~最弱貴族の召喚術師~ 田舎貴族の跡取り息子に転生したら、現代"最強の戦車"を召喚してしまった件 俺は燃料タンクじゃないッ!

桐山栄

プロローグ.異世界に転生した主任

 「申し訳ありませんッ!」


 俺、酒井修一さかいしゅういちは今日も深く頭を下げた。


 自分が何か悪いことをしたわけではないのだが、

残念ながら、"例"の新卒がグループ会社の備品を壊すという

やらかしをしてしまったのだ。


 「"教育係"だろう、しっかりしてもらわないと」


 部長は静かにため息をついた。

部長の言葉は穏やかだったが、その目にあるのは明確な諦めだった。


 「この度は本当に......」


 「あ、先輩、定時なんで帰りますねー」


 件の新卒が、最近急上昇した初任給で買ったのか、

やたらキラキラした高そうな時計をチラつかせながら、

颯爽と退社していく。


……注意すればパワハラ。説教すら危険なこのご時世。


 人事部からは「新卒は残業NG」とお達しもある。

今や、誰が主任で誰が新人なのか分かったものではない。


 この少子化時代の人材獲得競争に競り勝つ為とはいえ、

これでは既存社員の士気に関わる。


......というか、ベースアップもしてくれ、と。


 「最近の若者は──とは言いたくないがね。

 主任なんだからね、その......

 しっかりしてもらわないと困るんだよね?」


 部長も言葉を選んでいた。

本当は怒鳴り散らしたいのだろうが、

その怒鳴りでキャリアを散らした前任者が部内を賑わせたこともあり、

見かけだけホワイト企業の体を保っているのだ。


 とはいえ俺は"一応"主任という役職持ち。

責任もあるのだが、肝心の手当は月1万円。

俺が入社したときは、

新卒社員と総支給額で10万円近く差があったのだが、

近年の"賃上げブーム"とやらで今やその差は3万円。


 それこそ家賃補助なども俺が入った時よりも充実し、

"新卒の方が家賃の高い家に住んでいる"有様だ。


 俺は怒りを超えた虚しさと、日々の仕事に追われ、

夜の10時、退勤する。

春なのに寒い風が吹いた。

お天気キャスターの過ごしやすい日とは一体何の話だったのか。


 「やってられないなぁ」


 会社敷地は広い。

聞こえないように静かに呟いた。



◆  ◆  ◆



 30分ほど電車に揺られ、15分歩いた計45分程度の道なり。

1LDKの家、カバンを放り投げ、シャワー。

濡れたタオルと今日の勤務服をドラム式洗濯機に突っ込んで、

あとは全てお任せだ。


 そしてパソコンの前に座り缶コーヒーを開けながら、

今日の癒しを起動する。


 某惑星の某戦車のゲーム。

最近開発したM1A2エイブラムスで、

不思議な物理エンジンの世界を駆けまわる。


 そんなことをして何が面白い?

と思われた方も居るだろう。


──まあ、一言で表せば「ロマン」なのだ。


 ストレスと楽しさが共存共栄するこのゲーム。

エイブラムスは60トンもの車体を1500馬力のエンジンで動かし、

その速度は50km/hを超え市街地を疾走する。


 主砲の120ミリ砲の装填はわずか5秒で、

100年前の戦車とは隔絶した貫徹力と破壊力がある。

まさに"ロマン"の塊なのだ。

 

 これが現実に実在する兵器なのだから、

恐ろしい話である。

もし自分がこんなバケモノと対面したらどうなってしまうのか。


 皆目見当もつかない。


 とはいえこれはゲームである。

相手も戦車なので良心は痛まない。

ズガンボカン、ウワーヤラレター、程度で乗員は気絶するだけ。

人の死なないゲームなのである──ん?


────ゲーム画面が固まった。


 最近買ったばかりのゲーミングパソコンだぞ?

そこそこ大きい額のボーナスをはたいて買った新鋭PCが、

もう泣き言を言い始めたのか。それとも回線か......?


 俺はalt+tabで画面を切り替え、

ブラウザ上の回線速度計測サイトを開こうとしたが、

何故か画面が切り替わらない。

強制終了もできない。


 電源を落とすか、と屈もうとした瞬間。


──画面が再び動き出した。


 ホッとしたのも束の間。

 ふと見たそのモニターの状況に、背筋が凍った。



 "エイブラムスの砲塔が、こちらを向いている"



 ゲーム画面越しに振り向いた、

そのアメリカ合衆国最強の戦車。

俺はマウスもキーボードも触っていない。


 俺は画面を注視した。

どんな操作をしたらこんなことになるのか、と。


しかし、その直後──


 エイブラムスは"撃ってきた"

画面が白煙に包まれた瞬間、

画面照度を遥かに超える明るさで──



 その光に包まれた途端、

全身の感覚が、一瞬で消えた────────

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