第6話:私からの"依頼"

「はぁ〜……神凪から連絡が来て、もう五分。あいつ、いったい何やってんだよ……」


 玄関先で頼がイライラとした様子でぼやくと、ポケットに入っていたスマホに通知が届いた。


「お、やっと来たか」


 頼はスマホを手に取り、神凪からのメッセージを確認する。


『待たせてごめん!今開けに行く!』


「やっとか……」


 そう呟きながら、頼は肩の力を抜く。が、その直後——


 “ピコン”と、さらに一件の通知が届く。


「ん?」


 再びスマホを覗き込んだ頼の表情が、みるみるうちに曇っていく。


「はぁ?マジで言ってんのか……?」


 その異変に気づいた加奈子が、いぶかしげに声をかける。


「頼くん……どうしたの?」


 ビクッと反応した頼は、すぐに振り返り、苦笑まじりに答える。


「いえ、神凪から“今から扉開ける”って連絡が来まして」


「な、なるほど……?」


 加奈子が首を傾げると、ちょうどその時、扉がゆっくりと開いた。


「お……お待たせして、本当に申し訳ありませんでした……」


 神凪が、やや怯えた様子でそっと顔を覗かせる。


「おせ〜よ。こっちは客連れて来てたんだぞ。もっと早くしろっての」


 頼が怒り気味に言うと、神凪は気まずそうに笑いながら言い訳を始めた。


「で……でもさ〜……ほら、たった五分しか経ってないし〜……時間かけた分なんとかなりそうなんだからさ……許してよ……」


 その言葉に、頼は鋭い目つきで切り返す。


「それ、加奈子さんの前でも言えるか?」


「うっ……す、すみませんでした……」


 すると、頼の背後から加奈子がひょこっと顔を覗かせた。


「神凪ちゃん、あの幽霊はどうしたの?まだ中にいるのかしら?」


 神凪は視線を逸らしながら、言葉を濁す。


「いや〜……その〜……なんというか……」


 しどろもどろになる神凪に、頼が一つため息をつきながら助け舟を出す。


「ウチのメイドが、祓っちゃったんじゃないか?」


「そ、そう!そうなんです!ウチのメイドがいきなり入ってきて幽霊にびっくりして、つい祓っちゃったって……」


 神凪は必死に便乗するが、加奈子は疑念の目を向ける。


「メイドさん? 私が来たときには、そんな人いなかったけれど?」


「いや〜、そのときはたまたま買い物に行ってて〜……」


 なんとか言いつくろおうとする神凪だが、加奈子の追及は止まらない。


「それに、普通のメイドが幽霊を“見えて”、なおかつ“祓える”なんて、どう考えてもおかしいと思うのだけれど?」


「そ、そんなことは……」


 神凪が押され気味になっていた、そのとき——


 リビングの扉が静かに開き、中から一人の少女が現れた。


「あ、あのっ!」


 彼女は少し緊張した面持ちで、はっきりと言い放った。


「わ、私が……幽霊を祓ってしまいました!」


 そこに立っていたのは、クラシカルなヴィクトリアンメイド服に身を包んだ少女だった。丸くふんわりとした帽子をかぶり、その容姿はどこかファンタジーアニメにいそうなキャラを彷彿とさせる。


 加奈子は思わず名前を尋ねる。


「あ……あなたは、どなたでしょうか?」


 少女は少し黙した後、まっすぐ加奈子の目を見つめて名乗った。


芽衣めい……と申します。今は神凪さんのお世話全般を任されております」


 そのやりとりを横目に見ながら、頼が神凪に呆れたような声で問いかけた。


「なんだよ、あの“幽霊を妖怪にして、メイドにした”ってメールは」


 神凪は肩をすくめ、苦笑いを浮かべながら答える。


「うまくいったんだから、いいでしょ?」


 すると頼は、ため息混じりに続けた。


「それと……お前、なんであんな服、持っての?」


「え」


 神凪は頬を赤らめ、俯きながら小さな声で答える。


「……メイド喫茶のメイドさんに……ちょっと憧れてて……つい……」


 頼は引き気味な顔で神凪を見つめた。


「やめて!そんな目で私を見ないで!」


 神凪が虚しさのあまりに叫ぶと、加奈子は静かに神凪の方へと向き直り、小さく頭を下げた。


「疑ってしまって申し訳なかったわ。芽衣さんからは、かすかに霊気を感じる……祓ったというのも、どうやら本当みたいね」


「い、いえいえ! こちらこそすみません。勝手に幽霊を祓ってしまって……」


 神凪も軽く頭を下げ、そして少し表情を引き締めて口を開いた。


「ですが、これだけは言わせてください。あの幽霊は、今回の件には一切関わっていません」


 加奈子はその言葉に眉をひそめ、問い返す。


「なんでそう言い切れるの?」


 神凪は微笑みを浮かべながら答える。


「本人から聞きました。ただ、興味があってやって来ただけだったみたいですよ」


 加奈子は一つ頷くと、もう一度深く頭を下げた。


「なるほど……ということは、私の早とちりだったというわけね。本当にごめんなさい」


 その瞬間、頼が口を挟む。


「これ以上の謝罪は結構ですよ。それより、今回の報酬の話をさせてください」


 加奈子は頼の言葉に頷き、一言で了承する。


 こうして一同は、改めて家の中に入り直し、以前と同じように向かい合ったソファに座る。そうして神凪が口を開いた。


「それでは早速、報酬の話をさせていただきます」


 加奈子は静かに頷く。


「私たちが今回望む報酬は、二つです。一つは依頼完了に伴うお金、二つ目は……情報提供です」


 その言葉に、加奈子はややいぶかしげな表情を浮かべる。


「お金はわかるけど……情報提供?」


「はい。といっても、大それたものではありません。今、ちょっとした人探しをしていて。見覚えがあるかどうか、確認させてほしいだけです」


 加奈子はどこか心配そうなまなざしで神凪を見つめた。


「本当にそれでいいの? 他にもあるでしょう? たとえば、もっと宣伝してほしいとか、祓いに使う道具が欲しいとか」


 しかし、神凪は首をゆっくりと横に振った。


「いえ。もともと、人探しをするためにこの“何でも屋”を始めたので」


 そのとき、台所の方から紅茶を持った芽衣と頼が戻ってきた。頼はカップを置きながら尋ねる。


「ってことは、頼めば宣伝してくれるんですか?」


 加奈子はこくりと頷いた。


「ええ。これだけ良くしてもらったのだから。できることなら、何でも協力するわ」


 その言葉に、神凪は少し驚いたように目を見開く。


「いいの? 前に、“誰にも頼らない”って言ってたのに」

「あれは、“自分の手で下すために助けはいらない”って意味で“すべての助けを拒む”という意味じゃない」


 会話の流れに加奈子はやや混乱した表情を浮かべた。


「ごめんなさい、今の話……よく理解できなかったのだけど」


「いえ、大丈夫です。これは、俺らの話なので」


 頼がフォローを入れると、加奈子は納得しかねる表情のまま、そっと頷いた。


 その後、神凪は一枚の紙を加奈子へ差し出す。そこには人物の特徴が箇条書きされていた。


『1. オールバックの髪型 2. ガタイのいい男 3. ~』


 加奈子はその紙に目を通すと、すぐに首を横に振った。


「ごめんなさい。私の知り合いには、この特徴に合う人はいないわ。というか、見たこともない」


 神凪はにこりと微笑む。


「いえ、ご協力ありがとうございました」


 その後は、報酬の金銭面について簡単に確認を済ませ、神凪は加奈子を玄関まで見送る。


「今日は本当にありがとう。久しぶりに、安心して眠れそうだわ」


 神凪も穏やかに微笑んで答える。


「こちらこそ、ありがとうございました。よければまた、いつでもお越しください!」


 二人は笑顔で別れを交わした。


 ――その数分後。


「はぁ〜……久々の依頼、つっかれた〜」


「お疲れ」


 頼がいつの間にか背後に立ち、壁に寄りかかりながら声をかけた。


 そのすぐ後ろから、芽衣が顔をのぞかせる。


「あの……」


「ん?」


 神凪が首を傾げると、芽衣はまっすぐに彼女を見つめた。


「さっきの“手を下す”って話……あれってどういう意味ですか?」


 神凪は笑顔のまま、軽くはぐらかそうとする。


「いや〜、たいしたことじゃないよ?」


 だが、芽衣のまなざしは鋭かった。


「私は、あなた方に助けられました。……私を妖怪という、存在の強いものにもしてくれた。ですが、それでも……私には、外に居場所がありません」


 その言葉に、部屋の空気が少しだけ張り詰める。


「だから、これは私からの“依頼お願い”です」


 芽衣は頼にも視線を向け、言葉を続けた。


「私に、この世に居場所を作ってください。対価は、あなたたちの抱える問題の解決を手伝うことです」


 頼が慌てたように口を挟んだ。


「お、おいおい、何勝手に話を——」


 だが、芽衣は再び鋭いまなざしを二人に向ける。


「私はあの場で、祓われる運命でした。ですが、助けたのはあなた方です。……なら、責任、取ってください」


 その言葉に、神凪はじっと芽衣を見つめたまま黙っていた。やがて背を向け、ポツリと漏らす。


「実は私たち……親を殺されたんだ。変な殺人組織にね」

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