【本編完結】Vtuber星霧メルナは普通のTS大学生

しまえび

Vtuber星霧メルナ

第1話:Vtuber星霧メルナ

 画面がフェードインし、ゆっくりと星々の光が広がっていく。

 その中心に現れたのは、淡く光るシルエット──長い銀髪、宵闇をまとう幻想的な衣装、そしてゆったりとした笑みを浮かべるVtuber星霧ほしきりメルナ。


「星が瞬くそのすきまから、こんばんは。星霧メルナです。今日も静かな夜を一緒に過ごしましょうね」


《きたーー!》

《メルナこんばんは!》

《この一言で救われた……》

《この導入ほんと好き》

《夜になった感じがする》

《神回の予感(毎回)》

《この時間が、いちばん好き》


「ふふっ。みなさん、今日もおつかれさまでした。

ここでは深呼吸してもいいし、ちょっと眠くなってきてもいいんですよ」


《すでに眠いw》

《癒しボイスありがとう》

《いやだ!まだ寝たくない!》

《この声聞いてると心が落ち着く》

《ここが私の夜の居場所です》


「……ね、夜って、ちょっと不思議ですよね。なんでもない言葉が、心にすうっと染みこんでくるような。たぶんそれって、誰かが頑張ってる証なんだと思うんです」


《グッときた》

《メルナって詩人なの?》

《やさしい世界》

《ほんとに1日終わる感じする……》

《癒されるってこういうこと》


「今日はちょっとだけ“疲れたときの過ごし方”ってテーマで、おしゃべりしようかなと思ってて」


《ナイステーマ!》

《最近まじで疲れてた》

《もう癒される準備できてる》

《それ聞きたい!》

《メルナの夜語り好き》


「私はね、部屋の灯りをすこし暗くして、好きな香りのアロマを焚いて──それから何もしません。ぼんやりと時間を眺めてるだけ。でも、それがすごくいいんですよ」


《最高》

《それ真似するわ》

《時間を眺めるって表現、すき……》

《なんもしない時間って贅沢よな》

《語り口ほんと癖になる》


「皆さんも、“これがわたしの癒し!”ってものがあれば、ぜひ教えてください」


《ココア飲んでます》

《飼い猫の腹》

《寝る前のラジオ》

《メルナのアーカイブ!》

《甘いもの食べて泣く》

《何もせず電気消してスマホいじるw》


「ふふ、それぞれの“夜”があっていいですね。あ、今私の声が癒しって言ってくれた方ありがとう。そう言ってもらえると、今日も配信してよかったって思えるんです」


《こっちこそありがとう!》

《生き返るレベル》

《ここほんと大切》

《この時間がご褒美》

《また明日も頑張れる》


「……そろそろ、今日はこのへんで。また明日の夜も、同じ星の下で会えたらうれしいです」


 少し名残惜しそうに、笑みを浮かべて私が手を振る。

 ゆるやかに画面が星の光へとフェードしていく。


「おやすみなさい、星霧メルナでした──」


《おやすみメルナ!》

《いい夢見れそう》

《おつメルナ》

《大好きです!》



 * * *



 配信を終えると、部屋はふたたび静寂に包まれた。

 モニターの光が消え、リングライトもスッと闇に溶ける。さっきまで星が舞っていた場所には、ただ自分の影が残っていた。


 私は席を立ち、いつものように配信データを保存する。

 サムネイル用の素材もフォルダに移して、台本メモには軽くひと言だけ添えた。

 ──「今夜も安定。視聴者数・コメント数ともに良好。次回予定は18日21時」


 Orbits Productionオービッツプロダクション

 いま所属しているVtuber事務所は、業界のなかでも規模が大きい。

 オーディションには、声と映像、それから企画書を添えて応募した。

 名前も、顔も、も明かさずに──すべてゼロから、自分ひとりで。


 星霧メルナという存在は、誰の記憶にもない私から、まっさらな場所に生まれた。


 私はキーボードから手を離し息を吐いた。

 いつものルーティンをすべて終えたあと、ようやく何かを考える余裕が生まれる。


 ──それでもときどき思う。


 あの声で話していた私は、本当に私だったのかなって。


 でも私はちゃんと演じられる。

 それが今の私の強さだから。

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