策士、策に溺れる

「お前自分が何を言っているのか分かっているのか!?」


「あ!?」


「可愛いりりすを見殺しにする様な真似をしようとしているじゃないか!!」


「知るかッ!!」


その台詞だけ切り取ればどちらが味方であるのか分からないものだった。


「普通は死にたくねぇもんだろうがッ!!なら、巻き添えにして良いって言わねぇだろ?なら、あいつなりに生き残る術ェ持ってるってワケだろうがッ!!」


全然違う。

無悪善吉は、人の心など決して読まなかった。


「だからよぉ、信じてるぜぇ、りりすッ!!俺を仲間殺しにしないでくれよッ!!」


無悪善吉は掌から泥を集中させた。

何とも、滅茶苦茶な男である、この様な男が何故仲間であるのか、理解に苦しむ幽谷轟鬼であった。

だが。


「……あはっ」


無悪善吉の言葉。

それを受けた張本人は、笑っていた。

この状況で、この土壇場で、自分を信じると言ってくれる人が、竜ヶ峰リゥユ以外に居るとは思わなかった。


少なくとも、無悪善吉は、幽谷りりすの可能性を信用している。

必ず、その巻き添えを食わない様に行動してくれると、信じているのだ。


(あぁ、リゥユちゃん以外に、私を、信じてくれる人がいるんだ)


幽谷りりすは、目の前の障害を目前にした。

恐怖が其処にあった、過去の記憶が其処にあった。

けれど、幽谷りりすは最早恐れなかった。


(滅茶苦茶な人、まだ出会って数日も経ってないのに、こんな私を信用してくれるなんて……ああ、叔父さんは、怖いなあ)


無悪善吉に顔を向けている幽谷轟鬼に向けて走り出す。


(けど……無悪くんの胸に飛び込めたら……この恐怖は、きっと薄れるんだろうね)


彼女はゴールを定める。

幽谷轟鬼を越えた先にある無悪善吉に向けて声を荒げた。


「無悪くんッ!!私の……私の名前を、呼んでッ!!」


その言葉と共に走り出す。

彼女の疾走に気が付いた、幽谷轟鬼は振り向くと共に腕を伸ばす。

彼女の体を簡単に掴み取れる巨大な腕が、幽谷りりすを掴もうとした時。


「もう、貴方達には、私の体は触れさせない、指一本も、髪の毛一本すら、触れさせてあげない」


幽谷りりすは、恐怖を踏破する禍遺物『ニライカナイあちらこちら』を使役する。

肉体が瞬時に霊体と化し、彼女の体はふわりと軽くなる。

幽谷轟鬼の掌を通り越し、真っ直ぐに進み続ける。

道中、意識を失い掛けるが、問題はない。


「……さっさとこっちに来やがれ、りりすッ!!!」


無悪善吉の声が、幽谷りりすの死へ向かい掛けた意識を現実へと引き戻す。

体の幽体化が解けていき、生身の身体が、無悪善吉に向かって突っ込んだ。

その体を、無悪善吉は問題なく受け止めた。



激怒する幽谷轟鬼は〈百足観音〉による複数の腕を展開させ、その腕も同じ様に筋肉繊維で包み込まれる。


「逃げるならまだしも」


仮面の隙間から漏れる怒りの声色。

無悪善吉と言う男に対して無情の怒りを秘めている様子であった。


「立ち向かって来るとは」


自分が愛して止まない幽谷りりすを片手で抱き留めている。

それが何よりも気に入らない様子であった。


「りりすちゃぁんを抱き締めやがって、白馬の王子様になったつもりか?」


渇いた声で、幽谷りりすと言う女がどれ程穢れた存在であるかを叫び出した。


「そいつは、俺達、種馬を宛がうメスなんだよ、幽谷家の血統を築かせる為の道具だッ!!」


そして、彼女の所有権は幽谷一族のもの。

現当主の間違った判断により明け渡されたに過ぎない。

でなければ、幽谷りりすは、その命が尽きるまで幽谷一族の玩具として扱われる筈だったのだ。


「何処の馬の骨かも知らねぇ野次馬が手ェ出してんじゃねぇッ!!」


最早、無悪善吉たちよりも、十倍以上に膨れ上がった幽谷轟鬼に、無悪善吉は笑って答えて見せた。


「お前はコイツの遣い方、何にも知らねぇみたいだな」


無悪善吉は幽谷りりすを強く抱き締めながら、この数日で出会った彼女の事を、自分なりに解釈して、それを語る。


「テメェと出会ってから、コイツは何一つ笑っちゃくれねぇ……咲かねぇ花を見せられて、こっちはストレス溜まってんだ、うちの紅一点を曇らせてんじゃねぇよ」


幽谷りりすの可憐さは出会った時から理解していた。

数々の仲間の中で、共にしていた彼女の笑顔は何よりも美しい。


「テメエの都合しか考えねぇ馬鹿野郎共の家よりも、コイツはこっちの方が断然綺麗な花ァ咲かせてくれるぜ」


それを邪魔しているのが、幽谷一族の者。

彼女の笑顔を邪魔する輩に、無悪善吉は鬱憤を溜まらせていた。


「幽谷りりすを飾る場所は、回顧屋嶺蕩だ、もう一つの、別嬪の花の隣が良く似合う女なんだよッ!!」


幽谷りりすの傍には、竜ヶ峰リゥユが居る。

二人は共にする事で、何よりも綺麗で可憐な花となる。

少なくとも、無悪善吉の目にはそう映っていた。

その台詞を間近で聞いていた幽谷りりすは。


(そ、そんな……わ、私の、呪い、効いて、ないよね、なのに、そんな台詞……好きって、言ってるもの、じゃないの?)


顔を真っ赤にしながら、心臓の音を高鳴らせていた。


「冥土の土産を教えてくれた礼だ、最後の遺言、聞いといてやるよ」


大量の泥を片腕に集結させている無悪善吉。

既に、我慢の限界と言った具合で、開放する準備を整えている。


「まあ、馬の耳に念仏って奴だけどな、唱え方も忘れちまったぜッ!!」


「貴様ァ!!」


叫び、攻撃しようと大きく腕を振り上げた瞬間を無悪善吉は見逃さない。

その場から離れる事無く、巨大な筋肉繊維の腕。


そのまま無悪善吉は片腕を前に伸ばして告げた。


「的、デカくしてありがとな」


その言葉と共に、無悪善吉は泥を放射する。

〈屍餐死饗宴〉の泥の獣たちが、幽谷轟鬼に向けて立ち向かう。



「テメェ、軽いだろッ!!」


その言葉の末に、幽谷轟鬼は看破されたと認識した。


(俺の肉体、体重が軽い事を見抜いたかッ!!)


幽谷轟鬼の弱点。

それは、体重の無さ、である。

彼が所持する〈牛頭馬鬼〉は、物理的攻撃力を斬撃に変換する能力だ。

物理的攻撃は、即ち速度と重さから発生する圧力。

〈牛頭馬鬼〉の呪詛は、使用者の肉体から重量を零にする、と言うものである。

これにより、物理的攻撃力に必要な重量が消え、攻撃力が低下してしまうのだが、幽谷轟鬼はそれを利用し、肉体の重量を零にしていたのだ。


幽谷轟鬼の肉体は、極めて一般男性と同じ体型であるが、使用する毎に筋肉繊維が膨張と増量を繰り返し、通常の体型でありながら、有り得ない程の重量と化していた。

日常で歩行する度に、地面に亀裂が走る程の重さ。

これでは、動く事すらままならない、故に幽谷轟鬼は体重を無かった事に出来る禍遺物を手にする事にしたのだ。


そして、重量が零と言う事は、風ですら吹けば体が吹き飛んでしまう。

故に、幽谷轟鬼は移動する時に触手を使用し、地面に突き刺して移動する際に地面から足が離れない様に徹底していた。


「吹き飛ばす……?成程、それがお前の策か、こいつは、本当の大馬鹿者だァ!!態々、作戦を声に出すとはなァ!!」


幽谷轟鬼は、背中に触手を伸ばす。

そして、甲冑の背中に隠した、小降りの片手斧を取り出すと、それは近くに放り投げた。


「これでお前の攻撃で、俺を弾き飛ばす事など出来ないッ!!!馬鹿が考えた事など、猿の浅知恵に過ぎないんだよォ!!」


高らかに笑う、幽谷轟鬼に対して。

無悪善吉は、目を丸くした。

口を開いて、真剣な表情で呟いた。


「お前……自分から命綱捨てたのか?……馬鹿なのか?」


その意外な顔と共に、幽谷轟鬼の地面に亀裂が走った。

そして幽谷轟鬼の居た場所は、一瞬にして陥没した。


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