第33話

その言葉に場内がどよめいた。


まさか親善試合を提案するとは思ってもみなかった、という反応だった。


ダンジョン探索で名を馳せたサイオンジ・ハルヤと、19階層まで踏破したという剣道の有望株カンザキ。


誰が見ても興味津々な対決だった。


ヤマグチ事務局長が慌てて仲裁しようとしたが、すでに覆水盆に返らずだった。


ハルヤを挑発した中年男性、シゲノ館長は得意満面の笑みを浮かべていた。


彼の計画通りに事が進んでいるようだった。


「よろしい!では早速準備いたしましょう!カンザキ、前へ!」


シゲノ館長の叫び声に、客席の前方に座っていた若い男が立ち上がった。


20代前半に見える、鋭い目つきと武道家にしてはやや長めの髪が印象的な、整った顔立ちの男だった。


カンザキは黙って頭を下げ、板の間へと上がった。


その手には手入れの行き届いた竹刀が握られていた。


「サイオンジ・ハルヤさん、よろしくお願いいたします」


カンザキの声は低く、落ち着いていた。


師とは違い礼儀正しい態度だったが、その眼差しからは強い自信と闘志が感じられた。


ハルヤもまたカンザキに軽く会釈した。


「よろしくお願いします、カンザキさん」


二人が向き合うと、場内には張り詰めた緊張感が漂った。


スズネは心配そうな表情でハルヤを見つめ、ケンタは唇を噛み締めながら状況を見守っていた。


「試合形式は自由としますが、危険な攻撃は慎むように。一本勝負としましょう。先に有効打を決めた方が勝利です」


シゲノ館長がまるで審判であるかのように宣言した。


ハルヤとカンザキは互いに距離を取り、構えを取った。


カンザキは剣道特有の中段の構え、ハルヤはサイオンジ流の正眼の構えを取った。


袋竹刀と竹刀。


柔らかさと硬さの対決でもあった。


「始め!」


シゲノ館長の叫びと同時に、カンザキが先に動いた。


床を蹴って素早く間合いを詰め、鋭い気合と共に面を狙って竹刀を振り下ろした。


典型的な剣道の先制攻撃。


「メーン!」


パァン!


ハルヤは間一髪でその面を避けた。


今や攻撃権はハルヤにある状況。


ハルヤは続けて剣を振るった。


上段、下段、中段。


剣道のルールでは禁止されている技まで積極的に駆使して攻め込んでくるハルヤ。


これはハルヤが卑怯だからというよりは、本能的に感じ取ったからだった。


(中途半端なことをしていては勝てない相手だ!)


そうだ。


初太刀でハルヤは感じ取っていたのだ。


カンザキが強敵であると。


ハルヤは続けて積極的に攻め込み、剣を振るった。


中距離での接戦が絶え間なく続いた。


カンザキもまた当惑していた。


これまでカンザキの剣は、一種の鉄壁のようなものだった。


鋼鉄のような防御と、それを補助する牽制を見せれば、相手はその鋼鉄を뚫こうと努力するうちに自滅していった。


これは剣道の優秀性を証明する部分でもあった。


これは大会でも、ダンジョンでも同様だった。


カンザキの鉄壁のような防御力は、モンスターと人間を問わず、全ての敵を困難に陥れた。


続くハルヤの攻撃。


続くカンザキの防御。


カンザキは巧みな足捌きで距離を保ち続け、ハルヤの接近を遮断した。


近距離戦闘に有利なサイオンジ流と、中距離戦闘に有利な剣道の違いに基づいたものだった。


「サイオンジが押しているのか?」


「いや、互角。互角だ!」


攻撃的なハルヤと守備的なカンザキ。


しかし、どちらが勝っているとは言い難かった。


二人とも構えや集中に乱れがなかったからだ。


(大した実力だな。父さんを除いて、俺と渡り合える奴は久しぶりに見た)


カンザキの師であるシゲノ館長が自信満々だった理由が分かる気がした。


確かにカンザキの才能は素晴らしかった。


才能だけを見れば、ハルヤにも引けを取らないかのようだった。


しかし、問題は剣に対する理解度だった。


剣というものは元々、才能だけで振るうものではない。


カンザキの剣は速く、正確で、合理的だが、剣に対する理解度と深みが足りなかった。


それは古流と剣道という武術の違いではなかった。


決定的な問題は、おそらくコウジのような優れた師の存在と深く関係しているのだろう。


ハルヤは優れた才能を持っていたが、幼い頃からコウジという大きな壁に阻まれ、その壁を乗り越えるために努力してきた。


つまり、ハルヤの背伸びはコウジという巨大な存在に合わせていたのだ。


しかし、カンザキの剣は…典型的な強者の剣だ。


変数を制御し、勝利を統制し、定められた勝利を安定して手に入れる者のもの。


勝ち取るのではなく、統制を目的とした剣。


カンザキは確かにすごかった。


ハルヤが久しぶりに「好敵手」と認めた相手だったからだ。


しかし、カンザキの剣には決定的に一つ欠けているものがあった。


それは、より高い山を越えようという意志の違いだった。


そして次の瞬間。


「メーン!」


ハルヤの攻撃が外れると、カンザキがハルヤの隙を狙って面を狙ってきた。


カンザキはその瞬間、自分の面打ちが的中すると直感した。


しかし、その直感は外れてしまった。


(サイオンジ流、石火の打ち!)


ハルヤが片手で剣を斜めに掲げてカンザキの面を受け流した後、再び剣を回転させて自身の面打ちへと繋げたからだ。


バシッ!


ハルヤの剣がカンザキの面に突き刺さった。


その瞬間、カンザキは感じた。


生まれてから一度も感じたことのない「壁」の存在を。


自分より強い人間の存在を。


剣を握って5年になるカンザキは、これまで一度も敗れたことがなかった。


初めての親善試合から最近の大会まで、カンザキは全て勝利してきた。


これは彼が天才剣士であることの証だった。


しかし、カンザキは、あまりにも強すぎた。


あまりにも。


それゆえに、強い相手と対峙する際にどのような態度で、どのように臨むべきかを知らなかったのだ。


これがコウジという強い師を持つハルヤと、シゲノという平凡な師を持つカンザキの決定的な違いだったのだ。


単なる剣術の経歴の違いではない。


「勝負あり!サイオンジ・ハルヤ君の勝利!」


これにシゲノは茫然自失として座り込んだ。


この親善大会は単なる交流ではなかった。


ハルヤを餌にして自分の道場を大きくするための、一種の策略だった。


しかし、シゲノの策略は失敗に終わった。


カンザキの敗北によって。


シゲノの弟子であるカンザキもまた、ぼんやりと虚空を見つめるだけだった。


シゲノは弟子を慰めることさえ考えられなかった。


その瞬間、ハルヤが手を差し出した。


「こんなところでお会いするとは予想もしていなかった、強力な剣でした。またお相手願います」


ハルヤからの握手を受けたカンザキは、ハルヤという巨人に屈服するよりも、ハルヤを新たな目標と見なすことに心を決めた。


(サイオンジ・ハルヤ…あなたが俺の登るべき山か)


サイオンジ・ハルヤという新たな山だった。

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