芸術的で文化的な異世界生活を目指して

生しあう

第1話 転生して




 俺はどうやら恵まれているらしい。それが異世界に生まれ落ちた感想だった。


 死んだ記憶も神様に会った記憶もないが、気が付けば俺は異世界に転生していた。小さなベッドに見上げるのは上等な部屋。そして身なりの良い夫婦の姿。


 俺の転生先は、帝国でもそれなりの商家の三男坊という、中々の出自であった。


 長男である兄とは年が離れ、後継者と目されもしない。次男である二人目の兄のように補佐として、或いはサブの後継者候補として、商人としての教育を受けさせられる訳でもない。


 つまり三男坊という生まれは、両親が心置きなく甘やかすのに最適なものだったのである。


 そして俺はそれに甘えた。主に魔術というものを勉強するために。


 さて、異世界には魔術と呼ばれる超常現象が存在した。大気中に存在する魔力を体内にて精製し、様々な現象を発現させるのである。


 俺が初めてそれを認識したのは、意思とは無関係に泣いては食って寝る身体、即ち齢一つも数えぬ幼児の時分であった。


 赤ん坊らしく暇を持て余していた俺は、ふとしたことから大気の中に力を発見した。それは万物に降り注ぎ、万象の最中に巡っている。太陽光線の様にありながら、そうではない。柔らかく変化可能な、確かにある何かだった。


 俺は直感的にこれを魔力と判断した。マナでもオドでも気だろうと何でも良いが、そういった力がこの世界に満ちていることを発見したのである。


 そして、満ちていると言うことは、それを活用できると言うことでもあった。両親が携える品の中に、火も電気も使わず点灯する照明器具があったのがその証左である。


 恐らくこの世界では魔力を活用する文化が根付いている。俺は部屋から一歩も出ぬ内にそう判断し、そして将来のためにも訓練を始めた。魔力を活用する訓練である。


 何せ、こういうのは転生にありがちだろう? 小さな頃から魔術に親しみ、青年の時分には一端の魔術師。


 俺は勝ったと、そう思った。何に勝ったのか? それは人生に!


 転生前の俺は、はっきり言って碌でなしであった。歳は二十だか三十だかであったはずだが、堅実な人生設計というものが存在しない生き方だったと思い起こす。


 何せ俺は怠惰だった。やることなすこと本気にはなれぬ。水は低い方に流れ流れ、行き着いた先で貧相な安寧を享受していた。


 大学を卒業し、就職活動を適当にこなし、入った会社をすぐに辞める。そうしてフリーターの日々。普段は趣味に没頭し、たまに働く。そんなごくありふれた男である。


 まあ傍目にはどう見えるかは知らんが、個人的にはそこそこ満足していた。将来的にはどうなるか知らんが、まあどうにかなるだろうとも思っていた。ここが実に怠惰であった。


 しかし、何の祝福か呪いかは知れんが、俺は転生し、ゼロからのスタートを切ることになったのだ。


 誰だって夢に見るだろう? 記憶を持ったまま子供の頃に戻れば、そりゃあ誰だってチートさ。


『俺は楽をするために頑張ろう。そうして将来的には不労所得で暮らそう。魔術とか生活に困らなそうじゃん』


 これが、ベッドの上に寝転がりながら決めた将来設計である。我ながら脳天気な男であった。そして頑張ると言っても、取り立てて何をするわけでも無い。頑張ると決めたのも暇だからである。


 俺が怠惰なのは、仕事にあくせくして読書や映画や旅行の時間が作れないのが嫌だからであり、それが存在しないともなれば、未来のために努力をするというのも娯楽の一種であった。




 そして、一歳になる頃には魔力の存在をはっきりと知覚していた。


 その頃になれば俺は退屈なベッドから降り、両親の手と繋がって家中を歩いていた。目や耳に入るのは、やはり現代らしくない異世界情緒溢れるものである。やれ魔術だのやれ魔物だの、当然のように交わされる単語から、やはり魔術は人生に勝利をもたらすと確信した。


 生家が貿易商を生業としている商人であり、上に二人の兄が存在すると知ったのもこの時分である。


 成程、確かに家中に配置された調度品は高級に見える。使用人が絶えず両親に傍付き、幼児の俺にさえ恭しく接する。


 悪くない気分というか、良い気分だった。実家に恵まれたものは幸いである。今生ではその夢が叶ったのだ。駅前に駐車場は持っていないがな。


 幼児向けの教育に関心があったというのも、俺が手放しで両親を称える根拠になるだろう。


 一歳の俺に対し、十二歳と十歳の兄二人は、日々家庭教師との格闘の日々を送っていた。何せ結構な跳ね返りものであるらしく、度々授業を抜け出しては俺の下に遊びに来るのである。


 その内に、二人揃って愚痴を始めるのだ。やれ「貴族式の文章法など知ったことか」だの「計算も書式も部下に任せときゃ良いだろ」だの、お坊ちゃんこれに尽きる発言であったが、『人を使えば良い』という点に関しては、商人らしい教育の痕跡が見て取れた。


 俺は兄たちと遊び遊ばれ、その内にこの世界の情報を知っていった。


 そして、やはりというか魔術師は希少な存在であるという事を知った。


 魔術師とは貴族的なものである。高貴な血統にしか発現しない、と言う意味ではなく、教育的な意味である。


 大気中に魔力が存在する以上、それを知覚し、活用できるものは多い。そうで無ければ両親も魔道具など使わない。そして、剣を振るい魔術を操る英雄的な冒険者も──やはり存在するのかと心が躍った──存在し得ないのだ。


 しかしながら、多くの一般人は魔道具を使えるだけである。魔力に反応して事象を起こす道具を総称してそう呼ぶが、それを使う事は誰にだって出来る。


 そして、魔術を活用する冒険者という存在は、一般的な魔術師以上に希少なのだという。


 何故と言うに、魔術とは専門的な教育機関で学び、習熟するものだからだ。


 自己流で魔術を習得できる者はごく僅かな天才であり、帝国学院から卒業してわざわざ冒険者になるのは馬鹿を超えた馬鹿である。


 貴族の子息女は、往々にして帝国首都の学院へ通い、そこで魔術などを学び、帝国学院卒業の名誉を以て悠々と領地に凱旋するのである。冒険者などになるのは親から縁を切られた余程の馬鹿か、冒険という夢に脳を焼かれた馬鹿中の馬鹿しかいないのだ。


 兄たちの話を聞き、そして叱責を受けるのを遠目に見ている内に、俺は将来への設計図を段々と作り上げていった。


 魔術の習熟には学院に入学することが必要不可欠である。成程、ありがちな話である。聞いた話では難関な試験が存在するらしいので面倒だが、そこはまあ、何とかなるだろうと怠惰に逃げた。


 問題は、貴族出身ではない魔術師が、どういった職業に就くのか、と言う話である。


 商人である両親は勿論魔術にも疎いし使えない。成人にもならぬ兄二人など以ての外である。聞いても「冒険者! 魔剣士だ! カッコイー!」「家庭教師とかじゃねえの。知らないけど」と、碌な回答が得られない。


 そこで俺は両親に、「空にふよふよした何かが見えるけどなにこれ」と魔力の存在を認知できるという事実を告げると同時に、魔術師とは何かと言うことを聞いた。時期を見計らって五歳の時分である。


 食後の場であったので、両親は喫していた紅茶を噴き出すという大層な歓迎を披露してくれた。見事な霧をうわきったねと思いながら、しかし彼らの顔に浮かび上がるのは驚愕と歓喜である。


 色々と反応はあったが、結局は「魔術の才能があるとか凄ぇ! 流石は俺達の(私達の)息子!」に尽きた。そうして彼らは俺の将来の展望や入学などについて、希望に満ち満ちた妄想計画を話してくれたが、肝心の『魔術師はどういう職業になるのか』に関しては分からず仕舞いであった。


 しかしながら、両親の期待と親馬鹿っぷりは凄まじく、その日の内に家庭教師を用立てようという話になった。


 が、『五歳児相手に何を教えるというのか』『子供の玩具じゃねーんだぞこっちはよ』と、至極真っ当な意見で尽く断られてしまったらしい。


 年齢を考えろという話だが、しかしそういった魔術教師にまで伝手があるとは、意外とこの家の家格は高いものらしい。


 しかし、その内に一人、手を挙げるものがあった。そうして五歳児の俺に家庭教師が付けられることになったのである。


 若いというのに髪の薄さが目立つ彼は、名をジーニス・フルンゼと言った。


 彼は両親と鷹揚に挨拶を済ませた後、俺と対面して「まあ利発そうな坊ちゃんですねえ!」と猫なで声で言った。気色が悪い。


「ジョット・ブレイク……五歳児にしてはまあなんて魔術を学びそうな気配が……アッハッハ! しやがるもんですね。ええ、利発。利発ですね。ジョット坊ちゃん。エッヘッヘ」


 成程、五歳児に魔術を教えるとは言ったものである。彼はきっと俺に魔術を教えるだろう。五歳児には全く理解できない方法で。


 しかし確かに魔術は教えるのだ。それで仕事を終えるのだ。詐欺でも何でもなく、親馬鹿な商人の依頼を受けただけである。


 だが、こちとら転生者だぞ。舐めてんじゃねーぞ。


 と言った風に教育(専門用語のオンパレードだった)に理解を示していけば、彼の態度は変わるようになっていった。


「エッヘッヘ……坊ちゃんマジです? 本気でこれを理解できるのか?」

「文字はまだ十分に読めませんがね。概念は理解できます。これで貴方の仕事は楽になりましたか? それとも面倒になりました?」

「五歳児の言動じゃねえだろこれ……俺がガキの時はもっと純粋無垢だったぜ?」


 当初のヘラヘラ笑いを打ち消して、胡散臭い男は俺の先生になった。


 同時に彼の提言から、早くも文字に関しての学習が得られたのは幸運であった。


「魔術ってのは感覚じゃなく理論だぜ。文字も読めないのに魔術を学ばせる馬鹿がどこに居るんだよ」

「まあここに居るんですがね」

「俺は馬鹿じゃなくてクズだから安心しろ!」

「ぺっ、この詐欺師が」

「エッヘッヘ、詐欺じゃないんだなぁ、ちゃんと教えているからなぁ。お前に関してはマジで」


 ジーニス先生の来歴としては、とある貴族の五男として生まれ、才能に恵まれていたことから帝国首都の学院を卒業し、その後宮廷魔術師になるも退職。今は貴族やら商人やらを相手にいかがわしい商売や、たまにこうして家庭教師などをしているらしい。


 そう、彼こそが俺の気になっていた『貴族ではない魔術師はどういった所に就職するのか』という疑問に答えうる存在だったのである。


 彼は貴族だが、「貧乏貴族の五男坊なんて碌に貴族扱いされねえよ」らしいので、まあ良いだろう。


「まー可愛くねえガキの為に教えてやると、宮廷魔術師が政治的エリートの道って感じだな。研究者としてのエリートは帝国魔術研究所の研究員とか、後は貴族や大商人のお抱えになるのもエリートだ」

「枕詞が失礼すぎますが、先生ってエリートなんですか? ハゲなのに」

「末尾が失礼すぎるが、その通りだ。いやその通りじゃない。俺はまだハゲてない。殺すぞクソガキ」

「おかーさーん! せんせいがねー!」

「うわ気色悪っ! お前が子供見てえな声出すの気色悪っ! 焦るより先に鳥肌が立ったわ!」


 とまあ、俺と先生の中は大変よろしく、こうして「どうしたの?」と母が来ても「エッヘッヘ、いやなんでも」で誤魔化せる程度には良くやれている。ハゲだけどな。



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