第9話 血染めのおとぎ話

 全員集合。

 濡影さんの指示により、談話室に屋敷にいる人間全員が集められた。

 僕、ヤナギさん、串野さん、吉野さん、大高さん、森社さん、祐禅寺さん、鴉羽さん、濡影さん、それに真田老人。……あれ、誰か足りない気がする。

「しまった……。舞原さんを呼ぶのを忘れていました。すぐに呼んできます」

 そう言うと、早足で談話室を出ていく濡影さん。…マイバラさん?誰だっけ、それ。

 ……あ、思い出した。そう、この屋敷で料理を作ってくれている料理人の人だ。一日目に鴉羽さんがさらっと紹介してたのを忘れていた。

 濡影さんはすぐに戻ってきた。調理服を着た女の人を伴っている。その人は心底つまらなそうな表情で、何も言わずにゲストたちの間に立った。

「さて…、全員揃いました事ですし、必要な事について話し合いましょうか」

 なぜか仕切り始めた濡影さん。一応この場には真田氏も居るのに彼は何も話さないのだろうか。でも、そんな細かい事を気にしていられる場合でもない。

 ──そう、僕らが今第一に気にしなければいけないのは、ついさっき鴉羽さんによって発見された白池さんの死体のことなのだ。


「状況を整理しましょう。白池さんは昨日の夕食にはちゃんと参加されていました。その後午後九時ぐらいにお部屋に戻られて、その後は朝まで姿を見た人はいません……そのはずですね?そして今朝、鴉羽が変わり果てた姿の白池さんを発見したと」

「ちょ、ちょっと待ってください」

 僕は思わず濡影さんの言葉を遮った。

「なんでしょうか、布施さん」

「いや…あの、僕らはこんな事をやってる場合なんでしょうか?」

 濡影さんはすがめるように僕を見つめる。

「こんな事をやってる場合…とは、ではどのような事をするべき場合なんでしょうか?」

 僕は思わず少し強い語調で答える。

「決まってるじゃないですか……警察に通報するべき場合ですよ。人が一人死んでるんですよ?」

 それも絞め殺され、両腕を斬り取られた異常な姿で。

 濡影さんはゆっくり答える。

「そうですね、それが法治国家では当たり前の行動でしょう。……ただし、今回はいくぶん

「……はい?」

 唖然とする僕。何を言ってるんだこの人は。

「それについては私が説明しよう」

 杖をついた真田氏が一歩前に出て語り出した。

「まず、大前提として言っておきたいのだが……君は白池さんを殺したのは誰だと思うかね?」

 そんな事は僕が聞きたい。

「……だから、それが分からないから警察を呼ばないと、って言ってるんですけど。いや、分かってるなら尚更警察を呼ばないといけないでしょう」

 真田氏はうなずく。

「その通りだ。だがここで一つ問題がある。──

 ……ん?柵がどうしたんだ?話が見えてこない。

「君も説明を受けていると思うが、この屋敷は高圧電流を流した鉄柵によって周囲を囲われている。野生動物よけのためだったのだがね。電流はかなり強く、人間が不用意に触れれば、まあ失神は免れないだろう。感電死する事もあるかもしれない。そして私かメイドの二人が開けない限り、ゲートは常に閉じられている」

「……あ」

「そうなんだよ。外部から誰かが夜中に忍び込んで白池さんを殺すなんて事は不可能なんだ。──つまり、彼女を惨殺した犯人は──」

 おそらく、この中にいる。


 僕はぞわりと悪寒を感じた。推理小説によくある台詞じゃないが──「こんな殺人犯と一緒のところに居られるか!俺は部屋に戻る!」とか誰かが言い出してもおかしくない状況だ。あいにく誰もそんな事は言い出さず、場はひたすら沈黙に包まれている。

「で、でも……。それにしたって警察を呼ばない理由にはなりませんよ」

 僕は精一杯の反論を行った。そう、この中に犯人がいる──僕とヤナギさんを除く九人の中に犯人がいるというのは恐ろしい話だが、だとしても警察を呼んではいけない理由は見当たらない。

「もちろん警察への通報はしよう。だが今すぐにではない」

「え?」

 いや、どういう事だ?

「……なんで今すぐには無理なんですか?」

 当然の疑問を口にする僕。この老人はさっきから何を気にしているんだ?

「──君が戸惑うのも無理はない。だが少し考えてみてくれ──今日ここに集まっている人たちの事を」

「……あ」

「そうだ。柳本さんは名前の売れている推理小説作家だし、祐禅寺さんも著作がベストセラーになっている有名な学者だ。大高さんはこの中では一番メディア露出が多いし、日頃はマスコミに追いかけ回されている立場だ。他の招待客の方もそれぞれの分野で名が売れている。それこそ殺された白池さんも然り。──そんな人たちが集まっている中で殺人事件が起きたとなればどうなる?」

 そうだ。これだけ色んな領域で活躍している著名人が集まっている中で殺人事件が起きたとなれば、その話題はたちまちマスコミ、そして世間の格好の餌食になってしまう。無実の人間にだって好奇の視線は浴びせられるだろうし、下手をすれば有ること無いことを書かれて存在しない罪を着せられる事だってあるだろう。有り体に言えば、ここにいる招待客たちの間で殺人事件が有ったことを公表するのは、客たち自身にとってリスクが高いのだ。

 真田氏は溜め息をついて続ける。

「警察への通報は行う。──だがそれまでの猶予期間が欲しいところだ。私たちで犯人が誰かを特定できれば、真田家の力を使ってできるだけ表沙汰にする事なく事件を始末できる。私は警察とのコネクションもあるから、三日程度なら通報を遅らせてもお咎めは受けないはずだ」

「………」

 僕は黙り込んでしまった。真田氏の言っている事は明らかに社会の規範からずれている。──だが僕自身にも懸念はあったのだ。

 もしこの事件がすぐに公表されてしまえば、ヤナギさんにもマスコミやら興味本位の野次馬やらの視線が集中して、晒し者にされてしまうだろう。──それは彼女にとって耐えられる事だろうか?たとえ耐えられたとしても僕自身がそんな状況が起きる事を許せるだろうか?

「……つまり、真田さんはこう言うんですね。三日以内に僕ら自身で、僕らの中にいる殺人犯を見つけ出せ、と」

 真田氏は大きく息をついた。

「……そういう事になるな。最悪の中の次善の策と言ったところだろう」



「さて、そういう事ですので、皆さま方、よろしいでしょうか?」

 また濡影さんが話し始めた。死体を見つけてからずっと震えている鴉羽さんと違って、濡影さんはまるで動じずむしろ淡々とした様子で場を仕切っている。それはむしろ冷徹で冷血に感じられるほどだ。

 大高さんはうなずいた。顔から血の気が引いている。まさか自分がこんな事に巻き込まれるとは思っていなかったのだろう。他の人たちも濡影さんの言葉に促され、ほぼ機械的にうなずく。皆現実に起きている事が信じられないといった感じだ。──唯一舞原さんだけは、つまらなそうに生あくびなんかしていた。僕はヤナギさんの顔を盗み見てみる。彼女はまるで感情の読めない抑揚の無い表情で、この不可思議な状況をただ眺めていた。

「さて、それでは犯人探しの前にやる事がありますね」

 そんな事を言う濡影さん。

「──それはなんですか?」

「決まってるじゃないですか。見つけないと、凶器と両腕を。──白池さんのね」

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