第53話 春風の告白と、動き出す未来
梅の花咲く公園での初めてのデートから数日が過ぎた。
あの日の、繋いだ手の温もりや、陽菜さんの手作り弁当の優しい味、そして何よりも、隣で笑う彼女の輝くような笑顔が、まだ鮮明に俺の記憶に残っている。スマホのフォルダには、あの日撮った陽菜さんの写真がたくさん保存されていて、時々それを見返しては、一人で顔を赤らめていた。
陽菜さんとのLINEのやり取りは、あの日を境に、さらに頻繁で、そして甘酸っぱいものになっていた。
『おはよう、相川くん! 今日もいい天気だね!』
『うん、おはよう、陽菜さん。本当だ、絶好の写真日和だね。』
そんな、なんてことない挨拶から始まるメッセージも、今の俺にとっては特別な意味を持つ。時々、夜寝る前に短い電話をすることもあった。電話越しに聞こえる陽菜さんの声は、すぐ隣にいる時とはまた違う魅力があって、そのたびに俺の心臓はドキドキと音を立てた。
春休みも半ばを過ぎた頃。
俺たちは、三学期のクラス替えの前に、少しだけ勉強しておこうということになり、駅前の図書館で待ち合わせをした。もちろん、勉強が主目的だけど、陽菜さんに会えるというだけで、俺の足取りは軽かった。
静かな図書館の一角で、参考書を広げる。でも、なかなか集中できない。隣にいる陽菜さんの、シャーペンを走らせる音や、時折小さくため息をつく仕草が、気になって仕方ないのだ。
「……あのさ、陽菜さん。」
休憩しよう、とどちらからともなく言い出し、飲み物を買いに図書館の外に出た時、俺は思い切って切り出した。
「俺たち……その、付き合ってる……ってことで、いいのかな?」
言ってしまってから、急に心臓がバクバクと鳴り出す。陽菜さんは、俺の言葉に一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに頬を染めて、こくりと頷いた。
「うん……。私も、相川くんと……ううん、翔太くんと、そういう関係になれたら嬉しいなって、ずっと思ってたから。」
「しょ、翔太くん!?」
陽菜さんの口から、自分の名前が「くん」付けで呼ばれたことに、俺は衝撃で固まってしまった。陽菜さんは、自分の発言に気づいて、さらに顔を真っ赤にしている。
「あ、ご、ごめん! なんか、つい……。だ、だめだったかな……?」
「いや、全然! むしろ……すごく、嬉しい。じゃあ、俺も……陽菜、って呼んでも、いいかな?」
恐る恐る尋ねると、陽菜さんは、今にも泣き出しそうな、でも最高に嬉しそうな顔で、「うん……!」と、力強く頷いてくれた。
「翔太くん。」
「……陽菜。」
お互いの名前を呼び合う。たったそれだけのことなのに、世界がキラキラと輝き始めたみたいだった。俺たちは、正式に、恋人同士になったんだ。
その日の帰り道。
「ねえ、翔太くん。健太くんと美咲には、もう話してもいいかな? きっと、応援してくれると思うんだ。」
「うん、俺もそう思う。あいつらには、ちゃんと伝えたいな。」
翌日、俺は健太に、陽菜は美咲に、それぞれ俺たちが付き合い始めたことを報告した。
「はーっ! やっとかよ、翔太! 長かったなー、ここまで! いやー、めでたい! 本当におめでとう!」
健太は、俺の肩をバンバン叩きながら、自分のことのように喜んでくれた。
一方、陽菜さんから話を聞いた美咲さんは、いつものクールな表情を少しだけ崩して、「……そう。よかったじゃない、陽菜。あんた、本当に嬉しそうね。翔太くんのこと、よろしく頼むわ」と、少しだけ涙ぐみながら言ってくれたらしい。
親友たちからの祝福は、俺たちにとって何よりの力になった。
もう、隠す必要なんてない。俺と陽菜は、恋人同士なんだ。
春休みも、残りわずか。
でも、俺たちの新しい物語は、まだ始まったばかりだ。
隣を歩く陽菜の手を、今度はしっかりと握りしめる。陽菜も、優しく握り返してくれた。その温もりが、愛おしくてたまらない。
「新学期が始まったら、翔太くんの隣で、またたくさん笑いたいな。」
「うん。俺も、陽菜の笑顔を、一番近くで見ていたい。」
春の柔らかな日差しの中で、俺たちは同じ未来を見つめていた。
ファインダー越しに見つけた君の笑顔は、いつしか俺の日常になり、そして今、かけがえのない未来へと繋がっている。
この幸せが、ずっと続きますように。
そう、心の中で強く願いながら、俺は陽菜の手を、もう一度優しく握りしめた。
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