第4話
413万円。
初めての探索で稼いだ金額だった。
レベル2の魔石4個、410万円。
支援で得た金額、3万円。
春夜が道場の仕事を手伝ってアルバイト代としてもらう小遣いとは次元の違う大金だった。
春夜は病院側から教えられた口座へ、ためらうことなく全額を振り込んだ。
あっという間に残高はゼロになったが、春夜は絶望しなかった。
(大丈夫だ。また稼げばいい)
初めての探索の成功は、彼に「やれる」という強い自信を植え付けた。
たとえダンジョン1階であり、運が良かっただけだと分かってはいたが、15年間磨き上げてきた剣術が実戦で通用したという事実、そしてそれが実質的な「金」になるという現実が、何よりも重要だった。
翌日、春夜は相変わらず一番安い初心者用の剣と防具を手に、再び新宿ダンジョンゲートの前に立った。
413万円という大金を稼いだにも関わらず、彼の装備は少しも良くならなかった。
母親の病院代の前では、個人的な装備のアップグレードは贅沢だった。
「西園寺春夜、二度目の探索、開始します!」
昨日と同じ決まり文句を叫び、再びドローンを飛ばして配信を開始した。
すると、昨日とは比べ物にならない速度で視聴者数が跳ね上がり始めた。
コメント
・来たぞ!! 昨日の新人!!
・装備そのままじゃんwwwww マジで全部送ったんだな、病院代に
・今日もレジェンド頼むぞ!
・西園寺流! 今日はどんな剣術を見せてくれるんだ!
・2階行くぞおおおおお!
「あ、こんにちは。今日もよろしくお願いします」
降り注ぐような関心にまだ慣れない様子だったが、春夜は努めて冷静に挨拶を返した。
昨日の成功のおかげで、開始時点での同時接続者数は軽く50人を超えていた。
「今日は…ひとまず昨日と同じように1階を中心に探索するつもりです。まだ経験が浅いので」
2階へ行けというコメントも多かったが、春夜は慎重だった。
昨日の成功は運が大きく作用したことを、自分自身よく分かっていた。
2階へ降りて、取り返しのつかないことになりかねない。
母親のことを考えれば、無謀な賭けはできなかった。
「まずは、地道に魔石を集めることを目標にします」
彼は再び安物の剣を抜き放った。
昨日よりは少しだけ手に馴染んだ重み。
彼は深呼吸をして、ダンジョンの中へと足を踏み入れた。
昨日と同じ1階の風景。
だが、昨日とは違い、彼の足取りに迷いは少なかった。
五感を集中させ、周囲の気配を探る。
西園寺流の基本は、常に警戒を怠らないこと。
父の教えが、自然と体に染み付いていた。
それほど時間はかからず、通路の向こうから見慣れた緑色の肌の生命体が姿を現した。
ゴブリン。
1階の代表的なモンスターの一つ。
昨日は遭遇しなかったが、ダンジョン探索の基本中の基本と言える相手だ。
三体が棍棒を手にこちらを発見するやいなや、獰猛な声を上げながら駆け寄ってきた。
(三体か)
春夜は冷静に剣を構え直した。
正眼(せいがん)の構え。
最も基本的でありながら、あらゆる変化に対応できる構えだ。
コメント
・お、ゴブリンだ!
・春夜君、油断するなよ! ゴブリンは思ったより素早いぞ!
・あの構え…昨日のスライムの時とはまた違うな?
・基本がしっかりしてる感じだな。
春夜はゴブリンたちの動きに視線を固定した。
奴らは単に突進してくるだけではなかった。
一体は正面から注意を引きつけ、もう一体は低く潜り込むように足元を狙い、最後の一体は壁伝いに回り込んで側面を狙おうとしている。
なかなかに戦術的な動きだった。
(ふむ、思ったよりは小賢しいな)
春夜は本来、奴らの動きをもう少し観察し、相手のパターンを見極めるつもりだった。
探索戦。
慎重に接近し、確実に制圧する。
それが彼の計画だった。
だが、ゴブリンたちが距離を詰め、攻撃範囲に入った瞬間、春夜の体が先に反応した。
正面のゴブリンが棍棒を振りかぶった瞬間、春夜は半歩踏み込みながら剣を振るった。
速度を乗せて振るわれた棍棒の軌跡よりも速く、ゴブリンの首を正確に斬り裂いた。
「グェッ!?」
同時に、側面に回り込もうとしていたゴブリンが驚いて一瞬動きを止めた隙に、春夜は既に体を回転させ、流れるように剣を薙いでいた。
二体目のゴブリンもまた、悲鳴すら上げることなく光となって消えた。
最後に、足元を狙っていたゴブリンは、仲間二体が瞬く間に消え去ったことに動揺し、後退しようとした。
だが、春夜の足捌きの方が速かった。
地面を蹴って一瞬で距離を詰めると、水が流れるような自然な動作で剣を振り下ろし、最後のゴブリンをも斬り捨てた。
全ては瞬く間の出来事だった。
三体のゴブリンが光となって消えた後には、小さな魔石三つと、粗末な棍棒だけが残されていた。
ダンジョンの通路には、再び静寂が訪れた。
「……え?」
春夜はしばし呆然と立ち尽くしていた。
(おかしい。たしかに探索戦をするつもりだったのに、気がつけば全滅させている)
彼の意図は、間違いなく、ゆっくりと相手の動きを見てパターンを把握し、それから慎重に処理するはずだった。
それなのに、最初の一合で三体とも消え去ってしまったのだ。
(だが……仕方ないじゃないか?)
言い訳のように、そんな考えが浮かぶ。
ゴブリンたちの動きは確かにそれなりの戦術を持っていたが、春夜の目には隙だらけに見えた。
棍棒を振るう角度、足の踏み出し方、重心の移動……。
全てがあまりにも見え透いていた。
まるで道場で初心者の悪い癖を指摘するように、彼らの弱点が手に取るように分かった。
急所を無防備に晒して突っ込んでくる相手を斬らないのは、なんだか剣を持つ者としての礼儀に反するような気さえした。
だから反射的に斬ってしまったのだが、戦いが終わった後も、春夜は戸惑いを隠せなかった。
(俺が強いのか? それとも、こいつらが弱すぎるのか? 15年間続けてきた修練とは、こういうことだったのか?)
今までうんざりするほど繰り返してきた反復訓練と父の小言が、自分でも気づかないうちに、このような形で体に刻み込まれていたのだ。
そう考えている春夜の耳に、爆発的なチャット通知音が絶え間なく鳴り響いた。
コメント
‐うおおおおおお!!! 今の何!?
‐あっという間にゴブリン三体を一刀両断! ステータスでゴリ押しするんじゃなくて、純粋な技でやってのけるのが凄い!
‐春夜君! あんた最高だよ!
‐配信サイトにおすすめスレ立ててきたぞ。
‐支援10000円! 今日も頑張れ!
「あ……ありがとうございます」
春夜は呆気に取られたような表情で、床に落ちた小さな魔石三つを拾い上げた。
ゴブリンの魔石はスライムコアよりずっと価値は低いが、塵も積もれば山となる、だ。
コメント
‐そろそろ2階、行ってみないか?
‐そうだな。春夜君の実力なら、難しくなさそうだけど。
「2階、ですか……」
春夜は高速で流れるチャット欄を見ながら呟いた。
昨日の大当たりは、文字通り運が良かっただけだ。
分裂型スライムのようなレアモンスターに、また遭遇できる保証はない。
1階の通常のスライムやゴブリンがドロップする魔石は単価が安く、数十、数百と倒してようやく一日の治療費が賄えるかどうか、という程度だ。
このままでは、到底足りない。
母親の蒼白な顔が脳裏に浮かんだ。
病床で苦しそうに息をする姿。
医師が言っていた、これから先もかかり続ける莫大な治療費。
迷っている時間はない。
リスクが大きいことは分かっている。
だが、そのリスクを冒さなければ、何も得ることはできない。
(やらなければ)
決意を固めた春夜は、マイクに向かって言った。
「分かりました。視聴者の皆さんがおっしゃる通り、2階へ降りてみます。でも、まだ初心者なので、無理はせず、慎重に探索しますね」
コメント
・おおっ! ついに2階か!
・よし! 勇気あるな、春夜君!
・でもマジで気をつけて! 2階からはモンスターの種類も増えるし、罠も多いからな!
・そうそう。ゴブリンの槍兵とか、コボルトに注意な。
・防具……マジで大丈夫なのか? ;;
心配するコメントが目についたが、春夜は努めて微笑んだ。
「ご心配ありがとうございます。最大限、消極的に探索してみますので、あまり心配しないでください」
自分に言い聞かせるようにそう言うと、彼は1階をもう少し歩き回った。
スライム数体とゴブリンの群れをさらに処理し、体を慣らす。
万が一の2階での激戦に備え、感覚を最大限に研ぎ澄まそうという意図だった。
やがて、彼は1階の隅で、これまでとは違う雰囲気を漂わせる通路を発見した。
下へと続く石の階段。
入り口周辺の壁には、1階とは異なる、より複雑で幾何学的な文様が刻まれており、階段の下からはひんやりとした淀んだ風が、じわりと上がってきていた。
「ここが、2階への入り口みたいですね」
春夜は一つ深呼吸をすると、慎重に階段を下り始めた。
彼の後を、小型ドローンが静かに追従した。
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