第21話 今もしたいかも?





「やっほー。って、元気なくない?」


「……」


 日曜日の22時。南雲さんは屈託ない笑顔を掲げて私の部屋にやってきた。


 南雲さんって、のほほんとしているように見えて、結構人のこと見ているんだよなぁ。


「……元気なさそうに見えますか?」


「うん。ちゃんと夕飯食べた?」


「食べましたよ。……唐揚げ弁当」


 コンビニで買ったやつだった。私は一人で、ご飯を食べなければいけない時、どうしても自炊する気力が湧かない。寂しい時こそ、濃い味の食べ物が食べたくなってしまう。


「えー! わたしも唐揚げだったよ。母が朝に作っていてくれた残りだけど」


 南雲さんが背伸びをしながら言った。


 ああ。いいな。きっと、彼女は両親に愛されて育っているんだ。何気ない言葉や仕草だけで察してしまう私がいた。


 私もお母さんに愛されていると言ってもいいのだろうか。生活にかかるお金はすべて出してもらっているし、私はバイトをしないで済んでいる。


 生活リズムが違うから、顔を合わせる時間は少ないけど。どしっと構えて、温かく見守っていてくれるようにも感じる。


 だけど、お母さんに彼氏ができたことですべてが変わった気がした。


 ——幸せそうに笑うお母さんを、私はどうしても受け入れられなかった。受け入れたいのに、心のどこかで拒否している。


 ああ。やっぱり私の力じゃお母さんを助けられないんだ。男の人がいた方が頼もしさを感じられるのかなと思って落ち込んだ。


「三莉……?」


「あ。いや、その。なんでもないですよ」


 泣きそうな顔をしていたからだろうか。南雲さんは私を優しく抱きしめてくれた。その体温が、心まで溶かしていく気がした。


「あ、あの……」


「はぁ。落ち着くね」


 一人勝手にまったりしたような声を出す。私はドキドキしているのに……。


 あの日、"マーキングをされた"香水の香りがふわりと漂い、南雲さんの輪郭が鮮明になる。


 彼女は小さな子どもをなだめるみたいにポンポンと背中を優しく叩いてくれた。


 正直な話、お母さんから抱きしめられるよりも嬉しかった。なんだか離れがたくて、私も南雲さんを抱きしめ返す。


「……何かあった?」


 顔が見えないからだろうか。なんだか南雲さんには何でも言えそうな気持ちになった。


「……話してもいいですか?」


「うん。良いよ」


 どちらからともなく、ベッドのふちに座る。私たちは体を離すことなく、ハグをしたままだ。


 私は自分のことを南雲さんに話した。家庭環境のこと。お母さんはシングルマザーで、最近、彼氏ができたこと。明日、顔合わせをしなければならないことについて。


 南雲さんは最後まで話を遮らずに聞いてくれて、時折「わかる」「それは辛かったね」と共感してくれた。

 嬉しかった。だからかな。つい、お母さんのキスしているプリクラを見てショックを受けたことも話してしまった。


「ははははは! 三莉、嫌だったんだ」


 彼女は軽快に笑う。少しムッとしたけど、重い空気にならないようにしてくれたおかげで気持ちは楽だった。


「だって、母親のキス……ですよ? 普通見たくないですもん……」


「まぁ。そうかもだけど。わたしも三莉にちゅーしたじゃん! あれとは違うの?」


 そうだった。南雲さんに頬にキスされたんだった。

 意識したら顔が熱くなってきた。だけど、彼女から顔が見えない位置にいるので、わからないはず。心臓のドキドキは伝わっているだろうか。


「……三莉のお母さんからすると、こんなよくわからないやつに、娘がキスされたと知ったら不安がるんじゃないかな?」


「ふふっ。……南雲さんはよくわからないやつなんかじゃないですよ」


「そ、そう? ……でも、ごめんね。あの時は、したいからした」


 えっ。それってどういうことだろう。思考が停止する。


「……聞いてる? したかったからしたって言ったんだけど……」


 南雲さんが追い打ちをかけてくる。


 なんとなくハグしたままではいけないと思い、体を起こす。そしたら、上目遣いで私を見ている南雲さんと目が合った。


「今もしたいかも?」


「!!」


 心臓がドキッとする。


「駄目?」


 子犬のような目で私を見つめる南雲さん。

 ああ。本当にずるいなぁ。


「……い、良いですけど」


「やった」


 私、なんでそんなことを言っちゃったんだろう。でももう引き返せない。

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