第17話 好きな人
違和感? もう一度、写真をまじまじと見てみるけど、何もおかしいところはないような気がした。
白い壁をバックにして、岸ちゃんと健吾くんは寄り添っていた。
岸ちゃんはゆるっとした笑顔を浮かべている。私と雛ちゃんには見せたことのない類のものだった。
多分、どちらかの家で撮った写真だろう。二人きりでお家デートということかな?
……。何をして過ごしたんだろう。勝手にいろんなことを考えてしまい首を振る。
「違和感はないように見えるけど……」
「健吾の顔見て! つまらなそうじゃない?」
そう言われて見てみると、岸ちゃんが言う通り、——ほんのちょっと表情が硬い気がした。
いつもは歯を見せている写真が多いけど、インスタにアップされたものは、口角が上がっているけど唇が閉じた写真だった。
「うーん。言われてみればそうかもね」
「うん。なんか不安になって……。昨日見返したら、健吾に嫌われたかなって思っちゃって……」
岸ちゃんは涙目になっていた。恋する乙女はかわいい。そんな台詞を漫画で見たことがあるけど確かにそうだと思った。
岸ちゃんはクールな性格をしている。私と雛ちゃんには、さっぱりした対応を取ることが多い。だけど、健吾くんのこととなると朝一番でトイレ前に呼び出して友人の意見を聞くような、か弱い一面も持っている。
「嫌われてないんじゃないかな? これは、どんな場面で撮った写真なの?」
「私の家! 昨日、家に親がいなかったから勉強会も兼ねて、健吾を家に呼んだの」
「そうなんだ。結構、健吾くんを家に呼んだりしているの?」
「うん。何回か家に呼んでいるよ! だけど、二人きりになるのは初めて……」
岸ちゃんはうっすらと頬を染めていた。
「それってさ健吾くん。緊張しているんじゃないの?」
「緊張?」
「だって、彼女の家に二人きりでしょ? そりゃ、いつものようにリラックスはできないよ! そこが、岸ちゃん的にはつまらなそうに見えたんじゃないかな」
岸ちゃんは、しばし無言になると昨日の出来事を反芻しているのか目が泳ぐ。
「……そっか。そういう捉え方もできるか。やっぱり三莉に相談すると、いろんな気づきがあって良いなぁ! ありがとう」
「そんな。私は特別なことはしていないよ」
「ううん。元気出たもん。……三莉ってさ、彼氏いないよね?」
「えっ。いないよ!」
「そう? なんか、達観しているというか、前に恋愛相談をしたときにも、冷静に答えてくれたよね」
私はたまに岸ちゃんの恋愛相談に乗ることがある。普通は恋人がいない私が、岸ちゃんに相談する立場だろうに。何故か、彼女は私を頼ることが多かった。
物事を客観的に見て、多分こうじゃないかということを岸ちゃんに伝えると、腑に落ちてくれることがある。不安げだった顔が、最後には笑顔になってくれると胸が温かくなる。
だけど、岸ちゃんは雛ちゃんには悩み相談をしない。気になることや疑問があると、雛ちゃんを遠ざけてから、私にだけ相談をしてくる。
多分、岸ちゃんは、一度雛ちゃんにも悩み相談をした過去があると思う。だけど、求めている回答じゃなかったから、きっと私に来るのだろう。
私も神様ではないから、相手にピッタリ合う言葉を言える自信がない。それでも、岸ちゃんが悩み相談をしてくれるということは、彼女の中で私の何らかの言葉が響いているからなんだろう。
「……そうだったかな」
「うん。三莉は今、好きな人とかいないの?」
女子グループの中で自分だけ恋人ができると、恋愛の話をするのは気まずいと思うことがあるらしい。自慢していると思われたくなくて、聞かれるまで話せないらしい。
しかし、「好きな人いる?」「どんな人がタイプ?」程度のジャブは打ちたくなるらしい。
前にも、岸ちゃんから好きな人がいるかどうか、話を振られた過去がある。あの時は適当に流したはずだけど、今回聞かれた時は、胸がドキリと震えた。
一瞬の間を、岸ちゃんが変な風に受け取る。
「あっ。その顔は良いなと思う人できたんでしょ!?」
目が輝いていて、嬉しそうだ。
良いなと思う人。そんな人はいないはずなのに、瞬間的に頭に浮かんだのは南雲さんだった。
ロングヘアーに印象的な大きな目。黙っていたら女優さんに見えないこともない。
いやいや! 私は南雲さんのことを別に好きではない。
あんな夢を見たから、少し影響を受けただけだ。それに、クローゼットがつながる仲という非日常な出来事も相まって、彼女を特別に感じてしまっているだけだ!
「……まぁ、今は何も聞かないでおくことにするよ」
あっさりと岸ちゃんは身を引いた。多分だけど、みんな自分のことで精一杯。
恋愛の話題を振ったのも健吾くんのことがあったから。そこまで追求したい話題ではなかったのだろう。私は、深く追求されなかったことにホッとした。
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