第2話 先生は大人物か
「で、話を戻しますが、エリート以外はどうなるんです?」
「お前ほんと猫被るの上手いよな……あー後はまあ、魔道具店で商品を生産したりとか? 魔術工場員だな。劇やオペラの演出家とか……あっ、大事な奴を忘れてた」
「何です?」
「インフラの整備。これが一番多いな」
成程、言われてみればそうである。帝国社会が魔術社会である事からして、その生活の端々には魔術が関わっている。
帝国首都を煌々と照らす街灯は一種の魔道具であり、魔物を退ける外壁もまた魔術による力である。
上下水道にも魔術が関わり、風呂や料理に湯を沸かせるのにも魔術が欠かせない。
「公共事業だけじゃなく、民営企業も関わってくるからな。この辺りに進むのが大多数なんじゃねえの? 俺はエリートだからよく知らねえけど」
「エリート『だった』の間違いでは? 詐欺師の先生」
「お前を魔術師じゃなく詐欺師に育て上げてやっても良いんだぜ?」
「入学できなかったらお世話になりましょう。……で、なんで辞めたんです? 宮廷魔術師」
両親はジーニス先生が元宮廷魔術師と聞き、大層驚くと同時に畏敬の目を向けていた。一般的に尊敬される職業であろうに、何故そこを止めてまで、家庭教師などをやっているのだろうか。
込み入った事情、或いは並々ならぬ過去があるのだろうか……と、少しばかり真剣に話を聞く姿勢を見せたところで、先生は軽く言った。
「あ? んなモン忙しすぎてハゲてきたからだよ。俺が薄毛なのは過労のせいだぞこの野郎」
「ここでも霞ヶ関はブラックだったかぁ……」
「カスミガセキ? 首都の名前はオーロックだぜ。ちゃんと授業を聞いていたのかねジョット君! なんてなエッヘッヘ」
先生の下手くそな教師の真似は置いておいて、しかし話を聞くに、宮廷魔術師という職業は本当に大変なものらしい。
曰く「帝国の魔術的事業に関する計画立案とその遂行をしなければいけないから本気でハゲる」
曰く「外部組織との渉外が終わった帰りで会議を開いて終わった頃には朝。そのまま始業。本気でハゲる」
曰く「隠棲を決め込んでいる在野の研究者に協力を頼みに行ったら、『民営企業の方が条件が良いからそっちで受ける』とか言いやがった。ハゲさせるぞあの野郎」
などなど、悲哀たっぷりにジーニス先生は語ってくれた。
よし、宮廷魔術師を目指すのは止めよう。俺の将来には必要のない進路だ。
しかし、一番数が多いというインフラ関係に関しても「いやー良くはねえよ」との談である。
「俺も宮廷魔術師辞めてから誘いがあったんだけどよ、宮廷魔術師よりはマシだが、それでも労働は労働だぜ。俺もう労働って言葉大嫌い。九時出勤十七時退勤とか考えた奴死ねば良いのに」
「うわ。それは最悪ですね。八時間労働とか正気の沙汰じゃないですよ」
「だよなあ! 俺も同期に言ったことがあるんだけどよ、『恵まれすぎじゃねえかこの糞野郎』とか逆ギレされたわ。ちなみにそいつは十二時間労働だったらしいぜ。やっぱ労働って人間の頭をおかしくさせるんだな……」
「……というか、出勤と退勤の文化が根付いているんですね?」
「おー? まあな。確か百年だか二百年前だかに、異世界から来たって英雄が制定したって話だぜ。死ねば良いってか死んでたな。わはは」
わははじゃないのだ。そういう重要な情報はもっと先に話して欲しい。
この世界には、俺以外にも転生者が居たらしい。それも話を聞くに、その百年だか二百年前の人間以外にも、太古の昔に龍を殺して国を建てた英雄だとか、魔王を封印して世界を救った英雄だとかが、自分を転生者だと口にしたらしい。
成程、意外と転生者という存在はありふれていたのか。同時に、彼らがもたらした知識がこの世界には根付いている。
そこにちょっとした安心を覚えると同時に、危機感を覚えた。いや、先人に対する怒りと呼ぶべきだろうか。
俺は転生者である事を隠さなければならない。ジーニス先生が語る『産業革命の英雄』という奴のせいで、だ。
何故ならば、この糞野郎は『九時出勤、十七時退社。完全週休二日制』という悪魔を異世界に解き放ちやがったからだ……!
被害者達の怨嗟の念は、同じ転生者であるというだけで、俺にも向かう事だろう……恐ろしいことだ……。
「では……魔術師には……魔術師には、クソみたいな労働をする未来しかないと言うんですか!? ジーニス先生!」
「いいや、俺を見ろ。怪しい物品を作ったり、ガキ相手にくっちゃべってるだけでそこそこの金が貰えるぞ」
「詐欺師にはなりたくないです。あと俺って子供嫌いなんですよね。ウザいでしょう」
「ガキがガキをウザいというのがウザいな……。まーそうなると研究者か? いや、そっちもそっちで成果出せないと突き上げ食らうらしいからな……」
「貴族や大商人のお抱えなんかもあると言っていましたが、そちらは?」
「コネと信頼が必要不可欠でなー……あと、こうして話していて思うが、お前って俺と同じくへーこらするの嫌いだろ」
ジーニス先生の指摘に俺は素直に頷いた。「じゃあ無理だ。太鼓持ちは才能有りきだぜ」と、先生はヘラヘラ笑った。
「俺だってハゲそうになりながらこの仕事こなしてるんだからな。ちなみにお前の夢って何だ? ここまでを聞くと、政治的栄達を目指しているわけじゃねえだろうが」
「毎日ぐうたら過ごしても誰にも咎められない生活ですかね……!」
「最高の将来設計だなお前。マジで尊敬するぜ!」
本気の笑みでぐっと親指を立てながら先生は言った。
最近気付いたのだが、この人も俺と同じクズである。詐欺師という意味ではなく、怠惰であると言う意味で。実に好感が持てる人物である。
そんな事を話している内に勉強の時間は終わりとなった。今回は勉強はせずに世間話だけをしていたな。
「まー次来るときに考えてやるから、宿題ちゃんとしておけよ。基礎魔術の理論と属性の関係について、実践も含めてな」
「そんなものはもうとっくに出来ていますよ。火と水と風と土の基礎魔術、今から見せましょうか?」
「けっ、この天才が。普通の五歳児はママのおっぱいを吸うのがお仕事ですよ、ぼくちゃん?」
「じゃあ三十歳はハゲるのが仕事なんですかね?」
「殺すぞクソガキ」
とまあ、そんな風に言い合って、「じゃー教科書のここからここまでを実践しとけ。理論立てての説明もな」と、彼が学院に通っていた際に使っていた教科書を指し示し、ジーニス先生は帰っていった。
そうして家族交えての夕食後、寝室にて父母が談笑するのを他所に、俺は教科書を睨んでいた。
当初は両親も俺を構い倒していたのだが、先生が『いやあ坊ちゃんは天才ですね! 自己学習の時間を上げて下さい。本気で』と言ってくれたお陰で、温かい目で見守られるだけになっている。サンキュー先生。
さて、魔術に関してである。
或いは将来に関してのことだ。宮廷魔術師の夢は、両親には申し訳ないが消え去った。それ以外の道もどうしたことかと不安になるが、いずれにせよ、学院に通うことは決定事項である。
帝国は首都オーロックに存在する学院は、貴族の子息女と厳しい入試を突破した庶民出身の生徒で構成される、開校三百年の歴史を持つマンモス校である。
名前を『ウルド帝国カベラ朝附属アーノルド・ロナルド記念学院』と言うが、長ったらしすぎるので通称は『帝国学院』と呼ばれている。
アーノルド何某とは初代校長のことらしい。三百年前の大魔術師で、魔王を封印したりとか色々頑張った人である。
しかし『附属』とあるように、この学院は皇帝の権威の元に開かれている学校である。貴族が通うことは奇妙にも思うが、そこはジーニス先生曰く、
『そこは三百年の権威よ。軍学も魔術学も揃ったここを卒業するのは大変な名誉なのさ。まあ、貴族は貴族で家庭での教育もあるんだけどな。ウチは軍事系の貴族だったから才能あって良かったぜ』
らしい。どうにも魔術だけではなく、法学や経営学、そして軍学なども学べる大学のような場所であるという。ちなみに入学は十三歳の春からで、六年制となっている。
即ち、入学試験があるのは十二歳の冬。今が五歳の秋だから、七年と少しと言った所か。
そんな現実を改めて認識し、俺はうむむと眉根を顰めた。
ジーニス先生は俺を天才だと評したが、俺はそう思わん。それは五歳児に対しての評価であり、前世も含めてそれなりの歳である俺にとって、特段ずば抜けた理解度があるとは思えんのだ。
然るに、俺が受験勉強に必死こかず、悠々と試験を突破するには、今から堅実に勉強を重ねていく必要がある。
堅実……苦手な言葉だ。嫌いな言葉でもある。もっとこう、感覚的じゃダメかな? 実技だったらいい線行くと思うんだけど。
たとえば……この『眼』とかな。
と、開きかけたところで声を掛けられた。陽気な声が背中に響く。
「ジョット! 私の可愛いジョット! 今日は何を学んだのかしらん?」
「お母さん! 今日は基礎魔術理論の構成と実践について学んだよ!」
「わはは! 何言っているのかさっぱり分からんな! 流石は俺達の息子だ!」
「そうね! 流石は私達の息子ね!」
それで良いのか。とは思うが、気の良い夫婦が俺の両親である。ジョージ・ブレイクとマリアンヌ・ブレイク。陽気で商魂たくましい大阪人みたいな二人であった。
そして、『眼』で二人を見る。相も変わらず、微弱な輝きが体内を巡っている。それは心臓近くが最も輝き、対照的に足先などは微かに光っているだけだった。
俺は二人に「ワッショイ! ワッショイ!」と謎のテンションで胴上げされながら、いやなんで胴上げしているんだよとは本気で思いながら、この『眼』を自覚した時の事を思い出した。
まだジーニス先生が家庭教師としてくる前から、俺は独自に魔力操作の訓練をしていた。
不定形の魔力を肉体に吸収し、精製しては吐き出していく。感覚的にやっていたことだが、後々、これは魔術の行使において基本のそれだったという。
俺はその操作をより繊細に、より大きく扱えないかと試行錯誤していた。
その結果、身に付いたのが『眼』と言うか、視覚的に魔力の流れを見極める能力である。
この世界の住人は大なり小なり魔力を持っているようで、魔術のまの字も知らない両親でさえ、体内に魔力を宿していることを知った。
この能力を身に付けてからは、自分の体内に流れる魔力への理解も大幅に上がった。どこを流れ、どのように変化し、どういった力を加えれば出力されるのか。それを感覚ではなく視覚で分かるようになったのだ。
それをジーニス先生に話すと、彼は良い笑顔で『ちょっとドン引きだぜ!』と言った。『幼少から魔力操作を無意識的に行っていた発露』といった考察を冷や汗流しながら述べてきたが、この能力は常識的にちょっとあり得ないものらしい。
『お前の才能は、その眼に由来するのかも知れないな。感覚でしか分からない物を視覚として捉えることが出来る。そりゃあ凡人相手に十周差は付けられるぜ』
『ですが、先生も凄いですね。こうして見てみると、先生の中を流れる魔力は凄い。滑らかで繊細で、何より力強い……俺とはえらい違いだ……』
『当たり前だろ。五歳児と三十歳を比較するとか馬鹿か? おつむの才能は足りないのかなジョット君?』
『おや、不思議と頭頂部の辺りは魔力の流れが乏しい。先生の頭は死にかけているのかな?』
『ジョット君の性格の悪さは天性の才能だな! じゃなきゃあの夫婦からこんなの生まれねえもん!』
中々に鋭いところを突いたジーニス先生だった。加えて研鑽された魔力の流れとその容量である。
五歳児と三十歳では取っ組み合いの喧嘩にもならないので口喧嘩ばかりしているが、時折、この人もこの人で凄いのだなあと思うのだった。
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