終末のペペロンチーノ・エスケープ

神町恵

終末のペペロンチーノ・エスケープ

世界がゾンビに侵食されてから数ヶ月。

文明は崩壊し、SNSは死に、コンビニのホットスナックは全滅した。


そんな地獄のような世紀末に、一人の男がいた。


「くそっ……唐辛子効きすぎだろこれ……ヒッ、ヒィィィッ!!」


彼の名は有尾桜里(ありお おうり)。

左手に鍋、右手にフォーク。今まさに出来立てアツアツのペペロンチーノをすすりながらゾンビの群れから全力疾走していた。


「はあっ、はあっ!麺伸びる、伸びるっつってんだろがァ!!」


後方では、数十体のゾンビが呻きながら追いかけてくる。

だが、桜里の脳内は「パスタのベストなアルデンテ時間」でいっぱいだ。


「にんにくも唐辛子もベーコンも完璧だったんだよ!ここで食わなきゃ何のために生き残ったんだ俺はッ!」


その様子を、遠く安全地帯から眺めていた男がいた。

ガラス張りの高層ビルのラウンジ。優雅にカクテルを飲みながら、タブレット越しに地獄絵図を鑑賞する。


彼の名は堂島マサル。トレードマークは鏡面反射のサングラスと、常に口元に浮かぶ不敵な笑み。

職業:ゾンビアポカリプス実況配信者。


「ハハッ、来たぞみんな!“パスタランナー桜里”が今夜もやってくれています。今日のメニューはペペロンチーノ、そしてデザートは“逃走”だッ!」


彼は今、オンラインで世界中にゾンビサバイバーたちへ向けて実況配信していた。


チャット欄

《wwwwwwww》

《なんで食うんだよ今》

《こいつ伝説になるわ》

《ペペロンチーノは命より重い》

《上のコメが利○川で草》


一方そのころ、桜里は路地を曲がりながらペペロンチーノをすすっていた。


「んん~~っ!!うんまっ……ッ!熱っつ……でもうんまっ!!」


彼は異常な食への執念と、料理学校で培った動体視力でゾンビの手を紙一重でかわしていく。


「このソースの乳化感……たまんねぇ!ゾンビよりタマネギの切り方の方が怖ぇよ俺ァ!!」


しかし、角を曲がった瞬間、突然現れる“ゾンビの壁”。


「……は?」


桜里、パスタをくわえたまま固まる。ゾンビ、もぐもぐ口を開ける。


そこへ――


ブォン!!!!


突如、上空からワイヤーで急降下してくる影。


「やれやれ……お前、どんだけ飯に命かけてんだよ。」


サングラスを反射させながら、マサルが舞い降りた。


「マサルッ!?なんでお前がここに!?お前、毎日ラウンジでカクテル飲んで“マジで生存者いるんだ”とか言ってただけだろ!」


「たしかにな。でも……お前のペヤング見てたら食いたくなったんだよ。……ペヤング、半分こな?」


「ペヤングじゃなくて、ペペロンチーノな!……それにお前、この状況見て“食いたくなった”とか言えるのすごいな……でもよォ……」


桜里はフッと笑った。


「もちろん、いいに決まってんだろ。今日のは……ガチでうまいぞ?」


二人は背中を合わせ、迫り来るゾンビの群れに対峙した。


「いくぞ桜里!」


「ああ。絶対残すなよ、麺が伸びるからなッ!」


こうして、ペペロンチーノと友情とゾンビが交差する熱い夜が幕を開けた。


ラウンジでは今日もチャットが大盛り上がり。


《マサル参戦で草www》

《リアルゾンビ飯バトル》

《この二人、シリーズ化しろ》

《サングラスでゾンビ蹴るのおもろすぎ》

《次はカルボナーラで頼む》


そして配信タイトルはこう更新された。


【生配信】ゾンビ地帯でペペロンチーノ食いながら逃げた結果www【衝撃】

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終末のペペロンチーノ・エスケープ 神町恵 @KamimatiMegumi

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