6.全てを吸い上げられそうになった主任

 ──リヒテン伯爵家・医務室。


 低く差し込む再度の朝光。

 白いシーツの上でハルトは目を覚ます。

 頭が重い。身体も鉛のようにだるかった。


 「……おはよう。気分はどうだい?」


 声をかけてきたのは、無精髭の男だった。

 白衣の上にくたびれたベストを羽織り、椅子に胡坐をかいている。


 「……誰?」


 「ポーター、医師だよ。

 君がぶっ倒れるの、これで三度目だ」


 ハルトは手で額を覆った。


 「ああ……何か、すごく疲れた気がする……」


 「そうだろうね。君と古龍様が中庭で大騒ぎした挙句、

 君の召喚獣まで現れたんだろう?」


 ポーター医師の言葉にハルトは顔を上げる。


 「なんで......知ってる?」


 「どんな鈍感でも流石に気付くさ。

 あの古龍様の魔力の波動は間違いなく"英雄級"の力が

 込められていたからね」


 「英雄級......?」


 「忘れたのかい? 

 魔力には8段階あるっていうのは知ってるだろう?」


 「ごめん、聞いて良い?」


 そういうと、ポーター医師はサラサラと紙に何かを書き起こし、

 ハルトに渡した。


 「これが段階さ」

 

 第1段階:微光級ルミナス

 第2段階:点火級イグニス

 第3段階:焔級フレア

 第4段階:蒼炎級ブレイズ

 第5段階:烈核級バースト

 第6段階:王冠級クラウン

 第7段階:英雄級ヒロイック

 第8段階:天災級カラミティ


 「エ、いきなり第7段階を浴びせてきたのかアイツ......」


 「実は英雄級なんて一度も見たことなかったけれど、

 まあ、ゾクッとしたさ」


  ポーター医師の笑みに、ハルトは僅かな狂気を感じる。

 そして思い出したかのように親指と中指でパチンと鳴らすと、

 一枚の紙を器用に"浮かせ"、

 ふわりと宙を舞ったそれを、ポーターは片手でひょいと掴む。


  ハルトは目の前で行われたファンタジーあるあるに、

 心の中で拍手した。


 「ああそうそう、ハルト君。

 君の診断結果だけど、"魔力の使い過ぎ"だね」


 「へっ?」


 「だ か ら、魔力の使い過ぎ。

 睡眠と十分な食事がないと。

 というか君、ご飯抜いたりしてたでしょ?

 それが原因だよ」


  前任者は恐らく放浪癖でもあったのだろうか、

 と訝しがりながら、ハルトはただ納得した。


 「……魔力切れ、か......」


 ポーター医師はその反応に、少し声のトーンを落として尋ねた。


 「正直気になるんだ。

 古龍様が一撃を見舞う寸前、私はそれを4階から見ていてね。

 そしたら偶然、見えちゃったんだよ──」


 なにが? という表情をするハルトに、

 ポーター医師は視線の高さを合せるように前かがみになる。


 「あの魔力常識を超えた純度の魔力......本当に、"ハルト"君かい?」


 ハルトははぐらかすように笑った。


 「……まあ、一応?」


 ポーターは椅子に背を預け、語りだした。


 「魔力ってのは要するに、肉体が生み出す"エネルギー資源"。

 例えばロウソクなんていい例さ。

 火をつけたら長く燃え続けるけれど、それが業火になる事はないよね?」


 「まあ、確かに......」


  「逆に凡庸な魔力は、湿った藁。

 火はついても、煙ばかり上がってすぐに消えるもの。

 これを乾燥させるみたいな努力をする人が多いんだ」


 「乾燥するとまあ、燃えやすくなるな」


 「でも王冠級はおろか、英雄級の魔法ともなれば、

 高純度は当然として、さらには爆発力がなければいけない。

 上位魔法に必要なのはこの“高品質な魔力”なんだけれど──」



 「──君のその魔力は一体何なんだい?」



 「こっちが聞きたいよ」


 ハルトの返答にポーター医師は


 「そうだろうね」


 と笑った。


 「まあ、重要なのは“火の入れ方”さ。

 どれだけ素晴らしい魔力を持っていても、点け方が悪ければ火は弱い。

 逆に、全てがかみ合えば──あんなことになる」


 窓の外、扇状に黒く煤けた裏庭、

 その黒をかき分ける"何か"が鎮座していた痕を示すかのように、

 長方形の後ろから尾を引いた無傷の緑と二本の鎖状の跡が広がっていた。


 「君は昨日、それをやってのけた。

 ……いや、やったというより、やらされたのかもしれないが」


 ハルトは何も言わなかった。

 ポーターは目を細めて、ぽつりと言った。


 「でも、それすら耐えたあの召喚獣。

 あれも気になるよね?」


  ハルトは少し沈黙する。

 そして、しぶしぶ答えた。


 「……鋼鉄の、召喚獣。ってことにしておいて」


 ポーターは顎に手を当てて思案する。


 「……見た目はゴーレムに似ているが、

 そもそも土くれと並べるのは失礼な程に洗練されたデザインだった。

 おまけに英雄級の魔法を受けて無傷だなんて……」


 ハルトはゆっくりと身体を起こし、

 ベットの背もたれに身を預ける。


 「......まあ、相性もあるんじゃないのかな?」


 その曖昧な返答に、ポーター医師はもうひとつの疑問を提起した。


 「そうだ。 もう一点あるんだけど、件の鋼鉄の召喚獣は、

 君のどこから力を抜いたか知ってる?」


 「いや、分からない......」


 「普通の召喚獣は、高品質な魔力が必要なんだ。

 でもアレは……たぶん、なんでも動く。

 魔力のカスでも、高品質な魔力でも、なんでも」


 「どういう事?」


 「古龍様は間違いなく君から"上澄み"だけを取り上げて、

 英雄級の魔法を使用したのだけれど、

 あの召喚獣は違う、あれは──」


 「──純度なんて一切見ていない。

 君の体内にある全ての魔力を、それも一滴も残さないぐらいの勢いで、

 全てを吸い込んでいたんだ」


 ポーター医師は目を細める。

 その危険性を指摘する声に、ハルトはため息をついた。


 「燃えるものならなんでもかまわない、ってことか......」


 ポーターは苦笑交じりに言うと、外を眺める。


 「……君の魔力の質、量はもはや計測不可能の域。

 だけど問題は、その出力と“爆発力”、それに古龍様と例の召喚獣まで。

 特にあの召喚獣は要注意だ。

 このまま無茶すると、

 いずれ全ての魔力を吸い上げられて死んじゃうからね?

 節度は守って使いなよ?」


 「ぜ、善処します……」


 微妙な空気が流れたその時、扉がノックされた。


 「……お坊ちゃま」


 ナーシャが静かに入室する。

 少しだけ表情が硬い。


 「ノア様がお見えになられました」


  その名前に、ハルトのまぶたがぴくりと動いた。

 ハルトの記憶の断片で、彼女の名前と

 プロフィールくらいは知っていた。

 

  しかしナーシャのその暗い表情は気になる。

 そう、次の波乱はすでに扉の向こうにいた。

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