相良義陽 正義の鬼狩 

シエル

第1話 誕生、異端児

「い、急げ……殿のご嫡男、相良家の……跡取りが生まれる瞬間であるぞぉぉ。うう……この人生でこれほど嬉しいときはあるまい……。ぐすっ、ゲホッゲホッ。」


「これ、もうずいぶんな夜中じゃ。泣くにしても声を抑えんか。」


「ああっ?なんじゃあ良任。そなたは嬉しくはないのか、ああん?うぅ……ぐす。」


「なぁにもう家中すべてが歓喜の渦じゃ。嬉しくないわけなかろう。ただな……。」


「それなら泣かせろぉ!なぁんで最近の者は泣くのを恥ずかしく思うのじゃっ!いやお主もう相当な年であろう。感情を表にすべきじゃぞっ!」


「たくっ……。」


泣きっ面で木上村上田館の廊下を駆け抜けるのは赤池長任。

相良家に長く仕えもう10年以上となる猛将。

あまりにも長任が泣きわめくのでともに廊下を走っていた後醍院良任が窘めていた。

あきれ果てた良任が逃げるように相良晴広の部屋へ向かった。

後を大声をあげながら長任が追う。

まるで鬨を上げながら迫ってくる敵軍のようであったので青ざめた良任も必死だ。

その騒音のような声を上げる家臣にいら立った晴広が廊下に顔を出した。

晴広は男の働き盛りといってもいいところで長々とした顎鬚をたくましく蓄えている。


「うるさいわっ!!その方ら、何があったのじゃ。」


「と、殿。ご嫡男が誕生したのを感激し今かようにお祝い申し上げに参った次第でございます。殿、ようございましたなぁ……。そしてわ……。」


「殿おぉぉぅ……!おめでとうございまする!」


割り込んだ長任にキレた良任。

自分は部屋に入り長任が入る前に襖を閉めた。


「殿、今後の………?!」


それ以降の言葉は続かなかった。

そこの部屋にいたのは晴広とその妻、お由。

そしてまさかの二人の赤子であった。

双子の誕生である。


「と、殿。まさか……。」


「良任控えよ。」


二人の脳裏によぎるものがある。

戦国時代では当たり前の家督争いであった。

祝いの雰囲気から一気に気まずい沈黙が二人を支配した。


「よいか、このこと、しばらくは内密にせい。もしこのことが家臣のみならず近隣周辺国に漏れでもしたら良からぬ画策をしてくるじゃろう。」


「はい。しかし……。」


「殿……。」


弱弱しくお由が口を開いた。

彼女は責任感が強い。

強すぎるがゆえに一度ことを仕損じるといつまでも悔いるという短所も持ち合わせているためこの事態は彼女にとって責任をおおいに感じてしまっていた。


「申し訳ございませぬ殿。男子が生まれたのはいいもののまさか二人とは。ど、どうかお許しくださいませっ……!」


「お由。男児が生まれただけ十分じゃ。我らは別室へ行く。しっかり休息するように。」


「しかし……。」


「……。」


顔を深刻そうに固めた晴広は良任を連れて部屋から出た。

慌ててお由に平伏して簡単に挨拶を述べた良任は晴広を追う。

しかしさっき入ってきた扉の向こうには号泣済みの長任がいる。

そこで別の個室に行った。

密談部屋である。


「殿………。」


「もう生まれたということ自体は家中に知れ渡っておるのだな?」


「はい、恐らくは。兵卒までも聞き及んでいると思われます。」


「うむ………。ふふ、凶兆かな?」


「何を仰せられます。二人で一人うまくいきますよ。」


「そうにはならないのがこの世界の仕組みよ。都合よく分け与えることはできまい。考えてみろ、この乱世の日の本と同じだ。総勢何人いようと一つの天下の座はたった一つしかあるまいて。またその座に落ち着いたとしてもまた引きずりおろし、そしてまた新たな者が来る。この繰り返しになってしまうのかなぁ、相良家は。」


「………。」


深いため息をつき思わず頭を抱える。


「良任。このことは口外いたすな。わしは双子のうち1人をさっさと嫡子に仕立て上げもう1人を無視し、幽閉するつもりじゃ。」


「しかし殿……。それだとあまりに。」


「むごい、と申すか。致し方あるまい。反乱が起こるよりマシじゃ。ここで決めねば最悪殺さねばなるまい。」


「はい。」


上手くいく事例もあるがこの戦国の世で双子誕生というのは最悪である。

兄弟ならまだ連携は取れるものの誇り高き武士たちは生まれが同じ日なら家督を常に狙うのが当たり前のこと。

しかも他の勢力がその家を撹乱しようと介入する恐れも大いにあるので晴広が頭を悩ませるのも無理はない。

しかしこの相良家の場合、判断はかなり遅かったと言っていい。

晴広はすぐに決めると言っていたが、呑気にどれにしようかな~で決められるはずがない。

当然、双方の器量を見極める段階に入っていく。

そして二人のうちどちらかは悲惨な運命をたどることになる。






















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