アルバトロスの剣
白田ハク
第一話
アルバトロス家。
それは、ヴァ―ルミナ王国建国初期から王国を魔物の脅威から守ってきた歴史のある名家として名を連ねる貴族である。
『貴様の命もここまでのようだな』
全長三メートルくらいの黒い毛並みの狼が瀕死の男の前に立つ。
『貴様のせいで人類虐殺計画が大幅に修正せざる負えないくらいの戦果を挙げた。こちらも相応の手を打って、やっと貴様を孤立させることができた。貴様のためにこの私、黒狼シュバルツが出向いたのだ。誇るがいい、戦士ヴィード』
「そいつは…ありがたい…ことだな」
口から血を吹き出しながらも、笑いながら賛辞を受け取るヴィード。
彼の体は切り傷だらけで、全身血まみれのボロボロだ。
もう間もなく――命の灯が消える。
『お前ほどの戦士がなんであんな人間のために戦う。正直言って中央の連中の腑抜けっぷりを見たら、お前がこちら側に来てもよかっただろう。なんでそこまでしてうちの勧誘を断った』
「中央の連中なんて…はなから眼中にねぇ。俺は…家族を…家を…守りたかっただけ…だ」
『ならば、こちら側に付けばお前たちの家族の安全は保障するぞ』
「誇り…まで…捨てちゃ…いねぇ…」
ヴィードの頭の中に記憶が一気になだれ込む。
ここ数年は家族として崩壊していたが、幼少期の幸せな記憶が蘇ってきた。
父と母、妹と仲良く湖畔にピクニックしに行った記憶だ。
『そうか…戦士ヴィード・アルバトロス。貴様を一人の人間として、戦士として私は誇りに思う』
そう言い残して、ヴィードの前を去っていった。
「俺は…死ぬのか…」
だんだん体の感覚がなくなっていく。
何も感じなく、何も考えられなくなっていく。
そんな彼はただ一つ、やり残したことがある。
「妹に…謝れな…かった…な」
この戦いの前に妹に言い過ぎたことを後悔していた。
自分はこの戦いで死ぬことは何となく分かっていた。
だから、妹には強く生きてほしくてつい言い過ぎてしまった。
もう声も出ない、意識がだんだん薄れていく。
一抹の後悔を残して、ヴィード・アルバトロスは息を引き取った、
――はずだった。
「ウィーナ、早く支度しな!セリアちゃんが外で待ってるよ!」
「わーってるよ、ババア!」
目が覚めたら、彼はこの家にいた。
そして、彼が死んでから五年の月日が経っていることを知った。
「いってくる!」
「ちょっとあんた!もっと身だしなみに気をつけろとあれほど言ってるでしょ!」
「おばさんの言う通りだよ、ウィーナちゃん」
そう言いながらこの手入れの大変な髪や乱れた制服を瞬時に整えてくれた彼女の名はセリア。
この五年で一番仲良くなった友達だ。
「こんなにもサラサラで綺麗な白髪をこんな雑にするなんてほんと信じられないよ!」
「別に髪なんて適当でいいだろ」
「良くないよ!特にウィーナちゃんの髪を雑に扱うなんて神様への冒涜だよ!」
ここまででお察しの通り、ヴィード・アルバトロスは死んで転生を果たしたが、前世とは性別が異なっていた。
腰まで伸びる手入れの行き届いたサラサラの白髪にエメラルドのように透き通る緑眼、雪のように白い肌を持って生まれたこの完璧な美少女と呼ぶにふさわしい彼女はじっとしていれば、どこか儚さを感じる。
「制服とか堅苦しいの嫌いだな」
ただ男のような粗野な言葉遣いや自由奔放な行動が彼女の儚さを台無しにしている。
「似合ってるよ、ウィーナちゃん」
「セリアのほうが似合ってるよ」
肩まで伸ばした綺麗な茶髪に知的さを感じられる同系色の瞳、ウィーナまでとはいかずとも健康的な肌色の肌の美少女だ。
そんな美少女二人が校門を通るだけで、周りの学生たちは目を奪われる。
「あれが噂の美少女だ」
「綺麗だな」
「可愛いわ」
どこからか噂を聞きつけて来た者たちが一目見ようと校門付近に集まっていた。
好奇の視線もあれば、妬みや嫉妬の視線もある。
「ウィーナちゃん、こういうのに慣れて来たね」
「流石にずっとこんな風に見られるともう慣れるだろ。美少女というのは大変だな。セリアは昔からこうだったんだろ?」
「そうだね、昔は苦労したけど今はもう普通だね」
彼女たちは周りに視線に晒されながらも、何事もなかったかのように校舎の中に入っていく。
「最初は何の授業だっけ?」
「人類学だよ」
今彼女たちが通っているのは、人類で唯一機能している学園だ。
学園は平民貴族関係なく、才ある者のみ通う事を許されている。
皆、何かしらの才能を持ち、その才能を咲かせるためにこの学園で励んでいる。
「一番後ろ空いてるし、あそこにするか」
「いいね」
学園は大学のような場所だ。
取りたい授業を取り、単位をとって卒業までに規定単位を取得する。
席も自由席だから美少女である彼女らは、毎回一番後ろの席に座ることにしている。理由は簡単――前にいると後ろの人達の視線が鬱陶しいからだ。
「それでは授業を始めます。それでは復習として、ウィーナさん。今の人類の状況について教えてください」
「はい」
教授に当てられたウィーナは人類の今の状況について語り始める。
「今から十年前の魔族の大侵攻によって、人類の生存権が脅かされていたところを王家の当時アルバトロス家ご息女であらせられた女王様が魔族たちをすべて退け、空間断絶結界をこの国全域に施したことで、人類はギリギリのところで耐え忍んでいます」
「はい、ありがとうございました。ウィーナさん」
人類は崖っぷちだったところをヴィードの妹だったアルバトロス家によって、助けられた。
王都は瓦礫の山、王家は壊滅したことで、アルバトロス家が王家として新たに選ばれて、アルバトロス王国が誕生したのだ。
家族を守るどころか、人類の救世主となった妹が逞しく生きているのを知って、元兄としては嬉しく思ったウィーナ。
「皆さん、ご存じのようにアルバトロス王国では貴族や平民は関係ありません。才のある者はたとえ平民であろうとも、貴族になることができ、貴族に相応しくないと判断されたら簡単に剥奪されます。皆さん、自分の言動には責任を持ちましょうね」
今王国は、魔族の大侵攻によって人手不足だ。
だから、女王はこのような常識を覆すような大胆な施策に出たのだろう。
権力というものは、長く続けば続くほど腐敗していくものだ。
そのため、王家も例外なく資格なしと判断されたら王家の資格を失うこととなっている。
「次は実技だね」
「なら外か。座学ばっかりで飽きてたからちょうどいいな」
王家は魔族の脅威が一旦去ってから、即座に施策を国民に提示した。
それは、身分制度の大幅変更と教育機関の設立だ。
身分制度の変更は先に挙げたもので、教育機関はこの学園のことだ。
人類の存続は若い世代に託されている。
その若い世代の成長こそがこの先人類が生き延びるかどうかの鍵となっている。
この空間断絶結界だって、いつかは終わりが来る。
その時に備えて国は、あらゆる対策を行っているのだ。
学園の設備にも相当なお金がかかっている。
「あれ、今日なんかあったっけ?」
「ウィーナちゃん忘れてる。今日はダンジョン実習だよ!」
この学園の敷地内にはダンジョンがある。
ダンジョンとは魔物が際限なく湧き続ける空間のことで、主に洞窟内に発生しやすい。
これから実習で行うダンジョンは学生用の初心者ダンジョンで、弱い魔物しか出ないものだ。
「なんだ、つまらないな」
歴戦の戦士であったウィーナにとって、ダンジョンに出てくる程度の魔物に興味はなかった。
弱すぎて相手にもならないため、まだ普段の剣術や魔法の授業のほうが楽しいのだ。
「確かにウィーナちゃんにはとっては退屈なものかもね」
「ダンジョン実習って学年全員でやるもんだろ?てことは絶対パーティー組まされるじゃん…」
「ウィーナちゃん強すぎて、みんなに合わせないとなんだよね?私が早くウィーナちゃんくらい強くなって退屈させないようにするから!」
両手を胸の前で握りながら決意を固めるセリアを見て嬉しくなったウィーナは、フフッと笑いをこぼす。
そして、ダンジョン前付近まで来ると、同じ学年の生徒全員が一斉にこちらを向いた。
ウィーナの美貌もそうなのだが、彼女はさらに腕もたつ。
前回のダンジョン演習で同じパーティーの男達は、ウィーナにいいところを見せようと躍起になっていたが、彼女に圧倒的な実力差を見せつけられ、彼女が学年最強だと知れ渡ったのだ。
「この実習はつまらないが、この実習のおかげで助けられたこともあるんだよな。主に告白の回数で」
「確かに、前まではウィーナに告白する男の子が絶えなかったのに一気に減ったよね。何かしたの?」
「当たり前だろ。告白の断り文句に、私より弱い人は好きじゃないって言ってやった。そしたら、効果覿面だ。そっから明らかに告白してくる男の数が減った」
「それは効くね…」
なお、そのせいで逆に自分と戦って勝ったら付き合ってくれ的な告白が増えたのだが、彼女にとってはそれは最早ストレス発散となっているため、告白に換算されていない。
暇そうにウィーナは周りを見渡していると、見覚えのある黒髪の男の子がいた。
「あっ、ハイトくんだ。今回の実習で同じグループなんだよね」
「そうなのか、私は今回全員女子だ。学園側の配慮だろうな」
ダンジョン実習は四人一組で連携の練度を見られる。
もちろん、魔物の討伐数も評価にあるが、それよりも個々の役割を理解し、それをこなせているかが大事だ。
ダンジョン実習のグループは実施日の一週間前に学園から告知される。
生徒側でグループを決められないのは、いろんな人と組んで学んでもらうという学園側の意図もある。
「じゃあまたな、頑張れよ」
「うん、ウィーナちゃんも」
二人は分かれて、それぞれのグループの元へと向かう。
ウィーナはその際、ハイトの方をチラッと見るとハイトも気が付いたのかこちらを見る。
その目は緊張しながらも、自身に満ち溢れているのが分かる。
「大丈夫そうだな」
ウィーナとハイトは師弟関係にある。
出会いはもちろん、ウィーナの告白地獄真っ最中だった頃だ。
その日最後の告白を振って、帰ろうとしたところに挙動不審なハイトがやってきた。
「あの...俺を弟子にしてください!」
気弱そうな言動をしながらも、彼の黒い瞳は真っ直ぐウィーナを見据えていた。
その当時、ウィーナの実力が規格外だという事は知られていなかった。
まぁ強いくらいの認識だった。
「どうして私に?」
「あなたは恐らく、この学園で一番強い...ですよね?」
正解である。
学園は三年制であり、彼女は一通りこの学園生の実力を見たが、彼女に及ぶ者はいなかった。
告白を振る口実を作る前までは、わざわざ実力をひけらかす意味もなかったため、適当に授業を受けていたが、それをハイトは見抜いていた。
「なんで分かった?」
ウィーナは少し好奇心が湧いた。
退屈な学園生活をもしかしたら面白くしてくれる存在なんじゃないかと密かに彼女は期待していた。
「なんと...なく?」
戦いにおいて、勘は大事だ。
その勘がいいやつは、大抵の戦場で生き残っていた。
勘のいい戦士はいい戦士になると思い、彼女は彼を育てることを決めた。
「よし、お前を私が育てよう。だが、一つ聞いておきたい」
「なんでしょうか?」
「なんで強くなりたいんだ?」
強くなりたいというからには、何かしらの動機があるはずだ。
聞いておくと大体の人柄が分かるから、聞いてみた。
彼は、胸の前でこぶしを握り締めて語りだした。
「僕には幼馴染がいるんです。その幼馴染はどんどん強くなって、僕は置いていかれてしまった。二人で強くなるって約束したのに、僕はこの学園で埋まってしまっている。それに彼女は何かに囚われているような気がするんです。もしかしたら危ないことをしようとしているような気がして、そんなとき彼女を止められるくらい強くなりたい!」
ハイトの背後を夕日が照らし、長く伸びた影が揺れていた。
その瞳には、まっすぐで揺るがない光が宿っている。
「彼女の名は?」
「ミシェラ」
ミシェラ・フォーチュン。
学年で上位に位置するほどの才女で、魔法士としての才能が群を抜いている。
「そうか、じゃあ彼女に追いつけるように今日からやるか?」
「はい!」
ハイトは夕日に照らされたウィーナの姿に自分の決断は間違っていなかったと思う。彼女になら受け入れてもらえると、自分の勘が言っていたので、手遅れになる前に即座に実行したのだ。
ちょうどその数日後、ウィーナがダンジョン実習で実力をひけらかしたことで、告白地獄がなくなり、彼女は平穏な生活を取り戻していた。
この時に頼み込んでいると、せっかくの平穏が壊されるとウィーナは断っていたので、本当にハイトの勘は正しい。
そうして、秘密の師弟関係が始まって三ヶ月後、ついに自分の実力を示せるダンジョン実習がやってきたのだ。
それも、ハイトはミシェラと同じチームだ。
「よろしく」
「ええ、よろしく」
久方ぶりに再開したミシェラはさらに容姿に磨きがかかっていて、ハイトは一瞬見惚れてっしまった。
黄金に輝く髪に深紅の瞳をもつ美少女となっていて、ハイトが見惚れるのも無理はないだろう。
「頑張ろう」
「ええ、足を引っ張らないでよね」
昔は誰にでも優しかったミシェラだが、あのときを境に変わってしまった。
――十年前の魔族の大侵攻だ。
そこで、ハイトやミシェラの故郷の村も焼き尽くされてしまい、二人の両親は亡くなってしまった。
そこから、ミシェラはハイトを突き放すような態度をとるようになっていた。
「ごめんごめん、遅れちゃったかな?」
そこにちょうどウィーナと別れて来たセリアがやってきた。
ハイトはウィーナがこっちを見ていることに気づき、自分の決意を示す。
「人数の関係で私たちは三人みたいだけど、頑張ろうね!」
セリアが緊張感あるこのパーティーの潤滑油となってくれそうで、ハイトは少しだけ頼もしく感じる。
本来、ダンジョン実習は四人パーティーで挑むものだが、人数の関係でこのパーティーは三人だ。
そのため、他の四人パーティーよりは少し強い人が選ばれている。
魔法戦が強いミシェラ、支援系が強いセリア、そこにちょうどいい強さの剣士であるハイトという構成だ。
「事前の話し合い通り、あなたは前衛で敵をかく乱して私が魔法で魔物を処理。セリアさんは私や前衛のサポートで問題ない?」
「問題ないよ」
「僕も異論はない」
さらに細かい注意事項を確認している間に時間となった。
「それでは、ダンジョン実習を開始する。目標は、一階の階層守護者の討伐だ。安全装置の確認をしたものから入口の転移陣に行け!」
ダンジョン実習では、魔物と戦うため死の危険もある。
だが、貴重な戦士を死なせることも国としては容認できないため、危険だと思ったら安全装置を起動させて、ダンジョン入り口前まで転移することができる。
「じゃあ私たちもいこっか」
「うん、僕が先頭で行くね」
ハイト一行はダンジョン入り口前に設置されてある転移陣に乗る。
この転移陣に乗ることで、一層のどこかにランダムで飛ばされるのだ。
「ほどほどに頑張りましょう」
こうして、史上最悪ともいえるダンジョン実習が幕を開けた。
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