若人よ、ダンジョンに潜って死ね!

山浦芝区

#1 若人よ、ダンジョンに潜って死ね!

 ロングソードは、つい最近まで鑑賞目的の美術品であった。

 かつては戦場で振るわれた武器も、時代とともにその実用性を失い、今では壁に飾られ、非生物を叩き斬ってストレスを解消するための道具に成り下がっていた。


 だが、時代は変わった。


 ロングソードはかつての武器としての地位を取り戻した。化け物を殺すための“本物の武器”として。


 原因は『ダンジョン』の出現にある。


 西暦2035年6月3日。

 世界全土に突如として出現した巨大シンクホール――通称『ダンジョン』の内部から湧きだした化け物『モンスター』の大侵攻により文明社会は崩壊。

 政府組織は機能しなくなり、力こそ全ての無政府社会が誕生したのである。

 そんな社会では銃火器や兵器といった精密な武器は、もはや製造も修理もままならない。弾薬は尽き、パーツの供給も断たれ、次第に使い捨てられていった。


 そして、時代は回帰した。


 手入れが容易で、刃を研げば何度でも使える。

 ──ロングソードが、人類最後の武器として選ばれたのだ。


 人々はロングソードを手に、今日もダンジョンに挑む。

 湧き出るモンスターを狩り、外へ溢れ出さないよう、命を賭けて討伐を繰り返す。


 ──若人よ、ダンジョンに潜って死ね!


 西暦2047年9月26日、現在。

 そんな非人道的なスローガンが堂々と標語として掲げられ、教育機関のポスターにすら刷られている。もしご先祖様がこの光景を見たなら、さぞ顔を顰めてくれることだろう。


 だが、これが“今”の常識だ。


 就職も進学もできないのなら、ダンジョンに行け──。

 それは親から子に向けられる、現代のスタンダードな助言である。


 そして、僕もその例に漏れない。

 生きるため、食うため、名誉のために、ロングソード片手にダンジョンへと潜るのだ。


 今日が、その初日だった。



 世に数多あるダンジョンは、異次元へと繋がっている──そんな説が今では広く信じられている。

 ダンジョン内部には人類史との矛盾が著しい遺跡や、遺物代科学では解析不可能な遺物──いわゆる“オーパーツ”が多数埋まっていることから唱えられた説だ。古代文明のものとも、未来技術のものとも知れぬそれらの存在が、ダンジョンという場所の常識外れを如実に物語っている。

 僕らダンジョン探索者はモンスター討伐で得られる小遣いよりも、それら遺跡から見つかる宝物やオーパーツを求めている節があった。

 正直ダンジョンの正体とかどうでもよかったが、しかし漁っても漁っても尽きぬ宝物や遺物に対し、ほんの少しの不気味さがあるのは確かであった。それが正体を知ることで解消されるのならば願ってもないことで、是非とも学者連中にはダンジョンの正体解明に努めてもらいたい物である。


「はあ、憂鬱だ」


 現実逃避は辞めよう。

 就職もせず自堕落に生きたいだなんて、この過酷な現代社会では不可能であると分かっていたはずではないか。

 今この現状は問題を先送りにしてきた僕自身が招いたことだ。

 なら、せいぜい死なないように頑張るしかないじゃないか。

 そうやって意を決して構えたロングソードの重みが、容赦なく現実の重圧を僕に突きつけてくる。これから斬るのは、命を持った“敵”だ。


 ダンジョンの中はヒンヤリと冷たい。


 光源がないにもかかわらず、うすぼんやりと照らされたダンジョン内は正しく異世界だ。

 ここのような洞窟系のフロア以外にも、まるで外と見まがう開放型や巨大遺跡型などの多様なフロアがダンジョンには存在しているという。それらを見て、探検するのもまたダンジョン探索者――冒険者の醍醐味と言えるだろう。

 金策の為にダンジョンに潜る僕が、ここをどれだけ楽しめるのかは正直分からないが……やってやる。


 前方に動く影。

 緑色の肌をした、長鼻の小人――ゴブリンが2体。


 武器は両者とも粗末な木の棍棒。それ以外は、見当たらない。


「……これくらいなら、勝てる」


 そう、自分に言い聞かせる。

 ロングソードの柄に、手の汗がじっとりと染みる。初めての、命のやり合い。初めての、戦闘。緊張を抑え、しっかりと獲物に狙いを定める。


 僕に気づいたのか、1体のゴブリンが叫び声を上げ、こちらへ突っ込んでくる。


「うおおおおおっ!」


 こっちも叫び返す。勢いで飲まれるわけにはいかない。


 ロングソードを横に払う。重みのある刃が空気を裂き、ゴブリンの棍棒とぶつかる──が、ゴブリンの筋力は5歳児程度。18歳の僕のパワーで押しきれない相手ではない!

 力任せに棍棒を勢いよく押し払って、空いた腹に蹴りを入れる。僕の足をもろに腹に喰らったゴブリンは「ごぱっ」と悲鳴にもならない空気を吐いて吹飛んでいく。やはり、聞いていた通りゴブリンは軽いな。


「――ッ!?」


 攻撃が思ったより上手くいったので、僕の心には慢心が生まれていたのだろう。思わず、もう一体のゴブリンに対する注意がおろそかになってしまっていた。

 だから死角からゴブリンの片割れが棍棒を振り上げ迫ってきていたことに気が付かず、背中に強烈な打撃を貰ったのである。


 痛い。

 痛い、痛い、痛いッ!


 背骨に鈍痛。


 ──若人よ、ダンジョンに潜って死ね!


 あのクソッたれなスローガンが脳裏をよぎる。馬鹿野郎、こんな走馬灯があるかってんだ。思い出すなら、もっといい思い出だろうが!だからまだこれは――走馬灯なんかじゃ、ない!


 背中に加えられた衝撃でたたらを踏むも、僕は気合で地面を踏みしめゴブリンの方へと向き直る。


「おぁあああああああああああああッ!!!!」


 咆哮。

 痛みを誤魔化すために叫び、勇気を出すために叫んだ。そしてゴブリンはその叫びに少しばかり後ずさる。


 ロングソードを振りかぶって走る。


 ゴブリンが逃げようと背中を見せた。


 ああ、お前も生きたいんだな。

 そうだよな、死にたくなんてないよな。だって生きてるんだから。

 俺が吹き飛ばしたゴブリンは、お前にとっては相棒だったのか?それとも番だったのか?そりゃ、悪いことをしたって思うよ。


 だけど、俺のために死んでくれ!


 振り抜いたロングソードは、逃げるゴブリンの胴を二分した。


「ぎゅこッ」


 哀れで間抜けな断末魔を残して、ゴブリンは床に転がって――そしてその後は動かなくなった。


「はは、勝った、勝ったぞ……」


 ダンジョンがこの世に誕生してから12年。

 無秩序というには秩序立ち、暴力社会にしては非暴力という仮初の平穏を手に入れた日本も、未だ混迷の時代の最中にあった。

 失われた人命は補填されず、食料供給もおぼつかない。

 ダンジョンの脅威は未だに健在で、常に封じ込め作業に全力を尽くしていた。


 復興はまだ、遠い。


――――――――――――――――――――――――


 tips:ダンジョン


 最小で直径10メートルのシンクホールと思われる大穴。

 内部は多層構造になっており、階層ごとに異なるフロアが広がっている。内部にはモンスターと呼ばれる怪物が無数にひしめいており、時に地上にあふれ出す。

 また未知の遺跡や遺物が頻繁に発見され、遺物は高値で取引される。

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