第3話 異世界における特許
そうして十数日が経ち、何時ものようにジーニス先生がやって来た。相変わらず魔術師らしくない上等なスーツ姿に山高帽を被り、その上から重苦しいローブを羽織っている。
銀細工が施されたステッキを上機嫌そうに突きながら、「エッヘッヘ」と胡散臭い笑みで両親に相対するその姿は、中世ヨーロッパ的と言うよりも、産業革命以降の紳士と見えた。
そう、最近気が付いたのだが、この世界は中世ヨーロッパ的と呼ぶには随分文明が進歩している。度々現れたという異世界人の影響かも知れないが、上下水道の完備に街灯の存在にと、魔術を前提とした文明社会が、現在も凄まじいスピードで進歩しつつあるのだ。
しかし、それでも魔術文明特有の歪さは存在する。元の世界とは違い、この世界では個人の実力が万軍を圧倒することさえあるのだ。故に中央集権は完全を成さず、冒険者という夢人達が存在し得る。
まあそんな歴史よりも何よりも、重要な事が目の前にあった。将来に関する話である。
「まー色々と考えてみたんだが」
と、ジーニス先生は鞄から紙束を取り出し、それをパラパラと捲りながら言った。
「帝国学院卒業って箔は結構高いぜ。専門的な知識を持っていれば、民間企業でちょっと働くだけで金が入ってくる、なんてこともある。それが第一の案だな」
「そういった就職先をわざわざ探すってのも面倒臭そうですがね。いや、ここでもコネが働きますか?」
「まあな。だけどお前じゃ望み薄っぽいからな。別の案も用意してきた」
「……なんで望み薄なんです?」
「だってお前、絶対友達が少ないタイプになるだろ。陰険で自堕落で、加えて天才と来た。虐めには気を付けろよ!」
ぐうの音も出ない判断だったのでせめて「ぐう」と言ってやった。「なんじゃそりゃ」とジーニス先生は何時ものように流し、続けて資料を捲る。
「まーその辺りはジョット君のお友達作りに期待しておくとして……後はまあ、これもエリートと言えばエリート。自分で会社を興すことだな。流行ってるんだぜ最近」
「流行っているって事は同じくらい潰れているって事でもあるでしょう」
「おっ、流石に聡いな。だが上手く行けば部下に全部任せて社長の自分はバカンスよ。それやってクーデター食らった馬鹿社長も多いがな!」
「ほれ」とジーニス先生は資料から数枚の紙を差し出した。新興企業の内、成功を収めている物のリストのようだ。読んでみる。
主に魔術と機械を融合させた魔導機械に関しての事業が多く、時勢の流れが見て取れる。飛行船や列車など、未だ発展途上の技術を謳っているが、その何れもが実用の段階には至ってないようだ。
故に新興企業は、それその物の完成を目指すのではなく、エンジンや車輪部といったパーツ単位での製造を主としている。それをどこに卸しているのかと言えば……。
「……帝国軍。まあ、でしょうね」
「新規技術はまず軍事目的で研究され、発展し、活用される。一度そっち側に関わりを持てれば、中々食いっぱぐれることはねえよ」
「時勢を見極め、時流に乗って……ですか」
率直に言って面倒臭そうだなあと思ったが、そこでふと、気が付いた。このリストが指し示している事象の存在に。
「……戦争でも起きますか?」
「戦争? 北の魔族領方面がきな臭いのは何時ものことだろ。あいつらの魔王って何時になったら復活するんだろうな?」
「そうではなく……人類同士の殺し合いですよ」
「はあ? こんな玩具で何をしようってんだよ。こんなので本物の英雄様に勝てるわけねえだろ」
「ああ、そりゃあそうですね」
そうであった。この世界と元いた世界では常識が違うのである。
個人の実力差が余りにも激しい世界では、万の大軍を一人で壊滅させることも出来る。龍殺しの伝説は枚挙に暇がなく、故にこそ、近代において大国同士での本気の戦争は中々起こりえない。
何せ、一方が英雄を投入すれば、当然もう一方も投入し、結果として領土も糞もない破滅的な闘いが始まるからだ。そのせいで地図から消えた国も歴史上にはあるようである。
「まージョット君の幼稚な世界破滅願望は聞かなかったことにしてだ」
「この人本当に口が悪いな……」
「然るべき場所だと繕えるから安心しとけ! ……で、まあ、この会社を興すって提案なんだが」
と、そこでジーニス先生が資料から目を離し、俺を見つめた。俺は黙って頷いた。
「すっげぇ面倒臭そうですね」
「すっげぇ面倒臭そうだよなぁ」
俺達は全くの同時に溜息を吐いた。大体、誰かが敷いたレールを走るのも面倒だというのに、自分でレールを敷くなど複雑疲労骨折を起こしそうだ。第一博打だし。
「自分で資料集めをしていて思ったが、社長なんてやる奴は馬鹿しかいないぜ。夢のために寝る間も惜しんで会社経営。お金を稼いで何をするって? 更なるお金稼ぎ! おえー! 反吐が出るぜ」
「金、金、金! 世の中にはもっと大切な物もあるでしょうが! お金だけが人の全てじゃない!」
「良いことを言うなあジョット君は! ではお金以外の大切な物とは?」
「毎日お昼に起きることです」
「わはは! 最高だよお前」
「忠義とか研鑽とかが出てくるんだがな、普通の奴は。学院では気を付けろよ?」と立派な忠言を頂いたところで、「さて」とジーニス先生は資料を確かめた。
「言ってしまうと、これまでの案は絶対に拒否されるだろうなって思っていた奴だ。で、これが大本命。お前みたいな自堕落な天才にぴったりのやつ」
「最初からそれを言えば良いのに」
「折角集めた資料なんだから読んで欲しいだろ? ともかく、ほれ」
と、ジーニス先生は残りの資料を一気に渡してきた。整理立てて纏められており、一つ一つの事例がよく分かる。少しばかり読んだところで、俺は顔を上げて言った。
「特許ですか?」
「そう。寝てるだけで金が入ってくる、本物の魔術さ」
資料には帝国に登録されている様々な特許が、その所有者のプロフィールから登録に至るまでの経緯、そして現在どのように活用されているか。推定される収入まで事細かに記されてあった。
「……十数日でここまで調べ上げたんですか? 凄いですね先生」
「いやいや、実は俺も同じ事を考えていた時期があってよ。特許登録して不労所得! まあ、現実には上手く行かなかったんだが」
「やはり先生でも、一から魔術や魔道具を生み出すのは難しい、と言うわけですか」
「いやいや、生み出すのは出来たのよ。俺だって七個ぐらいは持ってるわ。俺の師匠だったらもっとな」
「えっ、そうなんですか」
やっぱり思ったより凄い人なのだろうか、このハゲは。ちゃんと師匠もいるらしいし。と思ったところで「ただなぁ……」と先生は溜息を吐いた。
「苦労して登録しても、全然使われないし、商人にプレゼンしても鼻で笑われるだけだったのよ。特許で食っていくのは難しいね。マジで」
「はあ……ちなみにどんな特許なんです?」
「水魔法を応用した、水流の回転方向の操作」
「……つまり?」
「こう……洗濯機って水でぐるぐる回すじゃん? それを一定時間で逆にしたらもっと綺麗に出来るじゃん? そういう奴」
「……は、はあ」
た、確かにもっと世の中が進み、洗濯機が発展すれば活用されるかも知れない技術だが、その回転式洗濯機だって最新型なのだ。時代が早過ぎたと言えるだろう。
「それによぉ! 俺がプレゼンした商家でさぁ! 最近そんな感じの順回転逆回転式洗濯機を売り出し始めたんだぜ!? これ特許侵害だろって文句付けに行ったら『全く違う技術を使ってます』だってよ! あの盗人共がくたばりやがれ!」
「時代に早く、時流に遅い人だぁ……」
いずれ来たであろう機会を取り逃がした先生を哀れに思いながらも、しかし成程、特許にはこういった危険性もあるのか。アイデアだけ盗まれて、技術は別な物で代用する……クソみたいな話だな。
だが、目指す方向性としては良いように思う。資料の中には『そんな簡単な事で』と驚いてしまうようなアイデアで巨万の富を築き上げた者もいるのだ。
「冒険者向けの回復薬に、少量の蜂蜜と魔物の素材を混ぜることで飲みやすくした……これだけで帝国一の薬屋が誕生ですか」
「夢があるよなぁ……俺もガキ向けに『風船の中の水を自由に混ぜられる』って玩具を自作して売ってみたんだが、『これ何が面白いのおじさん』とか言われたぜ。あと不審者として通報されちまった」
「うーん、良い線行っているような、行っていないような……」
先生の発明はハンドスピナーに似ているだろう。あれも単に回転するだけの玩具である。流行に便乗して買ってみたが、何が面白いのかと数時間で飽きた。しかし手持ち無沙汰になったときについつい触ってしまう魔力があったな、あれは。
先生の発明も改良すれば良い線行きそうなのだが、如何せん本人に改善の意思がないのでまたアイデアをパクられるのがオチだろう。あと、やはり時代に対して早過ぎるなこの人は。
「……というか通報されたって、路上で売ってたんですか?」
「だって金が掛かるし、露店を出す手続きも面倒だろ?」
良い笑顔で先生は言い切った。それはそうだ。全面的に同意する。
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