第20話
短い会話だったが、二人の間には固い決意が交わされていた。
明紗の裏切りは衝撃的だったが、今は目の前の怪物を倒すことが先決だった。
グオオオオオォォッ!
ミノタウロスは血の匂いに興奮したのか、赤く上気した巨体が大地を揺るがし、二人に向かって突進してきた。
両手に握られた巨大なバトルアックスが、凄まじい破空音を立てて振るわれた。
「三日月さん、後ろへ!」
春夜は叫びと同時に三日月を自分の背後へと突き飛ばし、ミノタウロスと正面から向き合った。
ダンジョンに入ってから初めて遭遇する強敵。
今度の敵ばかりは、本当に勝てるとは断言できなかった。
しかし、勝利が全く見えないというほどではなかった。
巨大な斧の軌跡、重々しい足運び、さらには荒い息遣いから感じられる微細な重心の移動まで。
能力値を上げたせいか、ミノタウロスの動きがより明確に見えた。
春夜はまるで舞うように、ミノタウロスの攻撃をギリギリで回避した。
体は羽根のように軽く、足は地を蹴るや否や、望む場所へと動いた。
シュッ! ゴァン!
斧が、春夜が先ほどまで立っていた場所を強打し、床を砕いた。
その破片が四方八方に飛び散ったが、春夜はすでに次の攻撃を予測して動いた後だった。
「アイスウォール!」
三日月の澄んだ声と共に、分厚い氷の壁がミノタウロスの行く手を阻んだ。
わずかな間だったが、それは貴重な時間稼ぎとなった。
バキィィン!
ミノタウロスは氷壁を一息に打ち砕いて咆哮したが、その瞬間、春夜はすでに奴の側面へと回り込んでいた。
「西園寺流、連撃!」
父に耳にタコができるほど聞かされた基本連携技。
だが、今、春夜の剣から繰り出される連撃は、単なる基本技ではなかった。
敏捷と力が極限まで高められた彼の体は、以前とは次元の違う速度と破壊力で剣を振るった。
カキンッ! カァン! ザシュッ!
ミノタウロスの分厚い皮膚と強靭な筋肉に剣がぶつかる音と共に、浅いが確かな傷が刻まれた。
ミノタウロスは苦しげに、一層激しく暴れ始めた。
「アイスボルト!」
三日月の支援魔法がミノタウロスの肩に炸裂し、動きを一瞬鈍らせた。
その刹那の隙を逃さず、春夜はさらに深く踏み込んだ。
彼の剣は、まるで生きているかのようにミノタウロスの隙を探り、抉った。
だが、狂暴化したミノタウロスの力は想像を絶していた。
何度か有効打を許したにもかかわらず、奴の勢いは衰えず、むしろさらに凶暴さを増した。
巨大な斧が予測不可能な軌道で春夜に襲いかかった。
(危ないっ!)
避けられないと判断した瞬間、春夜は剣を横にして受け止めた。
ゴォォンッ!
凄まじい衝撃と共に、腕が折れんばかりの痛みが押し寄せた。
辛うじて直撃は避けたものの、衝撃波だけで内臓が揺さぶられるようだった。
「春夜!」
三日月の切羽詰まった叫び声が聞こえた。
「大丈夫です! まだ……やれます!」
春夜は歯を食いしばり、再び体勢を立て直した。
腕は痺れていたが、剣は手放さなかった。
彼の目は、依然としてミノタウロスの動きを追い続けていた。
(ただ一度……たった一度の好機を掴めば!)
ミノタウロスは勝機を掴んだとでも思ったのか、さらに猛烈に攻撃してきた。
春夜は必死に防御し、回避しながら機会を窺った。
三日月もまた、残った魔力を振り絞り、氷の魔法でミノタウロスを牽制した。
どれほどの時間が経っただろうか。
ミノタウロスの動きも少しずつ鈍くなっていた。
奴もまた少なからぬ傷を負い、狂暴化の反動が現れ始めたのだ。
まさにその時だった。
ミノタウロスが巨大な斧を頭上に振りかざし、最後の一撃を放たんとばかりに、莫大な力を溜め始めた。
全身が赤いオーラで燃え上がっているかのようだ。
「今です、三日月さん! とびっきりのやつを!」
三日月は春夜の叫びに全てを賭けるように両手を合わせ、呪文を詠唱した。
彼女の周囲に青い魔力が渦巻いた。
「永劫の氷よ、天上より来たれ。白き怒りにて世界を覆い尽くせ──テンペスト!」
巨大な冷気がミノタウロスに向かって嵐のように吹き荒れた。
ミノタウロスが斧を振り下ろすよりも早く、その巨体が凍りついた。
完全に動きを封じたわけではなかったが、とどめを刺すには十分な時間だった。
(父さん……見ていてくれますか)
彼は深く息を吸い込んだ。
全神経を剣先に集中させる。
西園寺流剣術の真髄、全てを一点に注ぎ込む一撃。
「西園寺流奥義……一閃!」
春夜の体が稲妻のようにミノタウロスへと飛んだ。
彼の剣は月光のように冷たく鋭い光条を描き、氷の中でかろうじて耐えているミノタウロスの心臓を正確に貫いた。
グサリッ!
凄まじい抵抗感と共に、剣が深く突き刺さる感触が手に伝わってきた。
ミノタウロスの赤く充血していた目から、徐々に光が消えていった。
巨大な体が力なく前のめりに倒れ込み、重々しい音と共に床に崩れ落ちた。
氷は砕け散り、舞い上がった。
静寂。
残されたのは、春夜の荒い息遣いと、魔力を使い果たしてふらつく三日月の姿だけだった。
春夜はコメント欄を見ようとしたが、チャットの流れが速すぎてまともに見ることができなかった。
チャットを見るのを諦めた春夜は、やがて小さく呟いた。
「……やった」
「やったね、春夜」
「やりましたね、三日月さん」
二人は互いの顔を見合わせた。
そして、しばしの後、春夜が口を開いた。
「ところで、三日月さん」
「ん?」
「どうしてタメ口なんですか?」
「……」
「……」
しばし、気まずい沈黙が流れた。
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