幽谷一族、無能なりりす
背中から大量の腕を生やす、幽谷轟鬼。
「その腕、元に戻るんだろ?指環嵌める時間、良くとれるな?」
疑問に思った事を口にする無悪善吉。
すると、案外、幽谷轟鬼は彼の質問に答えてくれる。
「指環は皮膚に直接縫い付けていてねぇ……腕を生やす際に、皮膚が引っ張られる、ちょいと指の生える位置に指環を縫い付けた皮膚を持ってくれば、指環を嵌める事が出来るってわけよ」
指環を皮膚に縫い付ける。
それくらいの変化は許されている証拠だと、無悪善吉は思った。
「簡単に教えてくれるんだな?」
無悪善吉はぶらりと垂らした指先に集中する。
幽谷轟鬼は仮面の奥から声を漏らした。
「冥土の土産と言う奴さ、君は此処で死ぬのだからねぇッ!!」
背中から指環を嵌めた指が伸びる。
それと共に、幽谷轟鬼は大きく腕を振り上げた。
皮膚が盛り上がり、皮膚を突き破って、甲冑の隙間から大量の筋肉繊維が巨人の腕を形成した。
それを振り上げて、無悪善吉を思い切り叩き付けようとする。
無悪善吉は、人差し指と中指を二本、ぴんと立てた状態で相手に向けた。
手首が曲がらない様に、もう片方の腕で抑え込んだ状態で、泥の排出する出力を人差し指と中指の間に制限する。
瞬間、噴出する呪いの泥、相手に向けて放出される泥はウォーターカッターの超水圧切断を再現した。
無悪善吉が川で溺れかけた際に体得した泥の放出量と出力調整。
頭部に被弾した水圧弾によって、幽谷轟鬼は上半身を仰け反らせた。
そのまま腕の重さによって後ろに倒れる幽谷轟鬼に向けて、無悪善吉は走り出す。
「ぐ、ぉ」
相手は背中から生える腕を使って完全に倒れない様にした。
だが、あまり使い勝手が悪いのか、腕は支えるだけで、複雑な動きが出来ない。
(遠距離、使えるな、こりゃッ)
無悪善吉は、更にもう一発、水圧弾を放とうとした。
しかし、相手は巨大な筋肉繊維の腕を元に戻す。
「俺が、ただ物理で戦うだけの馬鹿と思ったか?」
そう呟くと共に、幽谷轟鬼の肉体は元に戻る。
同時、地面を強く蹴り上げた、瞬間、地面を抉り、周辺が罅割れる程の重圧と共に、幽谷轟鬼は跳ねた。
凄まじい速度で、人間パチンコの様に、ゴムで飛ばしたかの如く、超高速で無悪善吉に接近すると、渾身の腕で無悪善吉の腹部に拳骨を叩き込む。
「ぐぼあッ!!」
凄まじい威力。
無悪善吉の体は軽々と吹っ飛び、近くの建物に叩き付けられ、壁を貫通し、更に別の建物へと移動してしまう。
「人間パチンコなんて、初めてだろうッ!!」
その無悪善吉を、幽谷轟鬼は追った。
触手を伸ばし、建物に向けて突き刺すと、触手が伸縮した。
それによって幽谷轟鬼は高速で建物の奥へと入り込む。
床に地面に触手を突き刺しながら、蜘蛛の如く器用に操作して移動し、瞬時に無悪善吉の元へ接近。
百足観音によって作られた複数の触手を床から抜き取ると、拳を作り、無悪善吉の腹部を叩き付ける。
「凄まじい力だろう!?俺の禍憑はただ元に戻るワケじゃない、肉体の維持、大量の筋肉繊維を肉体に封じ込めているに過ぎないッ!!」
即ち、幽谷轟鬼の戦闘力は、指環を使う毎に筋肉繊維が増え続け、それを肉体に取り纏めていき、天井知らずに戦闘力が上昇していく、と言うワケだ。
「さあ、人間ミンチを作ろうか」
地面に転がる無悪善吉に向けて、大量の腕が握り拳を作り……無悪善吉を地面諸共陥没し、破壊していった。
周囲の地面がクレーターになる程、無悪善吉は潰された。
「ふぅ……多少の溜飲は下がったかな、俺と、りりすの蜜月を邪魔するなよ」
陥没した地面から、大量の水が溢れている。
それを見た幽谷轟鬼は周囲を見回した。
「……ああ、この下には水が流れているのか」
元々、この辺り一帯は水源があるのだろう。
迷宮内部の位置変動の影響により、激流の川の上から蓋をする様に集落の建物と地面が覆ったのだ。
「まあ、些細な事か」
周囲から、微かに薫る幽谷りりすの臭いを追い出す幽谷轟鬼。
相手が、幽谷りりすの元へ向かった時、無悪善吉はクレーターの窪みから這い上がった。
「クソが……ボコスカ殴りやがって」
地面を簡単に抉る強烈な一撃を受けた無悪善吉。
しかし、彼の肉体はミンチになる所か、骨折すらしていなかった。
(悔しいが、スゲェ殴りだったな……あれを喰らってなんで俺生きてんだ?まあ良いか、考えても俺の頭じゃ正解なんぞ出せん)
無悪善吉は腕を回しながら、幽谷りりすの元へ向かう幽谷轟鬼を追い出す。
(しっかし……厄介だぜ、あの野郎、肉体の維持、ってのは、呪いが解除される事じゃなくて、肉体に呪いを収納するって感じなのか、だから筋肉繊維を増やせば増やす程に、肉体が強化されていく)
筋肉繊維と言えども質量だ。
膨大な量を人間大に押し込めたら、単純な攻撃力は無論、筋肉の密度によって防御力も完璧であろう。
攻守一体、破れる人間装甲車、いや、それ以上の化物だ。
(……あれ?)
だが、無悪善吉は相手との戦闘を再確認していた時、ふと最初の戦闘を思い出した。
(そういや、肉体がぎっしり身が詰まってるんだろ?なのに、なんで最初の攻撃で吹き飛んだんだ?)
相手の肉体は質量の塊。
筋肉は脂肪よりも三倍は重たいのだ。
そう考えると、幾多にも力を行使した肉体は、相当な体重になっている筈。
(最初の攻撃、消防士が消火する際にホースで水を放出するくらいの威力だった、なのにそれであいつは吹き飛んだ……、二回目、レーザービームみたいに泥を噴出した時、あれも体を仰け反らせた……重たいのなら、普通は俺の攻撃なんざ、靡かないんじゃないのか?)
ならば、と無悪善吉は深く思考を巡らせる。
(体重の変化はない?だったら、なんであんなに早く動ける?……逆に、体重が無いんじゃ……第三の禍遺物による効果?確か、幽谷は三つ持ってるって言ってたな……なら、その禍遺物を使用する理由は……体重を消す事?なんで……重過ぎて、動けない?……なら)
無悪善吉は、自分が殴られた場所を見た。
そして何気なく地面に近付くと、拳を思い切り地面に振るう。
ザッ、と簡単に地面に拳が突き刺さった。
クッキーで出来た地層の様な感覚だった。
(脆い……、はッ、成程なぁッ)
其処で無悪善吉は、相手に対する攻略法を考え付いた。
幼少期の頃を、幽谷りりすは脳裏に過らせた。
幽谷一族は呪いの家系、余りにも他者から恨まれた末、末代まで祟られると言う事態へ陥った。
その悲劇に対して幽谷一族は狂喜乱舞した。
呪いを力に変える術を身に着けた彼らにとって、他者から呪われる事は値千金を一身に押し付けられた様なものだからだ。
そうして、幽谷一族は裏社会にて三大呪詛の家系へと立ち並んだ。
絶えず、その力、一族としての血筋を強固とするべく、より強い血を後世へ残す為に、幽谷一族は近親相姦を行い続けた。
血縁者同士の配合は、次代へ続くと共に極端に異形へ至る者、あるいはその逆、絶世の美男美女になる者も居た。
それでも、彼らにとって容姿は二の次、呪いの濃さこそ、幽谷一族に必要なものであった。
そうして、幽谷一族は、なるべく女性である方が良かった。
単純な話、多くの生産をする事が出来るのは、女性で無ければならない。
だからと言って、ヒエラルキーを女性優位にする事は無かった。
幽谷一族に尽くさせる為に、虐げ、差別し、古来から続く男尊女卑の法則を築き上げた。
幼少期の頃より、異性としての付き合いを強要し、初潮を迎えた者から子を成す様に徹底して交わった。
だが、幽谷りりすは、その呪いの体質故か、子を作る事が出来ず、幽谷一族の中でも使えない、無能の落胤を押される。
『ごめんなさい、ごめんなさい……』
使えない子供は早々と殺処分される。
だが、幽谷りりすは、他の異性に対して本能的な魅了を行い、男性陣は無意識に彼女を庇い、殺すまでには留まらなかった。
そして、幽谷りりすが使い物にならず、屋敷で雑務や家事をしていた最中。
『幽谷家の血筋が欲しいの、一人、買わせてくれないかしら?』
回顧屋"嶺蕩"、店主である呉白蘭の登場により、彼女の世界は変わった。
ナラカに属して十年と言う日の浅い呉白蘭、彼女と関係を持つ事は特益に成り得ず、なによりも、女性が経営している、と言う事が気に喰わず、当主は厄介払いを込めて幽谷りりすを提示した。
身売りの値段は、脅威の六十億。
使い物にならない彼女を使い、少しでも高く売り飛ばせば良い。
それでもゴネるのならば、この話は無かったことにする。
それが、当主の考えだったが。
『安い買い物ね』
呉白蘭は、後日、幽谷りりすを一括で現金払いして彼女の身柄を引き取った。
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