第24話 決意の光


迫り来る黒い靄を前に、舞子は絶望的な状況に追い込まれていた。鳴海は既に傷つき、再び立ち上がれるかは不透明だ。自身の内に眠る力も、この強大な影を打ち破るには、あまりにも微弱すぎる。

その時、舞子の脳裏に、五年前に島を出る際、母から手渡された、小さな木箱の記憶が鮮明に蘇った。

「舞子、これはね、あなたを産んだ時、お母さんがあなたのために用意したものなの。本当に、どうしようもなく困った時に、この箱を開けなさい。きっと、あなたの道しるべになってくれるから」

母の優しくも、どこか悲しげな眼差し。当時は、その言葉の意味を深く考えることはなかった。ただ、母の愛情が込められたものとして、大切に保管しておこうと思っただけだった。しかし今、その言葉は、二度と聞くことのできない、大切な記憶として、舞子の心に深く刻まれていた。

(本当に困った時…今が、その時だ…!)

舞子は、迫り来る黒い靄から必死に後退しながら、その記憶を辿っていた。木箱は、確か、島を出る日に持ってきたはずだ。今は、大島の宿に置いてあるだろうか。

「鳴海さん!」

舞子は、苦悶の表情を浮かべる鳴海に声をかけた。「私、少しだけ時間を稼ぎます!その間に、何とか立ち上がってください!」

鳴海は、辛うじて頷いた。舞子のただならぬ様子を感じ取り、彼女に何か考えがあることを悟った。

舞子は、再び奈緒(を支配する影)に向き直った。彼女の瞳には、先ほどの絶望の色は消え、代わりに、強い決意の光が宿っていた。

「あなたの好きにはさせない!」

舞子は、全身の力を振り絞り、手のひらに集められる限りの力を放出した。それは、先ほどよりも僅かに強い光だったが、それでも、黒い靄を完全に押し返すには至らない。

「無駄な抵抗ね」

奈緒(を支配する影)は、冷笑しながら、さらに黒い靄の勢いを増した。舞子の体は、その強大な力に押し潰されそうになる。

しかし、舞子の心は折れていなかった。母の形見、あの時の言葉。それらが、彼女の背中を強く押していた。

(まだ…終われない!奈緒を…みんなを…守らなきゃ!)

舞子は、最後の力を振り絞り、黒い靄の中に身を投じた。それは、無謀な行動に見えたが、彼女には、かすかな希望があった。それは、あの木箱の中に、この状況を打破する何かがあると信じる、強い直感だった。

黒い靄に包まれた舞子の意識は、一瞬、暗闇に包まれた。しかし、その暗闇の中で、彼女は確かに感じた。温かく、懐かしい、優しい光のようなものを。それは、まるで、母の魂が、彼女を支えようとしているかのようだった。

そして、舞子は、再び意識を取り戻した。彼女は、森の中に倒れていた。黒い靄は消え去り、奈緒(を支配する影)の姿も見えない。ただ、月明かりが、静かに森を照らしていた。

「舞子…!」

鳴海が、痛む体を起こしながら、舞いに駆け寄ってきた。「大丈夫か!?」

舞子は、ゆっくりと体を起こした。体中が痛むが、確かに、あの悍ましい影は消え去っていた。

「大丈夫…だと思います」

舞子は、空を見上げた。母の魂が、自分を導いてくれたのだろうか。あの時感じた温かい光は、きっと、そうに違いない。

「でも…奈緒は…?」

鳴海の問いかけに、舞子は首を横に振った。「分かりません。ただ…今は、あの影は消えたようです」

しかし、二人の心には、拭いきれない不安が残っていた。あれほどの強大な力が、そう簡単に消え去るとは思えない。きっと、また、どこかで力を蓄え、再び現れるだろう。

「宿に戻りましょう」

舞子は、疲労困憊の鳴海を支えながら、ゆっくりと歩き始めた。「私には、どうしても確かめなければならないことがあります」

大島の宿に戻った舞子は、すぐに自分の荷物を探した。そして、奥の方に大切に保管されていた、小さな木箱を見つけ出した。それは、五年前に母から手渡された、大切な形見。今、この箱の中に、全てを解決する手がかりが眠っているのだと、舞子は固く信じていた。

月明かりの下、舞子は、震える手で木箱の蓋を開けた。その中には、一枚の古びた手紙と、小さな、磨かれた石が入っていた。手紙を開くと、そこには、優しい筆跡で、舞子の母からのメッセージが綴られていた。それは、未来の娘への、愛と希望に満ちた言葉だった。そして、最後に、こう書かれていた。

『舞子が本当に困った時には、この石を、満月の光にかざしなさい。きっと、道が開けるでしょう』

舞子は、その言葉を読み終え、静かに涙を流した。母は、全てを知っていたのだろうか。この石に、一体どんな力があるのだろうか。満月は、今夜だ。舞子は、その石を手に取り、月明かりの下へと向かった。彼女の心には、再び、かすかな希望の光が灯り始めていた。

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