第3話 夢の記憶、現実の歪み
その夜、貞子は眠りにつくことができなかった。白い影の姿と、耳に残る「探して」という言葉が、頭の中で何度も繰り返される。そして、眠りに落ちそうになると、必ずあの奇妙な夢を見た。ぼんやりとした白い影が、何かを探し求めて彷徨っている夢。夢の中の影は、現実で見た影よりも、どこか悲しげで、痛ましい雰囲気をまとっていた。
翌朝、ひどい寝不足のままカフェに出勤した貞子は、葉月に昨夜の出来事を話した。葉月は、貞子の話を聞くうちに、顔から血の気が引いていくのがわかった。
「それって……やっぱり噂の白い影とそっくりじゃないか……! 貞子ちゃんに何か憑いてるんじゃないの!?」
葉月の心配そうな言葉に、貞子自身も不安を覚える。しかし、憑依という言葉には、どこか違うような気がした。あの影は、敵意を持っているようには感じられなかった。むしろ、何かを訴えかけているような、助けを求めているような印象を受けたのだ。
「わからない……でも、怖いというより、なんだか気になるんだ。あの影が、一体何を探しているのか」
その日の午後、栞が再び電話をかけてきた。
「貞子、昨日の白い影のことだけど、大島でも目撃情報が増えてるんだ。港だけじゃなくて、古い祠の近くとか、誰も近づかないような場所にも現れるらしい」
栞の声は、昨日よりもさらに深刻だった。遠く離れた島と博多で、同じような白い影が目撃されている。それは、単なる偶然では済まされないだろう。
「何か、共通点があるのかも……」
貞子は、ぼんやりと考え始めた。白いワンピース、満月の夜、そして「探して」という言葉。それらの断片的な情報が、頭の中でパズルのピースのように散らばっている。
その夜、貞子は再び、白い影を目撃した場所へ足を運んだ。街灯の下には、昨夜の面影はない。しかし、あたりには、どこか冷たい、湿ったような空気が漂っている気がした。
ふと、足元に何か白いものが落ちているのに気づいた。拾い上げてみると、それは小さな、白い布の切れ端だった。見覚えがある。昨夜、白い影が着ていたワンピースの (生地)に似ている。
その切れ端を手に取った瞬間、貞子の脳裏に、鮮明な映像が流れ込んできた。暗い部屋の中、白いワンピースを着た若い女性が、何か大切なものを抱きしめている。彼女の表情は悲しみに満ちていて、瞳からは涙が溢れている。そして、その女性の背後には、黒い影のようなものが蠢いている――。
その映像は、まるで彼女自身の記憶ではないような、他人の記憶を覗き見ているような感覚だった。しかし、どこか懐かしいような、胸が締め付けられるような感情も同時に湧き上がってきた。
「これは……一体、誰の記憶なんだ……?」
白い布の切れ端を握りしめ、貞子は夜の街に立ち尽くした。夢の中で見た白い影、現実で出会った白い影、そして今、流れ込んできた悲しい記憶。それらは全て、一つの大きな謎に繋がっているような気がした。満月が近づくにつれて、その謎は深まり、同時に、貞子自身も、その渦の中に引き込まれていくのを感じていた。
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