第5話:餌と処罰 その3

 頼は戦闘体勢を保ったまま、奏川 朔音(かなかわ さくと)と名乗った男の発言に呆れたような表情で返した。


「異能撲滅協会? なんだよそれ。人殺しが大好きな連中の集まりか?」


 朔音はその言葉に、額に血管を浮かべて二人を罵倒し始めた。


「黙れ、この世を汚す能力者ども。お前らに喋る権利なんてないんだよ。僕の許可なく口を開くな!」


 朔音が罵詈雑言を浴びせる中、鏡屋は落ち着いた様子で口を開いた。


「それで、要件は何かな? ここは神を祀る場であって、銃を振り回す場所じゃないはずだが」


 朔音はなぜか笑みを浮かべ、堂々とした態度で鏡屋を睨み返した。


「なに、大したことじゃない。ただ――」


 そう言って朔音は視線を頼へと移し、鋭い目つきと殺気と共に言い放った。


「そこにいる能力者を始末しに来ただけさ」


「え!? 俺!?」


 頼は驚きのあまり、自分を指差した。


 朔音は不敵に微笑み、どこか得意げに語り出す。


「そうさ。君は“異能力者”とは少し違う、“能力者”という立ち位置。そして異能力者の撲滅を掲げる僕たちにとっては……」


 朔音は手を顔の前にかざし、腕を広げながら、皮肉を込めた笑みを浮かべた。その様子は、長年探し続けていた宿敵を前に、喜びのあまり正気を失ったかのよう見えた。


「異能力者の原種にあたる“能力者”は、撲滅の前段階の存在。見つけ次第、即刻抹殺すべき対象なんだ」


「異能力者の前段階……で、能力者?」


 頼はその言葉に首をかしげた。


「君の世界ではどうかは知らないけど――」


 鏡屋が隣で小声を添え、説明を始めた。


「“能力”っていうのは、簡単に言えば妖怪や化け物なんかが持つ力のこと。そして“異能力”ってのは、その力を人間が使えるようになった状態のこと。つまり、人間が“能力”を得たとき、それは“異能力”になるんだよ」


「な……なるほど」


 頼は納得したような、していないような曖昧な返答をした。すると朔音がそれに便乗するように話を続ける。


「そう、つまり異能力ってのは、元となる“能力”がなければ存在しない。そして君は、その“能力”そのものを保持している。そういうことなんだ」


 頼はそれを聞いて、ようやく状況を理解し始めた。なぜ自分が狙われるのか、確信とは言えないがなんとなく見えてくる。


(つまり、“異能力”の起源である“能力”を潰さないと、“異能力者”の撲滅は完了しないってわけか……)


 鏡屋は頼の様子を伺いながら、一つ問いを投げかけた。


「ちなみに、頼くんの“能力”の名前って何?」


「ん? さあな。名前なんて考えたことなかったし。どんな力かはわかるけど」


 すると、鏡屋は頭を抱えてため息をついた。


「これは……本当に能力者っぽいね」


 いきなりの発言に、頼は疑問からか眉をひそめた。


「何を基準にそんなことが分かるんだ?」

「それはね――」


 鏡屋が再び説明しようとしたその瞬間、朔音が声を荒げた。


「いつまで待たせるつもり? 僕はもう、いい加減待ちくたびれたんだけど! 心の広い僕を怒らせるなんて、どれほどのことか分かってるのか?」


 頼は思わず「めんどくせー」と顔に出してしまうと、鏡屋は目を伏せたまま、朔音に向かって穏やかに問いかける。


「それじゃあ、最後に一つだけ聞かせて」


 彼は顔を上げ、真剣な眼差しで朔音を見据えた。


「君はどこから来たんだい? この辺りじゃ見ない服装をしているけど」


 その言葉に頼も朔音の服へと視線を向ける。


「確かに、こっちに来てから見たことないな。ああいう、時代が進んだ俺らの世界でよく見る服……」


 朔音は鏡屋に鋭い視線を返す。

 何せ彼の服装は、まるでサラリーマンのような薄い紺のスーツ風の装いに、首からはネックバンドイヤホン――通称“肩掛けイヤホン”をかけていた。


「なんで僕が答えなきゃいけないわけ? このままだと、僕が一方的に情報を抜き取られてるだけじゃないか。不公平だろ」


 鏡屋は急に顔を伏せ、小さく頷いた。


「確かに、不公平だね。じゃあ、もう答えなくていいよ」


「はあ?」


 朔音の苛立ちがこもった声に、鏡屋は皮肉を込めた笑みを浮かべて顔を上げた。


「さっきの反応で大体分かったからね」


 その挑発的な一言に、朔音は怒りで顔を真っ赤にし、血管が浮き上がるほどに叫んだ。


「ふざけるなぁぁぁっ! 僕をバカにするのもいい加減にしろよ!」


 次の瞬間、朔音は手のひらを頼へと向け、勢いよく構えた。


「何する気だ!?」


 頼が声を上げたのと同時に、鏡屋が頼の前に手を差し出して制した。


「大丈夫。神社の敷地内には、能力や異能力を使えなくする結界が張られているから」


「おぉ……それなら安心だな」


 頼が胸をなで下ろしたその時、朔音が不敵な笑みを浮かべた。


「やっぱりね。最初から分かってたよ。この神社の中に、何か仕掛けがあるってことくらい」


「へえ、すごいね」


 自信満々に語る朔音に対し、鏡屋は冷たく一言返す。


 またすぐに怒りを爆発させるかと思いきや、意外にも朔音は息を荒げながらも、かろうじて理性を保ちつつ言葉を続けた。


「はぁ……はぁ……そうだ、そこの“能力者”。お前に一つ、提案がある」


 朔音は頼へと指を向けた。


「俺に提案? 乗る気はねえけど、話だけなら聞いてやるよ」

「はは……そう言っていられるのも今のうちさ。君は、すぐに必死になってこの提案を受けざるを得なくなる」


「はぁ……そう」


 頼は面倒くさそうに応じたが、その上から目線の態度に、朔音は苛立ちを隠せない様子だった。それでもなんとか提案を口にする。


「提案の内容は……君の“家族”のことだ」


 “家族”という言葉に、頼の顔が一気に強張った。


「俺の……家族のこと、だと?」


 朔音は意地の悪い笑みを浮かべたまま続ける。


「そうさ。君の家族を殺した犯人――その組織について、教えてやろう」


「飲む……その提案、乗った」


 頼の即答に、鏡屋は目を見開いた。


「え!? 本当にいいのかい?」


「ああ……問題ない」


 鏡屋はその言葉の裏に、頼の放つただならぬ気配を感じ取る。そして、朔音がその様子を見て高らかに笑った。


「ははは! ほら、本人も了承したんだ。それで決まりだろう?」


 しかし、その笑いを遮るように、頼が低い声で問いかける。


「それで……条件は?」


 朔音は笑いながらも、そのまま条件を提示した。


「簡単なことさ。ここの神社の結界の外で戦う。それだけだよ」


 頼は静かにうなずき、鏡屋に一言だけ告げた。


「鏡屋さんは、ここで待っててください」


 そう言って背を向け、境内の外へ向かおうとする頼。だが、鏡屋がその肩を掴んだ。


 そして、にこやかに微笑む。


「何を一人で行こうとしてるんだい? 当然、僕も一緒に行くよ」


 その言葉は、頼にとって嬉しすぎるものだった。しかし――


 その時、頼の脳裏に、あの日の記憶が過る。家族が殺された、あの忌まわしい記憶。


「危ないので、ここにいてください」


 短く、ただそれだけの言葉。けれど頼にとっては、心からの、重い一言だった。


 すると鏡屋は、頼の肩を引き、正面から向き合った。


「出会って、まだたった一時間くらいかもしれない。でも、僕はもう君のことを兄弟のように感じているぐらい、大切に思っている。だから、絶対に元の世界に返してやるって、心からそう思ってる」


 鏡屋は白く整った歯を見せ、親指を立てて笑った。


「それに、僕はそこまでヤワじゃない。だから、一緒にあいつをぶっ飛ばそう」


 頼は真顔で問いかける。


「……信じていいんですね?」


「ああ、もちろんさ」


 そんな二人のやり取りを見ていた朔音は、鼻で笑い、唾を吐いた。


「……気持ち悪くない? なんだよあのやりとり。BLじゃあるまいし」


 その言葉に頼は静かに朔音の方を振り返り、一言だけ告げる。


「よし、やろうぜ」


 朔音は、何度目かもわからないほどの不敵な笑みを浮かべた。


「ふふ……馬鹿どもめ」


 そうして三人は、神社の石段を降り、敷地の外へと足を踏み出す。


「それじゃあ……公平にいこう。カウントダウンで始めよう」


 朔音の提案に、頼と鏡屋はうなずいた。


「ああ、分かった」


 朔音は両手を高く掲げ、タイミングを取る。


「よ〜い……」


 パンッ!


「ドン!」


 その合図とともに、頼と鏡屋は前方へと走り出した。次の瞬間――


グシャアアッ!


 頼の隣で、鏡屋の腹部が斜めに裂けた。

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