第9話
鈴音が送ってくれた動画のURLをクリックした。
ダンジョンチューブというサイトだった。ダンジョン内の面白い動画やカッコいい動画をアップするサイトだという紹介文があった。
そのダンジョンチューブになぜ俺の動画がアップされたのかと思ったら、どうやら視聴者がアップしたようだった。
ネット配信の動画の場合、収益の半分を原作者に渡せば、視聴者が勝手にアップできるらしい。
原作者が削除要請できる場合もあるが、どうせ顔はもうバレている状況だ。
「なんだよ。俺の許可もなしに。顔も全部出てるじゃないか」
少し不満だったが、収益について聞いてからは気分が晴れた。
1PVあたり1円。そしてそれを二人で分けるから2PVあたり1円。そして現在のPVが12万。
つまり、この動画だけで俺に入ってくる金が6万円ということだった。
これなら、母さんの病院代の足しになるだろう。
「うーん……悪くないかもしれないな」
見世物にされたのは気分が悪かったが、見世物になってでも金が稼げるなら、俺はいくらでも見世物になるつもりだった。
そうして今日の収益。
魔石収入、31万円。動画収入、6万円。支援金収入、21万円。
総額、58万円。アルバイトでは稼げない夢のような金額だった。
「母さん、もう少し待っていてください。病院代は俺が責任を持ちます」
この勢いで行けば、溜まった借金を全て返し、母さんの病院代を払うのも夢ではないかもしれない。
その日の朝は、なぜか道場に行きたくなった。
もう売却された道場だったが、どう変わったのか見てみたくて、ダンジョンに出勤する途中で一度立ち寄った。
西園寺流剣術道場という看板があった場所には、「正剣館」という看板が掲げられていた。俺はその道場に恐る恐る足を踏み入れた。
「こんにちは」
挨拶をしながら入ると、剣道の稽古をしていた数人の会員たちが俺の方を見た。やがて師範らしき中年の男性が近づいてきて尋ねた。
「こんにちは! ご入会ですか?」
「いえ。見学に来ました」
「どうぞこちらへ! 見学ついでに入会なんてこともありますからね」
師範は気さくに笑いながら春夜を道場の奥へと案内した。広い板の間では、竹刀のぶつかる音と力強い気合の声が満ちていた。十人余りの修練生たちが玉のような汗を流しながら、組手と基本技の練習に励んでいた。
「どうぞ楽に座ってご覧ください。お茶でも一杯いかがですか?」
「あ、いえ、結構です。ありがとうございます」
春夜は隅に用意された小さな椅子に腰掛け、彼らの練習を見守った。父の道場とは色々な面で違う風景だった。西園寺流が古流剣術特有の静的で一撃必殺を重視する雰囲気だったとすれば、ここは現代剣道特有の活気があり、スポーツ的な感じが強かった。
「正眼の構えも微妙に違うな。うちの流派はもっと剣先を低くして、体の中心を取るんだが……」
しばらく黙って見守っていた春夜の目に、一人の若い修練生の動きが入ってきた。相手の面を狙って大きく竹刀を振るったが、肩に力が入りすぎており、足運びも不安定だった。
「あんなやり方じゃ、まともな打ちは出ないだろうな」
春夜は思わず心の中で呟いた。
その時、練習を見ていた師範がその修練生に近づき、いくつか助言をした。しかし、修練生はなかなか勘所を掴めないようだった。
ふと、片隅で練習していた別の修練生の一人が水を飲みに春夜の近くへやって来た。彼は春夜をちらりと見ると、突然目を大きく見開いた。
「あれ? もしかして……西園寺春夜さんじゃないですか? ダンジョンチューブで見ました!」
彼の叫び声に、道場内の視線が一瞬春夜に集中した。師範も驚いた表情で春夜を振り返った。
「ダンジョンチューブ? あのダンジョン内の動画をアップするっていうサイトの?」
「はい! この方、ものすごくすごいんですよ! スケルトン15体に囲まれたのに、あっという間にこう、こうやってスケルトンが持ってた剣を弾き飛ばして、15体を一瞬で一人で全部倒しちゃったんですよ!」
「15体を?」
師範が驚いた表情を浮かべた。春夜は少し戸惑ったが、やがて苦笑いを浮かべて頷いた。
「ええ、まあ……成り行きでそうなってしまいました」
師範の目が輝いた。
「いやあ、こんなみすぼらしい場所に貴い方が! どうりで初めてお会いした時から、ただならぬ気配を感じておりました! もしかして剣道にもご興味が……?」
「いえ。ただ昔住んでいた町なので、少し立ち寄っただけです。この道場は元々、私の父が運営していた場所でして。西園寺流剣術道場だったんです」
「西園寺流……!」
師範はしばらく考え込んでいたが、あっと声を上げた。
「もしかして、西園寺コウジ先生の……?」
「私の父です」
師範は感嘆と尊敬の入り混じった眼差しで春夜を見つめた。
「コウジ先生の名声はかねがね伺っておりました。特に実戦的な剣術で有名でいらっしゃいましたね。ご子息がその腕を受け継いでダンジョンで活躍されているとは。本当に素晴らしい」
「…いづれこの道場を取り戻します。」
「そうですか、待ってます。」
褒め言葉はありがたかったが、どこか心の片隅がほろ苦かった。父の剣術を受け継いだという言葉が、今の状況では妙な重みを持って迫ってきた。
春夜はしばらく昔の道場の思い出に浸っていたが、やがて席を立った。
「あまり長居はできそうにありません。そろそろ行かなければなりませんので」
「残念ですな。いつでも気楽にお立ち寄りください。コウジ先生のご子息でしたら大歓迎です」
師範と修練生たちの見送りを受けながら道場を後にする春夜の足取りは、少し重かった。父の不在が改めて大きく感じられた。しかし同時に、胸の奥で何かが熱く込み上げてくるようでもあった。
「父さんの剣術は……俺が守らなければ」
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