ。厨房に行ってああしろこうしろって命令するだけよ」


「…」


「…」


真面目そうな正隆の意外な姿に、三人はそれぞれ笑いをこらえた。

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