猫の目三角、犬より四角

カザリナの月

猫の目三角、犬より四角

 しゅは猫でマルと呼ばれている。


 マルという名は、所構わず引っぺがしては隙間に潜り込んで、真ん丸になっている姿が可愛いからではない。

 ましてや、懐石シリーズが並んだ器を眺めて、真ん丸にした瞳を輝かせている姿が愛おしいからでもない。


 主の目は三角だ。

 幸い逆三角ではなく、正しく三角である。


 最近の事である。

 最近と言っても、この棚の上にあるリモコンをはたき落とした2分ほど前の、つい最近の事を言っている。


 この家には犬である事を自覚したことさえ無い、飼い犬が一匹いる。


 シロという安直な名をしている。

 その名に似つかわしく想像に容易い見た目。そう、シロナガスクジラだ。


 主は時々、この様な意味のないウソの様な話しをする。


 話しを戻そう。

 シロの話は実はどうでも良く、そのシロが使っている皿に乗っけられた黒ずむもの。そうだ、ジャーキー。こいつで話しは始まる。


 魚を干さずに肉なんてものを干すのだから驚くのは頷ける。

 当然、干したのはシロなんかじゃない。そんな事する様なタマじゃないから。


 何もする事がないから、シロの近くで眺めていたんだ、ジャーキーを食べている姿を。


 とても間抜けた顔をしていたさ、よほど美味しかったのだろう。


 するとシロは、主の鼻の前にジャーキーをチラつかせてくるんだ。


 わかるんだ。

「食べてみる?」って貢ぎ物を差し出す様に、大事にしてるゲームソフトを貸し出す様に、そして分かち合う事で確かめ合う様に。


 だから何時だって「ニャー」を突きつける。


 気まぐれではなく毅然と。


 時々噛んでみるから、気まぐれなのだとトンチキな思い込みをされる。


 主も何時だって暇という訳ではない。

 手際良く判断をしたい時もある、主の都合を知らないのだろう可愛い奴である。


 一度だけ訂正しておこう、可哀想な奴である。


「マルー」「マール」なんて呼び止める。

「ちゃん」だの「たん」など付け加えてみたりと随分気まぐれな呼び方だ。


 主が忙しい時に限って呼び止める。

 それは何故だか分かる。

 嫉妬だ。主の目を自分に向けて欲しい一心で。


 それも仕方がない、可哀想な奴である。


 所詮、人というのはそういうものである。


 この飼い犬をシロと決めてはいるが、その名を呼んでやったことは一度もない。


「にゃぁ」


 それが精一杯だ。


 そうそう、マルという名の発音や、装飾に意味はない。


 意味があるのはマルと呼び掛けることだ。


 呼べば、丸でも三角でも四角でもどれでもちゃんと繋がる。

 だが二だけは繋がらないらしい。

 重ねるとバツになるそうだ。


 可哀想な奴である。


 今回だけ特別に訂正を許しておこう、可愛い奴である。


 バツな時には目をよく見てみれば良い。


 瞳じゃない、目だ。


 二つとも曲げれば繋がる事くらい誰にだって分かる筈。

 丸と同じ要領で二つとも曲げればね。


 今日だけ特別に目は瞑っておいてやろうと思う。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

猫の目三角、犬より四角 カザリナの月 @KAZARiNA_LUNA

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ