第42話 静かな怒り

 南雲さんへの誕生日プレゼントを選ぶヒントを探そうと、商業施設に出かけたあの日のことを思い出す。

 いくつもの店を巡りながら、彼女が喜ぶ顔を思い浮かべるだけで心が弾んだ。

 飾り付けをして、ケーキを作り、プレゼントを側において、22時になるのを待っていたけど、クローゼットはつながらなかった。


 きっと、南雲さんはこの悲しみに気づいていない。


 でも、これは私の勝手な思いだ。

 南雲さんに「誕生日の準備をして」なんて頼まれたわけじゃない。だから、私が不満を抱くのは、筋違いかもしれない。


 だけど、悲しくなってしまう私がいた。友達にカラオケに連れて行かれたというけど、何か理由を作って、家に帰って来ることもできたんじゃないか。


 もし私のことを少しでも思ってくれていたなら、来ようとしてくれたんじゃないか。——そんなふうに思ってしまった。


 南雲さんの中で、私が一番じゃないと実感したとき、胸が締めつけられるように苦しかった。


「会えなくて、寂しかった」


 胸にしまっておけば良かったのに、つい口に出してしまった。

 涙が込み上げてこらえようとしたのに、一粒だけ頬を伝う。


「えっ……」


 南雲さんは固まっていた。


「当日に、お祝いしたかった」


 言葉が途切れ途切れになる。


「そんなに?」


 彼女はゾッとするようなことを言う。


「だって、ただの誕生日だよ?」


 南雲さんはそう言った後、きょとんとした顔をした。


「そりゃ、三莉の誕生日なら、わたしは全力でお祝いしたい!! ……だけど、わたしからしてみれば わたしの誕生日は普通の日! ……そんなに三莉が悲しそうな顔をするなんて思わなかった」


 ニヤニヤした顔で私に迫る。


「もしかして、わたしにプレゼントとかも用意してくれたの? あっ。ケーキとかも作っちゃったりして〜」


 南雲さんは勘が良い。全部、図星だった。恥ずかしくて、情けなくて、頬に熱が集まるのがわかる。


「えっ。そうなの? かわいい〜」


 グイッと距離を詰めてくる。


「三莉、わたしのこと好きなんだね!」


 心がかき乱された。私の気持ちを軽んじられたみたいで、沸々とした怒りが湧いた。気持ちが冷めていくのがわかる。


 軽く流すことなんてできなかった。


 私は、まるで子どものように、自分のベッドに行き、布団にくるまった。今は一人になりたかった。南雲さんの顔を見たくなかった。


「え〜。三莉?」


 南雲さんは足取り軽く、私についてくる。


「怒っちゃった?」


「……」


「ん? これなに」


 あっ。きっと、南雲さんへのプレゼントに気付いたのだろう。サプライズで後で渡そうと、隅の方に置いていた。


 しんとした時間が続く。私は布団に隠れていたから、彼女の動向を探ることができなかった。


 どこからどう見ても南雲さんのために用意したプレゼントだとわかる。先ほど、言い当てられた後だから余計に恥ずかしくなる。


 例えば、「これ、開けていい?」と言われて、「うん」と返すことができたら、仲直りできる気がした。


 だけど、耳に届いたのはガサガサと袋を開ける音だった。


 えっ。なんで勝手に開けているの?

 私に一度断るのが普通じゃないの?


「あっ。香水じゃん」


 そのプレゼントは99%南雲さんのために用意したものだとわかる。それでも、一言でも確認がほしかった。


「照れる〜。三莉、カップルみたいなことするね?」


 もう、限界だった。


「……帰って」


「えっ?」


「今、南雲さんの顔見たくない」


 どうしてだろう。本当はそんなこと言いたくないのに。

 今は南雲さんのそばにいたくなかった。


 きっと私が雛ちゃんだったら、勝手にプレゼントを開けられても、「も〜」って笑って、場を和ませられたのかもしれない。


 でも私にはできなかった。


 大事にしていた気持ちを踏みつけられたようで、ひどく嫌な気分だった。


「三莉?」


 私は無言でやり過ごした。答えることができなかった。


 南雲さんは何度か私の名前を呼んだ。でも、私が何も返さないから、黙ってしまった。気配を感じるから、きっと近くにはいるのだと思う。


 ひとつ物音がして、辺りはまた静まり返った。まだそこにいるんでしょと思うのに、確信が持てない。


 掛け布団をそっとずらして部屋を見まわすと、南雲さんの姿はなかった。どうやら自分の部屋に戻ったようだった。


 スマホを見てみると22時12分だった。

まだ始まったばかりの、南雲さんとの貴重な1時間なのに。胸が痛んだ。


 だけど、体は重たくて思うように動けなかった。耳を澄ますと、鼻をすする音や椅子を引く音が聞こえてくる。もしかして、南雲さん勉強しているのかな。受験生って言っていたもんね。


 ふと、机を見るが、南雲さんにプレゼントした香水が、そっくりそのまま置いてあった。当たり前か。私が帰ってと一方的に言って怒ったんだから。


 済んだことなのに、思い返しているうちに、後悔の気持ちが込み上げてくる。


 ——だけど今は一人になりたかった。それだけは確かだった。


 私はそのまま目を閉じた。その日はもう、南雲さんと顔を合わせることはなかった。


 以前の私なら、もっと冷静でいられたはずなのに。らしくない。南雲さんが誕生日に私を優先してくれなかったことが、こんなに胸に残るなんて。


 南雲さん、呆れたかな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る