【短編】私立探偵と少年と悪魔

キセキ☆だいなまいと

第1話

 キリストの教えによると、神とは信仰告白をした人の内側に宿るらしい。ではその使いである天使や悪魔とやらはどこに宿るのだろうか。

 俺はこの街の私立探偵。普段はクラスの男子の片思いの相手から、会社から消えた使途不明金の調査など幅広く扱っている。しかし、今回はそんな依頼とは一線を駕すものだった。

 それはなんと人ではなく、悪魔の調査だった。どうやらその悪魔は今日は絵画教室にいるらしく、俺は開催されているショッピングモールに足を運んだ。

 絵画教室はコチラという看板の先をみると、何やらショッピングモールの中でも特に閑散としていて、人の少ないガランとした空間が目に入った。

 手前のスタッフと思しき人間も顔が暗く、どう見ても早く帰りたいと言わんばかりの顔つき。奥には1人、黙々と木炭デッサンに励む後ろ姿があった。

 どう考えても薄ら暗い顔をした手前のスタッフが悪魔だろうと脳が偏見を語るが、魂は奥の少年に注視していた。ズンズンと奥に進み話しかける。


「君、ここら辺で悪魔を見なかったか?特徴はなんでもいい。それっぽいのがいなかったか聞いてるんだ」


 木炭をぴたりと止め、こちらに振り向く。


「悪魔なら、いるよ」


「どこに?」


 再び少年はデッサンに顔を向ける。すると、少年の前に立てかけられた画用紙の中を泳ぐ無数の線の姿があった。それらは無秩序に画用紙の中を拡散したかと思えばまた集まり、大きな蛇のような細長い塊になり蛇行をするなどしていた。


「悪いことは言わない。今すぐにコイツを手放すんだ」


 止めるように話すと、少年は木炭を取りデッサンを続けた。


「これが見えるんだね。残念だけどそうはいかないよ」


「何故だ?」


「こいつを見ればわかるだろ?僕が完成させないと、いつか取り返しがつかないことになって、きっと大変なことになる」


 悪魔だの霊的なものを扱ってきたことは多少あるからわかるが、こいつは発展途上の悪魔だ。つまり成長の余地がある幼い悪魔であり、成体による被害は計り知れない。一刻も早く対処する必要があるだろう。


「お兄さんも協力してやるよ。だから―」


言い終わりそうになったその時


「あ、間違え―」


 少年が呆気にとられ、手を止めた瞬間、さっき少年の木炭から生まれたであろう曲線が太く、濃くなりブルブルと震え出した。その瞬間、ビュンと勢いよく画用紙を、文字通り飛び出した。

 俺は咄嗟に体を逸らし黒い触手のようなものを避けた。触手は後方に吹き飛び地面に突き刺さり、黒い煙を出しながら散っていった。


「おい少年。これは本当に危険だ。手を止めてお兄さんに任せるんだ」


「わかってるよ。この絵は少しでも納得のいかない線の集まりを作ると、怒り出して周りをめちゃくちゃにしちゃうんだ」


 少年は話しながら左手に構えた食パンで線を消しては描いてを繰り返す。


「だから、完成させてみせる。そしてこの店を守るんだよ!」


 よく見ると、この少年は随分汚い。それは木炭に触れる腕だけじゃない。服もボロボロだし黒い汚れと時間の経った血の茶色い汚れも付いている。

 この少年は孤独に戦っていたんだ。この悪魔が見えるのは自分しかいないと。そしてその悪魔を完成させこの世から消せるのも自分しかいないと。


(でも、一体どうすればこの状況を打開できる?一体この悪魔は何に宿っているんだ?)


 少年は木炭で描き続ける。木炭も手元をみるともうそこまで量は多くはなかった。少年の体力のことも考えると、体力が尽きるか木炭が尽き悪魔を放置してしまうのかという時間の問題だろう。

 木炭で描いた線を食パンで消したその時だった。少年の手に握られた、炭を吸い尽くした真っ黒な食パンの汚れが蠢きはじめた。

 それは黒いモヤを出しながら少年の手のひらから移り体を這いだした。


「危ないっ!」


 蠢きが少年の肩に進んだ瞬間、俺は咄嗟にそいつを握り込むように少年の肩を掴んだ。するとそいつは俺の手のひらを掻い潜り、今度は俺の首元めがけて体を這ってきた。

 そのまま首に巻き付かれ、圧迫される。息ができなくなり、必死の思い出両手で黒いモヤを掴む。


「がっ、あ」


「あっ、あああああっ」


 少年はひどく狼狽えた。しかし画用紙や食パンの炭は動きをやめない。


「かっ、描き続け、ろ…!」


(どうする!?このままだと俺たちはもちろん、コイツは画用紙に収まりきらない)


(コイツは気に入った線が刻まれている間は大人しい。コイツは細長い蠢き、蛇だ。コイツは…コイツが宿っているのは―)


 必死に少年は線を描く。もうそれは何か目的を持ったデッサンというより、自暴自棄な、木炭を画用紙に擦る作業であった。

 画用紙をみると、線の集まりははさっきよりもかなり生物的な様相を呈していた。俺の想像通り、胴体が長く鱗を持った爬虫類、蛇だろう。

 首の締めつけも強くなり、意識も朦朧としてきた。ぼやける視界の中、俺は画用紙の中の蛇を見つめていた。

 どうすればこの事態を回避できたのだろうかとぼんやり考えていた時、ある違和感があった。それはこの画用紙の蛇だ。蛇にしてはシルエットに余計な情報が多すぎる。ぬるりとした蛇とは違う、外側に鋭利に張り出す、そして雄々しく靡く体毛が見られた。


「っはあっっ!少、年!目を、目を描くん、だっ」


「目?目だって?」


「ああっ」


 決死の思いで叫ぶ。少年は急いで一筆で外眼角から眼球の輪郭を描き、その中にギョロリと黒目を塗りつぶした。

 その時、画用紙は激しく躍動し、中にいた黒い生き物は激しく身を捩り空を昇っていった。同時に俺や少年の体を蝕んでいた黒いモヤも消えた。

 2人とも地面にへたりこみ、痛めた体を抑えていた。


「どうして、どうして悪魔を退治する方法がわかったんですか?」


 少年がまだ息が整わぬ間に問う。


「恐らく、アイツは絵という概念に宿った悪魔だったんだ。それも随分太古のな。」


「絵、ですか」


「ああ。アイツは蛇のような見た目をしてやがったが、それは思い違いで龍のつもりでいやがったんだ。でもそれが弱点だったな」


「弱点?」


「現代ではもう龍は絶滅してる。それなのに龍の体を成してたってことは、その時代の悪魔なんだろ?でもその時、ある故事成語が生まれていたんだ」


 少年の手をとり、立ち上がらせ、ホコリをぽんとたたき落としながら答える、


「"画竜点睛を欠く"ってやつだな。アイツは自分が宿れる精一杯の絵という概念に宿ってしまったが故に、自分が思い描く最強の存在である龍になってしまったが故に、このルールに囚われちまったんだな。だから、目を描かれて昇天しちまったのさ。」


 悪魔や天使らは、何かに宿らなくては現代では力を発揮できない。そんな彼らがその何かに囚われてしまうのも、宿命なんだろう。人はそれを、命が宿るという。


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