異世界転生リバースサイド

酒杯れむ

第1話 勇者が死んだ

金色の髪を持つ優男風の青年が、玉座の間を想起させるほどの広い部屋の中央で、水鏡を見下ろすように眺めながらニヤニヤしていた。

軽薄そうな顔立ちにもかかわらず、余裕のある白い長衣をまとった姿は、そこはかとなく神々しさのようなものを感じさせなくもない。

尤も、水鏡を通して見ているものが、男女の痴情のもつれだとするならば、それを見てニヤニヤしている以上、神々しさを感じるとすれば間違いなく気のせいだろう。


その部屋の大きな扉を、四度、乱暴に叩く音がした。

青年は扉に目を遣ると、小さくため息をついて、肩をすくめた。

それから扉に向かって、よく通る声で言った。

「どうしたのかな?入ってきていいよ。」


そして、扉が開いた。

扉の向こう側には、黒い髪の礼装の少年が背筋を伸ばして立っていた。

少年は金髪の青年の傍に足早に近づくと、一礼した。

「ルカ様、緊急事態でございます。」

「うん、何が緊急事態なのかな~?」


ルカと呼ばれた金髪の青年は、緊急事態を告げた少年とは対照的に、余裕があるとも緊張感がないともとれる態度を崩さず、少年の発言を促した。

「X105-Y300-Z271区画の第一惑星の勇者が死亡しました。」

「あー、それは大変だねぇ。」

どう考えても不穏かつ深刻であるはずの少年の報告に対して、ルカはまるで動じる様子を見せなかった。

もしかしたら、耳に入っていないのかもしれない。

報告を受けるかのように頷きながらも、その視線は依然として水鏡に注がれていた。


黒い髪の少年は努めて平静に、淡々と言った。

「趣味で人類の様子を眺める、そのご趣味を咎めることは僭越ゆえ致しません。」

ルカはまるで気にせず、適当に相槌を打つかのように頷いていた。

「しかし、繰り返します。X105-Y300-Z271区画の第一惑星の勇者が死亡しました。」

「そりゃ勇者なんて死ぬこともあるよ~」


ルカは先ほどと変わらずにそう言った。

そして、少しだけ肩をすくめた後、水鏡から視線を外して黒い髪の少年の方を向いた。

「リーツ、それだけじゃオレは介入しないよ。大事な報告だってことわかるけど、緊急事態だとは思えない。緊急だと判断した理由は何だい?」

ルカが苦笑しながら、しかし、しっかりとした口調でそう尋ねた。

「失礼いたしました。」

黒い髪の少年リーツは一礼した後、一息置いて、それから口を開いた。

「蘇生の奇跡を乞う祈りが、対価と共に捧げられました。」


ルカは心底うんざりしたように肩を落とした。

「はぁぁ~~」

リーツが目の前に立っていることなど意に介することもなく、心の底から面倒くさそうに、うんざりとした様子で。


それから顔をリーツに向けて、尋ねた。

「X105-Y300-Z271区画の第一惑星って、オレが把握してる限りだとかなり文明が進んでいたよね?自分たちで蘇生できないってことかな?」

「あの惑星の人類の蘇生術では蘇生不可能かと。」

リーツが淡々と答えた。


ルカは頭を振って、リーツに尋ねた。

「なるほどね。……それで、対価は何を捧げてきたんだい?」

「三つの国家の有力者、王族がそれぞれ三名、計九名。」

リーツが淡々と答えると、ルカは呆れ顔で、しかし苦笑しながら言った。

「ずいぶんと、奮発してるじゃないか。」


ルカの様子を見て、リーツは尋ねた。

「黙殺いたしましょうか?」

「いや、引き受けるよ。」

即答である。


そして、リーツに尋ねた。

「勇者の状態は?」

「第二表皮に至るまでの甚大なる損傷です。」

「……は?」

ルカは絶句した。


「……ええと、X105-Y300-Z271区画の第一惑星だろ?」

「はい。」

ルカの問いに淡々と答えるリーツ、そして、頭を抱えるルカ。

「なかなかやらかしてるじゃん。…え、バカなの?勇者って第二表皮は特に加護を受けてるはずだろ。」

「ええ、勇者は死ぬことも仕事ですからね。簡単には壊れないようにしてあります。」

リーツは、相も変わらず淡々と答えた。


すると、大きくため息をついて、ルカは頭を振った。

「はぁ……バカなのはオレか。カッコつけすぎたのは認める。今度からちゃんと症状を見てから考えよう。」


それから、ルカはリーツに向き直って尋ねた。

「……難しくはないけど、素材の調達が勝負か。まずは、同じ惑星であの勇者クンの第二表皮補修に使えそうな素材があるかな?」

「いいえ。勇者の第二表皮に釣り合う素材を現地調達することは不可能です。」

リーツ、即答した後に続けた。

「なお、宇宙管理者組合による補修材料の貯蔵庫に適合する素材はありますが、順番待ちとのことで、今から申請しても47番目となります。」


ルカはがっくりと膝をついた。

「……だよなぁ!勇者の、第二表皮、半壊状態のそれを補修するなんて、並大抵の素材じゃできないよね!」

それからルカは、両膝をついたまま床を見つめつつ、微かに口元を動かし続けた。


やがて、立ち上がった。

「仕方ない、それなら自分で調達だ。」

「また、あの場所ですか。」

リーツがそう言うと、ルカは頷いた。

「不謹慎だけど、鮮度の高い素材はあの世界が一番だからね。勇者クンの遺体、現状維持だけ頼むよ。」

「承知いたしました。――お気をつけて。」

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