第49話 救出作戦

 ケイトは荷物をつめていた。

 一心不乱に目につく金目のものを袋へと放り込むとそれを背負う。

「……どこに行く気だ?」

 その姿を扉にもたれかかって見ていたロランは声をかけた。

「…………っ!!」

 そのロランの姿にたった今気づいたのだろう。彼女は驚いたように目を見開くが、すぐに鋭く睨むように目を細めた。

「どいてください」

「どこに行く気だ? と俺は尋ねたぞ」

 それにロランも低く声を返す。

「家主の問いにも答えられないか」

「……リジェル王国へ向かいます」

 その返答に深く深くため息をついた。

 彼女の考えることなどわかりやすいほどにわかる。しかしあまりにも無謀だ。

「行ってどうする。きみも共に捕まるだけだ」

「……っ!! だとしても!! お嬢様のことだけは逃がします!!」

 そう叫ぶ彼女の瞳からはぼろぼろと涙があふれ出した。決壊したそれは止まることなく床の絨毯にしみを作る。

「わ、わたしは……っ、お嬢様に助けていただいたんです……っ!! 助けにいかなくては……っ!!」

 再びロランはため息をついた。その音にケイトはびくりと肩を揺らす。

 彼女自身も無謀なことを言っていると自覚しているのだ。

「算段はあるのか?」

「…………」

「具体的には何をするつもりだ?」

「…………看守に賄賂を渡して面会を取り付けて、お嬢様を逃がします」

「できるのか?」

「り、リジェル王国では賄賂による融通が利くことが多いのです! できます!!」

「……そうか」

 ロランは小さく首を横に振る。ケイトはそれに立ち向かうようにまだ涙の浮かんだままの瞳をあげて睨んだ。

「それを聞いて安心した」

「……え?」

 ぽかんとあっけに取られるケイトにロランは小さく笑う。

 そして一枚の書状を見せた。

「隣国に乗り込むにしても立場上いろいろと制約があってね。その上俺はリジェル王国の風習や地理に疎い。侵入した後はどのようにしたものかと思案していたのだが、きみを頼りにできるのならば心強い」

 その書状はアゼリア王国の王子から送られてきたものだった。

 それは『ロラン・グラッドを隣国の偵察へと向かわせる』という旨の指令書だ。

 実はロランはアゼリア王国の第一王子とそれなりに仲の良い友人である。

 年齢が近いこともそうだが、戦争の際には王都に滞在していろいろと話し合った仲で、元々は同じ師から槍術を習っていた兄弟弟子である。

 今回ハナコを助けにいくにあたり、適当に隣国へ侵入する口実をつけてもらうために『隣国にて流行病との報があり確認したい』という内容の手紙を送ったのである。ちなみにその手紙にはP.Sで『婚約者が連れ去られたからついでにそいつもさらってくる。事情は帰ってから話す』とも記載していた。

 王子は呆れつつも『あまり目立つな』の注意付きでロランの意をくみ取って許可を出してくれたわけである。

 ちなみにロランの魔導具の共同研究者である友人はその第一王子である。

 その書状とロランの発言で意図を察したのだろう。ケイトは表情を明るくした。

「ロラン様っ!!」

「ことは急を要する。行くぞ、道案内は頼めるか?」

「もちろんです!!」

 ロランが振り返った先にはレスターとレンもいて彼らも静かにうなずいてみせた。

 少数先鋭で行く都合上、侵入はロランとレン、ケイトの三人での決行となる。

「レスター、留守の間は任せた」

「いってらっしゃいませ」

 恭しく彼は頭を下げてロランのことを送り出した。



 周囲はすえた匂いで満ちていた。

「これは……、ひどいな」

 口元にハンカチを結びながらロランはつぶやく。

 三人はリジェル王国内へと来ていた。

 森を越えて行商人を装い入国したのだ。

 病がはやっていることは知っていたため精のつく果物や野菜を持ってきたと伝えると一行は歓迎された。

 しかし入って見た光景に絶句する。

 周囲の人々はみなごほごほと咳き込み、中には路上に座り込んでいる人もいる。

 ほとんどの人は家に閉じこもっているのか街中は閑散としていて人通りは少ないが、それにもかかわらず街道はずいぶんと汚れていた。

「うええ、やばいですよ、ここ」

 道に落ちている吐瀉物を気味悪げに見ながらレンがぼやく。

「一応中心都市まで来たはずですよね? 国境間際の村のほうがよっぽどマシでしたよ」

「……そうだな」

 レンの言う通り、森を抜けてすぐに入った村はやはり活気はない様子だったがぼちぼちと回復している人間が出ているのか畑を耕している人の姿もぽつぽつと見られていた。

 道もここまで汚染されていない。

(そういえば……)

 ハナコが話してくれた説明の中に、『田舎のほうが汚物の処理が適切に行われている』という話があった。畑に肥料としてまいている分、生活圏にまで排泄物は侵入してこないという話だった。

(『メンエキ』とかの話もしていたな。すぐに治癒術で治すと身体の中で病気に対抗する力が育たないと……)

 要するに、田舎の村では治癒術が行き届かなかった分、その『メンエキ』を手に入れた人が少なからず出たということだろう。

「お嬢様がいらっしゃれば、こんなこと絶対に許しませんでしたのに……」

 かつての街の様子を知っているからなおさらなのだろう。ケイトは無念そうにそうつぶやいた。

「まずはハナコを探そう。どこにいるか検討はつくか?」

「それでしたらおそらく中央留置所におられるかと。ご案内いたします」

 ケイトはすぐに表情を引き締めるときびきびと歩き出した。

 目立つ馬車を路地裏に隠し、レンに見張りを頼むとロランはその後へと続いた。


 結論からいうとハナコはその留置所におり、面会の約束を取り付けることも容易であった。

 看守の男はずいぶんとくたびれており、ケイトが報酬をちらつかせると目の色を変えて飛びついてきたのだ。

「確かにここに聖女エレノア様はいるよ。それをくれるってんなら会わせてやってもいい。でも今すぐは無理だ」

「いつならいいの?」

「今日の夜またきな。日が落ちてからの見張りは俺だけになる。なるべく日が落ちてからすぐに来てくれ」

「どうして?」

 首をひねるケイトに男は歯の抜けた口をゆがませて笑った。

「そりゃあお嬢ちゃん、あんたらに金をもらったらこんな落ち目の国からはとっとと出て行くためさ。これだけありゃあ娘夫婦と一緒に出て行ってもしばらく安泰だ」

 ケイトとロランは顔を見合わせる。

「……なるほど」

 一つうなずくとロランは彼に一枚の金貨を渡した。

「これは前金だ。日が暮れてすぐにここに来るから残りの報酬はその時に渡そう」

「ひひっ、こりゃどうも」

 男は頭を下げると大事そうにその金貨を懐へとしまった。

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