隣の席の君は、ファインダー越しの笑顔
風葉
第1話 春風とシャッターチャンス
「……はぁ」
新学期が始まって一週間。
俺、
理由は単純明快。クラス替えだ。
別に、前のクラスに不満があったわけじゃない。
むしろ、気心の知れた友達もいて、それなりに楽しかった。
でも、環境の変化ってやつは、どうにも落ち着かない。
特に、俺みたいな少し内気なタイプにとっては。
新しい教室。
新しいクラスメイト。
そして……新しい隣の席の住人。
ちらり、と視線を横に向ける。
そこに座っているのは、
太陽みたいに明るい笑顔が印象的な、クラスの人気者だ。
前のクラスでも、いつも輪の中心にいたのを遠巻きに見ていた。
まさか、そんな彼女と隣の席になるなんて、神様のいたずらとしか思えない。
(……気まずい)
話しかける勇気なんて、当然ない。
彼女は友達と楽しそうに話しているし、俺みたいな地味なやつが話しかけたところで、迷惑なだけだろう。
俺はそっと視線を戻し、窓の外に広がる青空を眺めた。
俺の唯一の趣味は、写真。
物心ついた頃から家にあった古い一眼レフカメラをいじるのが好きで、高校に入ってからは写真部に所属している。
派手な活動じゃないけど、ファインダー越しに世界を切り取る瞬間は、何物にも代えがたい特別な時間だ。
「……そうだ、今日の放課後、桜でも撮りに行こうかな。」
校庭の隅に植えられた桜が、ちょうど見頃を迎えている。
春の淡い光の中で咲き誇る姿は、きっと綺麗だろう。
そんなことを考えていると、少しだけ気分が上向いた。
その時だった。
「ねえ、相川くん。」
突然、隣から声をかけられて、俺は心臓が跳ね上がるかと思うほど驚いた。
「は、はいっ!?」
慌てて振り向くと、陽菜さんがキラキラした瞳で俺を見ていた。
「あのね、さっき落としたよ。」
そう言って彼女が差し出したのは、一枚の写真。
俺が昨日、部活帰りに撮った夕焼けの写真だ。
慌ててカバンにしまったはずなのに、どうやらいつの間にか落としてしまっていたらしい。
「あ、ありがとう……!」
慌てて受け取ろうとした指先が、ほんの少しだけ、彼女の指に触れた。
(うわっ……!)
ドキッとして、すぐに手を引っ込める。
顔が熱くなるのが分かった。
「……綺麗な写真だね。これ、相川くんが撮ったの?」
陽菜さんは、そんな俺の様子には気づいていないのか、写真を覗き込みながら屈託なく笑いかける。
「う、うん……まあ、趣味で……。」
「へえー!すごい!なんか、プロみたい!」
「い、いや、そんなこと……。」
彼女の真っ直ぐな褒め言葉に、ますますどう返していいか分からなくなる。
いつもなら、こんな風に女子と話すことなんて滅たたにないのに。
「私、写真とか全然詳しくないんだけど、見ててなんだか心が温かくなる感じがする。」
「そ、そう……?」
「うん!この夕焼けの色とか、すごく優しい感じがして好きだな。」
陽菜さんは、本当に嬉しそうに写真を見つめている。
その横顔が、夕焼けの光に照らされているみたいに、なんだかとても綺麗に見えた。
(……あれ?)
俺はふと、写真の隅に、小さく人影が写り込んでいることに気づいた。
校門の近くで、友達と笑い合っている女の子の後ろ姿。
それは……。
(白石さん……?)
偶然だった。
昨日、夕焼けの美しさに夢中でシャッターを切った時、たまたま彼女がそこにいただけだ。
でも、なんだか不思議な気持ちになった。
「……この写真、もしよかったら、白石さんにあげようか?」
自分でも驚くほど、自然に言葉が出ていた。
「え?いいの!?」
陽菜さんは、ぱあっと顔を輝かせた。
「うん。そんなに気に入ってくれたなら。」
「やったー!ありがとう、相川くん!大事にするね!」
満面の笑みで写真を受け取る陽菜さん。
その笑顔は、ファインダー越しに見たどんな景色よりも、ずっと眩しく見えた。
これが、俺と白石陽菜さんの、最初の会話。
まだぎこちなくて、心臓がバクバクうるさかったけれど。
この瞬間、俺のありふれた日常が、少しだけ色づき始めたような気がしたんだ。
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