俺と、神様と、夏休み。
天かす
第1話出会い。
――夏って、なんかこう、暑いし、うるさいし、テンションが高すぎる気がする。
蝉は全力で鳴いてるし、太陽は遠慮なく照りつけてくるし。
俺のやる気は、溶けたアイスみたいに流れっぱなしだ。
「……ま、暇だし、いっか」
荷物を肩に担ぎ直して、俺――朝倉 蓮は、ぼんやりと見上げた。
目の前にあるのは、山の中腹にひっそりと佇む、朱色の鳥居。祖父の遺した小さな神社だ。
「神社の管理、頼んだよ」なんて軽く言われて送り出されたこの夏休み。つまり、これは強制イベントってやつなんだけど、まあ、こういうのも悪くない。
神社の入口に立つ鳥居は、朱色の木が日差しであせて、苔むした石段がずっと奥まで伸びている。その両脇には雑草の楽園。さすがに放置しすぎだろってレベル。
「じいちゃんの神社、って話だけど……これ、神様も定年迎えてない?」
見た感じ、参拝者ゼロ。いや、マジで動物以外来てないでしょここ。
蝉の声がじりじりと響いてる。山の中腹だからか、風だけはやけに涼しい。
「……相変わらずのどかだなー。やっぱ電波死んでるけど」
スマホを取り出して確認したが、表示されたのは「圏外」の二文字。
文明社会、ここに敗れる。
「じいちゃん、こんなとこよく一人で住んでたな……」
境内に近づくにつれて、打ち水されたみたいに涼しい空気が流れていた。
誰もいないのに、どこか人の気配がして、静かだけど寂しくない。
「まぁ、電波もないし……掃除でもしてやるか……って、うわクモ! クモは無理!」
境内に足を踏み入れた瞬間、顔面に蜘蛛の巣が直撃。反射的にのけぞって、思わず尻餅をついた。
「人がいないってことはクモの天下かよ……っつーか、神社って虫除けとか効かないんですかね神様!」
そのとき、しゃらん、と風鈴が鳴った。
妙に澄んだ音だった。風もないのに、それはひとつだけ響いた。
「……え? なにこのタイミング良すぎる系効果音……」
顔を上げると、社の前に、見知らぬ女の子が立っていた。
白いワンピース、風にふわりと揺れる銀色の長い髪。
陽の光を背負って、どこか非現実的なほどに綺麗な立ち姿。
「やっと来たんだね、蓮くん!」
「……登場演出、完璧すぎない?」
「え?」
「いや、銀髪ロングに白ワンピで、唐突な呼びかけって……これ完全にテンプレヒロインじゃん。アニメで百回見は観た……」
「テンプレじゃないし! 私はミナツ。この神社にいた神様……だった、みたいな?」
「“みたいな”って何!? 神様ってそんな曖昧な存在なの!? っていうか、なんで俺の名前知ってんの?」
「神様なんだから、そのくらい分かるもんだよ! 名前とか、血液型とか、ラーメンの好みとか!」
「ラーメンの好みいらんだろ……」
……とりあえず、ツッコミどころが多すぎる。
けど、それ以上に気になるのはその存在感。
暑さが吹き飛ぶくらい、妙に涼やかな空気をまとっていた。
「一応この神社の守り神的ポジションだったんだけど、もう何年も人来ないし、気付いたら私、ここで昼寝しちゃってたみたい」
「つまり、ニートの神様?」
「失礼な! 神は神だよ、たとえ昼寝してても!」
少女――ミナツはふんすっと胸を張る。
神様って、もっと神々しいものだと思ってたけど……なんだこのゆるさ。
「で? 君は何しに来たの? 神社巡り? 夏の修行? 合宿?」
「いや、ただの親の命令。『じいちゃんの神社、様子見てこい』って言われて来たんだ」
「あー、なるほどね。代理管理人ってことか……。じゃあ、しばらく一緒に過ごすんだね!」
ミナツは目を輝かせ、嬉しそうに声を上げた。
「いやいや、なんでそうなるの!? しかも決定事項みたいに言わないで!?」
「夏っぽいイベント、たくさんしよっ!」
ミナツの目は真剣そのものだが、その顔の端にはどこか冗談交じりな笑みも浮かんでいる。
「スイカ割り、花火、肝試し、金魚すくい、浴衣デートも!」
「最後だけ急に距離感詰めるな! あと金魚どこから調達する気だよ!」
「わたし、神様だよ?」
その言葉に、俺は思わず口をつぐむ。ミナツは、まるでこれが全て当たり前のように言ってのける。少しだけ勝ち誇ったような笑みを浮かべて。
「いや、それ信用していいのかよ……」
ここまでの会話を振り返っても、ミナツの発言は自由すぎる。
でも、なぜか嘘をついてるようにも見えない。不思議な説得力があった。
「……じゃあさ、ほんとに神様なら、なんかそれっぽい能力とか使ってみてよ」
「え、今このタイミングで!?」
「無理なら無理でいいけど、なんかこう……証拠的な?」
「じゃあ……ちょっとだけ」
ミナツが指を軽く鳴らすと、日差しが少しだけ陰って、境内の空気がさらりと冷えた。
「……え、何これ」
「風、呼んでみた。神様のまねごと、くらいならお手のもんだよ!」
涼やかな風が、木々の間を抜けていく。
蝉の声が、少しだけ遠ざかったような気がした。
「……すげぇ」
「でしょ!」
ミナツは誇らしげに笑う。
……なんか、思ってた神様とぜんぜん違うけど。
でも、ちょっと面白くなってきた。
「しょうがないな。夏休み、付き合ってやるよ」
「やった! 神様的にも、歓迎しますっ!」
そんなふうに、俺の夏ははじまった。
神様(仮)と一緒に過ごす、うるさくて、暑くて、ちょっとだけ不思議な夏の日々。
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