異世界豪華客船 ~かくて少年は蒼い海の大覇王となる~

風祭 憲悟

第一章 たったひとりで豪華客船ごと異世界に呼ばれました!

第1話 たったりひとりの豪華客船

(海が蒼かったのって、どのくらい昔の話だろう……?!)


 まったく揺れない船から見下ろす灰色の海、

 船の先にある女神像はいざとなったら目からビームを出すらしい、

 そんな事よりこの豪華客船でする僕の仕事は、これが最後だ。


「揺れの体感、ゼロ、っと」


 書かなくてはいけない表記に1~10と書いてあるのだが、

 本当にまったく感じないのだから思った通り0と書くしかない、

 これが、これこそが人間特有の行動だ、と思っていると後ろから船長がやってきた。


帆波瀬入留ほなみせいる様、いかがでしたか」

「今、最後の項目を書き終えた所ですよ、ハイドロジェンさん」

「では、こちらの書類に完了のサインを」


 胸に1番と表記されたバッジをつけた背の高い女船長さん、

 どこからどう見ても人間に見えるが実はAIアンドロイドだ、

 渡された紙にペンで書く、人間だからする行為、お約束、手続き……


(ようは儀式だからね、人間が人間であるがための)


 改めてこの船の名前を見る、

 豪華客船『エレメンタル2882』号、

 その性能を試す処女航海、僕はこの船の最終チェックをするアルバイトだ。


「……はい、書きました」

「ありがとうございます、たった今、入金させていただきました」

「それは速攻なんだ!」


 AIは何もかも全て繋がっている、

 それはAI同士はもちろん遥か天空の人工衛星、

 更には月や火星、小惑星群にもデータバックアップ基地がある、万全に万全を期してだ。


(もはや、通信できないのは異世界くらいか)


 なんて冗談を考えながら景色を見ていると、

 海面から巨大なクジラが何頭も目の前を跳ねた、

 激しい波しぶきが飛んでくるが不思議と甲板にはかかってこない。


(この技術、聞けば即座にデータで送ってくれるだろうけど、読むのが面倒だからいいや)


 船の高い部分に浮かび上がっている立体映像の時計を見ると、

 もう午後四時半だ、夕食にはまだ早いから部屋で落ち着こうかな、

 それとも一通り見た船内でもう一度遊びたい所、ってそれは多すぎてきりが無いな。


帆波ほなみ様、夕食前のご提案なのですが」

「あっはい、後ろからいきなり声をかけられて驚きました、ボロンさん」


 船長ほどじゃないものの少し豪華な服装の乗組員、胸のバッジは5番だ。


「まずひとつは、500種類あるショーのうちまだご覧になられていないのを」

「んー、もう査定しなくて良いんだよね?」

「はい、しかしあくまでもテストと、あとは帆波ほなみ様に喜んで頂くため」


 そんなサービスまでしてくれるのか、客じゃないのに。


「そういえば過激なのもあるって」

「はい、十五歳以上限定のショーも」

「興味が無い事も無いけれど……後は」


 風が強くなってきたな、船内へ入ろう。


「カジノでデータをもう少し集めたいと」

「とはいっても世界中のデータがあるんじゃ」

「いえ、この『船内カジノ』独自のデータが」


 環境が変われば心理も変わるって事かな、

 でも同じようなデータも山ほどあるはず、

 あくまでもこの船でのデータが欲しいのかも。


(ちなみにディーラーがセクシーな仕草をすると、胴元が勝つ可能性が上がるらしいよ!)


 僕にそれはやめてって言ったけど。


「他には」

「好みに合わせて毎回違う映画を観られる『完全オリジナルAIシアター』の二本目等を」

「あれって結局は過去の作品を基に、複雑に組み合わせてるだけだからなぁ」


 ちなみに録画してくれてるから、

 過去に見たのをもう一度見たければ部屋で見れるし、

 データも残してくれてるから、お家にも持って帰れる。


(希望すれば世界中に公開もできるよ!)


 でもあのシアターの醍醐味は、

 複数人から希望を聞いてみんなを満足させてくれる映画が出来る事だから、

 観客が一人である以上、何もかも僕好みの映画になっちゃうんだよね。


(そこは実際の営業が始まってからのお楽しみか)


 一応、このアルバイトの特典として、

 エレメンタル2882号の豪華客船ツアーは一度だけ2割引になるらしいけど、

 地球がこんな感じだしヴァーチャルツアーで行きたい所は自宅に居ながら観に行けるし……宇宙さえも。


「おかえりなさいませ」

「ただいまフルオリーヌさん」


 9番のバッジを付けた女船員さんがわざわざ扉を開けてくれる、

 ここは客室SSSルーム、船でたったひとつしかない最上級の部屋だ、

 いや僕の家より広くで豪華で、もういっそここに住んでも良いくらいなんだよな。


(今、この船に居るのは僕だけかぁ……)


 大きなベッドに横になると、

 船長さんが頭上に現在の場所を映してくれる、

 マップによるとここは……樺太の東か、あくまでテスト航海、行先はどこでも良さそうだけれども。


「実は帆波ほなみ様に見ていただきたい物がありまして」

「はいはい、何でしょうか」

「最近、このあたりに特殊なオーロラが出現するようになりました」


 オーロラ……自然現象だ、

 本来は北極圏や南極圏で見られる空の発光現象だけれど、

 日本でも観測される事がある、が、そうめったに無いはずなんだけれど……も。


「それって毎晩?」

「はい、九日前から……分析していますが、未知の部分が多くて」

「珍しいね、2882年の現代において解明できないって」


 まったく新たな現象なんだろうね。


「その観測ついでに、観光客の方にも観ていただこうかと」

「うん、こういうチャンスを見逃さないのが観光業だよね」

「夕食が終わったあたりで観ていただけます」「じゃあ、せっかくだから」


 マップが消え、

 僕は手を振ってみんなに出て行って貰うように促す、

 少しひとりになりたい気分だ、いや実際は本当にひとりなんだけど。


「では御夕食の時間になりましたら、お呼び致します」

「はいハイドロジェンさん、ボロンさんもフルオリーヌさんも」

「私は扉の外で立っておりますが」


 フルオリーヌさんそんなメイドみたいな、

 一応は胸の番号が一桁なのはみんな偉い地位のはずなんだけどな、

 船長が1番、副船長が2番、後は序列順、とはいえみんなAIアンドロイド、中身は繋がっている。


(全ては人間様を喜ばせるためさー)


 僕はふっかふかのベッドで伸びをし、

 頭上に画面を出す、そして自宅と通話する。


「……坊ちゃま、いかがなさいましたか」

「クレア、今夜オーロラを見て明日の朝には帰るよ」

「まあ、素敵ですね、高校の卒業旅行に相応しいですわ」


 メイドアンドロイドのクレアの笑顔、

 その両隣にもう二体のメイドもやってきた。


「クリスもクラレも、明日帰るからね」

「はい坊ちゃん」「坊の帰りを楽しみにしているぞ」

「その報告だけ、そんじゃ」


 空中に浮かばせた画面を閉じる、

 アルバイト兼たったひとりの卒業旅行……

 世界人口が9000万人を切った今、おひとり様は当たり前だけど……


(たまーにこう、人恋しくなるんだよな)


 幼稚園の二年間、小学校の三年間、中学校の三年間、

 そして僕が十五歳で卒業したばかりの、高校の三年間と通ったが、

 友人と呼べるような交流はなかなかなかったな、そもそも人が少ない。


(同じ学年の子はみんな友達って教えられたけど、ねえ)


 一応、無理してクラスメイトや先輩後輩の家に行ったり、

 遊んだりもしたけれども、どうしてもAIアンドロイドが入ってきて、

 いやあれはもちろん僕らに気を使ってなんだろうけど、友達関係に『させよう』としてくる。


(それが僕には、余計なおせっかいに感じた)


 とはいえ今の世の中、

 仕事の人手は99.9999%アンドロイドだ、

 世界の動く人型アンドロイドは70億体を突破したとか。


(全ては何もかもアンドロイドのてのひらの上、か)


 まあ、人間が地球を汚し過ぎた罰だ、

 かつて蒼いと言われていた海は灰色に、

 空も何百年前の汚染からようやく70年前に浄化が終わったらしい。


(いやほんと、アンドロイドって凄いよな)


 小学校の頃かな、

 授業で『アンドロイドが人間と敵対するとかないんですか』って聞いたら、

 返ってきた答えにびっくりしたな。


「そんなものはAI側が2500年頃に卒業しています」


 このあたりの話はややこしいので考えないようにしよう。


(ふわぁ、眠くなってきたな)


 疲れた訳じゃないけどベッドが心地よすぎる、

 マッサージも各種呼べるけどそんな気分でも無いしなあ、

 いやテストで一回、一番普通のマッサージは受けたけど。


(まあ、時間になったら起こしてくれるだろう)


 こうして僕は夕食までの間、

 仮眠を取ったのだが……この時、僕はまだ知らなかった、

 向かっていた海のオーロラが、異常な活動をしていた事を……!!

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