第44話 会わない選択



<辻井三莉side>



 南雲さんと喧嘩をした。それでも、否応なく、日曜日はやってくる。21時59分。いつもなら、クローゼットの前で待機しているはずなのに、私はリビングにいた。


「えー、雛ちゃんって、ピーマン苦手なんだ」


『うん。高校生にもなって食べられないのは恥ずかしいんだけどね〜』


 私は雛ちゃんと電話をしていた。前にも彼女と電話をしていたとき、南雲さんと会うことができなかった。


 多分だけど、人の介入があると、クローゼットがつながらないシステムになっているんだと思う。


 私は21時45分頃、雛ちゃんに電話をしていいかメッセージを送っていた。一つの賭けだった。

 もしそのまま雛ちゃんから返信が来なかったら、南雲さんと会う。良いよと言われたら電話をつないで南雲さんとは会わない。


 ——南雲さんのことは嫌いになったわけではない。


 この前は、真面目な気持ちを冗談みたいに流されて、なんだか嫌になって、ちょっと拗ねてしまっただけだ。


 日曜の朝、目が覚めたときには南雲さんと会う気はあった。だけど、時間が過ぎるごとに、顔を合わせるのが怖くなってきた。


 私は心のどこかで、こんなことを思っていた。

 お母さんがお父さんと別れたように、人の縁はどこかで途切れる。永遠なんてものはない。


 毎週のように、22時が近づくたびに期待してしまう。この癖も、そろそろ手放すべきなのかもしれない。


 むしろ、今近くにいる相手との絆を深めた方が良いのではないかと思い始めていた。


 私は臆病だった。自分から南雲さんを突き放すことなんて、できなかった。だったら、運命に任せてしまえばいいと雛ちゃんにメッセージを送った。


 そしたら5分後。雛ちゃんから返信ではなくて、電話が来た。


『大丈夫!?』


 彼女は息を切らしていた。


「雛ちゃん! ど、どうしたの?」


『こっちの台詞だよ! 三莉ちゃんに何かあったのかと思って……』


 彼女は私のことを心配していた。何かあったと思ったのだろうか。その優しさが、心にじんと沁みた。

 どうやら今日は南雲さんに会わない方がいいみたいだ。





 雛ちゃんとの、たわいもない電話のやり取りが終わり、スマホを見ると22時30分だった。

 自室に移動して、クローゼットを開けてみるものの、何も変化はなかった。

 本来なら南雲さんと会っている時間だ。

これは、私が選んだことだ。あまんじて受け入れるしかない。


 でも、じっとしていると、南雲さんのことで頭がいっぱいになってしまいそうになる。そうだ、勉強しよう。

 机に向かってカバンの中から教科書とノートを出す。一文字ずつ丁寧に書くたびに、気持ちが落ち着いていった。


 毎週日曜が来ても、会いたくないふりをすれば、こんなふうに距離を置くことだってできる。

 雛ちゃんや岸ちゃんと電話をしなくても、外出していれば回避することだってできるだろう。


 やっぱりこの部屋にいたら、クローゼットの存在が強く意識される。それだけ、私たちには積み重ねてきた時間があった。


 来週も、こんなに悶々とする思いを抱えてしまうだろう。それならば、南雲さんに会ってしまえば良い。


 だけど、私は行動に移すよりも、気持ちの落とし所を先に見つけたかった。納得した後に、行動に移したかった。


 こんなにぐちゃぐちゃした頭ではどこか遠くに行きたくなる。遠出がしたい。そしたら、考えもまとまる気がする。


 ——そっか。そういえば、私、行きたいところがあったんだ。晶水湖。


 お父さんとお母さんと手をつないで見た、美しい記憶が私を支えていた。


 それなら、お母さんと一緒に行くのも良いかもしれない。だけど、あの頃との違いを意識すると、心が落ちつかなくなるかもしれない。


 今回の遠出は、気持ちを整理する目的もあるので、どうせなら一人旅をしたかった。そういえば、来週の月曜は高校の創立記念日だ。一日休みとなる。


 日曜から月曜にかけて晶水湖をまわり、ホテルに一泊するのもいいかもしれない。ゆっくりと思い出の地を回りたい。


 そうだ。そうしよう。予定が決まったら心が弾みはじめた。お母さん許してくれるかな。

 私は、モヤモヤした気持ちをワクワクする予定で上書きすることに成功した。

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