学校、登校する




(結局、聞けずじまいだったなぁ)


昨日の事を考えながら、幽谷りりすは呆然としていた。

何時もの様に学校へと登校した彼女は、泥に汚れた上履きを水道で洗って、片手に持ちながら教室へ登校。

掃除の時点で時間が経過しており、既にホームルームが開始していた。


「こらあ、遅刻だぞ、りりす」


教師は色物を見るかの様な眼で優しく告げた。

周囲の女子生徒たちは、彼女の登場に冷笑や侮蔑の視線を向ける。


「靴下で登校してんじゃん」

「マジで笑える」

「早く視界から消えて欲しいわ」


その様な彼女に対する敵意の言葉を受けながら、幽谷りりすは椅子に座ろうとした。

机の上には何時もの様に落書きが施されており、その中には「ビッチ」「教師に色目を使うな」「死ね」と言った内容が書かれていた。

幽谷りりすは悲しい気持ちになりながらも、椅子に座って消しゴムを取り出して、懸命に机の汚れを落とす。


(……あの人たちは悪くない、私の呪いのせいで、こんなことをしているだけ、だから)


誰も悪くはない。

しかし、やるせない気持ちにはなる。

幽谷りりすは、何事も無かったかの様に振舞うしかないのだ。


(……私がもっと、強くないと、ならなきゃ……)


そう自分を思い詰めていた矢先だった。


「え、なにあれ」

「なんだ?」


烈しいバイクのマフラーの音が響いた。

その音に反応して、女子生徒や教師が窓ガラスから外を見詰めた。


「おぉぉいッ、りりすッ!!」


学院の中心、グラウンドから高らかな声を挙げる男性の声。

その声に、恐ろしくも好奇心からか校舎から女生徒たちの視線が注目された。


「りりすッて」

「なに、あの人」

「不良、って奴かしら」


聞き覚えのある声に、幽谷りりすは椅子から離れてグラウンドへと視線を向けた。

窓ガラスの先には、真っ黒な学ランに、真っ黒のバイクに乗車する男の姿があった。

それは無悪善吉であり、酷く興奮しているのか、学校敷地内のグラウンドにまで乗り込んで来た状況であった。


「野蛮よッ」

「早く、先生なんとかしてッ!!」

「ああ、もうッ怖いわ!」


恐怖を覚える生徒たち。

幽谷りりすは目を丸くしながら無悪善吉を見ていた。

窓ガラスを開けて、大きな声で幽谷りりすは無悪善吉を呼ぶ。


「ぜ、ゼンちゃーんッ!!」


一体、何をしているのか。

幽谷りりすは無悪善吉に聞くかの様に叫んだ。

彼女の声に気付いた無悪善吉は大きく手を振った。


「おおッ!!そこに居たかよ!!見ろやこのバイクッ!!知り合いの店から、一番カッケぇの買ったんだわ!!俺の初給料でよォ!!」


どうやら、無悪善吉が欲しかったのはバイクだったらしい。

黒光りするバイクは、無悪善吉が丹念に磨き上げたのだろう。


「これから!!海ッ!!行こうぜ!!りりす!!俺の後ろ!!乗せてやっからよ!!」


ヘルメットを外す。

無悪善吉の声に、幽谷りりすは目を輝かせた。


「……ゼンちゃん、私も!!海!!行きたい!!」


心を逸らせながら、幽谷りりすは窓際から離れた。


「なに、幽谷の知り合いなの?」

「ちょっと、ヤバイよ、あの制服」

「鬼月高校じゃん……」

「手ェ出してたの……やばくない?」


教室の幽谷りりすをイジメていたグループは恐怖した。

担任の先生は幽谷りりすに声を掛ける。


「りりす、ダメだぞ、あんな不良なんかに頼ったら!!せ、先生に頼りなさい!!」


眼を細めて羨ましそうに彼女の体を見詰める。

あの不良生徒に体を許したと思うだけで憤慨している様子だったが、そんな事、幽谷りりすには関係の無い事だった。


「先生、私……早退しますっ」



教師に一言告げて、鞄を持って靴下のまま走り出す。

幽谷りりすは、一階へ降りて靴を履き直した。

グラウンドへと出たと同時に、無悪善吉がヘルメットを投げて、彼女はそれを受け取った。


「ぜ、ゼンちゃん、ヘルメット、一個しかないの?」


「おう、俺、頑丈だからよ、お前使っとけ」


幽谷りりすは少し悩んだ。

だが、交通違反など気にする事は無かった。


「もし警察の人に捕まったら……脅されましたって、言っても良い?」


「……良い性格になりやがったなテメェ、捕まる気はねぇけどな、乗れよ!」


無悪善吉の後ろに乗り込む幽谷りりす。

彼の背中をがっちりと掴んだ状態で体を密着する。


「おっしゃ、行くぞッ!!海ッ」


ハンドルを振り絞り、バイクが発進する。

幽谷りりすは幸せそうに彼の体を抱き締めていた。


(ふふ……あぁ、ゼンちゃん)


ヘルメットを被ったまま、彼女は彼の背中に頬擦りをする様にして。


「だいすき」


声を発した。

けれど、バイクの速度、風を切る音が、その声が無悪善吉に聞こえる事は無かった。


だが、それで良かったのだろう、漫然とした幸福を感じながら。

幽谷りりすは無悪善吉と共に海を目指した。







第一章・完。






ここまで見て頂きありがとうございます。

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第二章の告知はまた後日させて頂きます、宜しくお願い致します。

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少年バトル漫画的世界観、話が進むと共に次第にドロドロな感情を抱く闇が深いヤンデレダブルヒロイン、呪物アイテム、現代ダンジョンダークファンタジー 三流木青二斎無一門 @itisyou

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