第39話 女神フーリア
「そんなに警戒しないでよー。さすがのわたしもちょっと傷つくよ?」
彼女はそう言って笑った。
全身がまぶしいほどの純白でできたその姿に花子は見覚えがあった。純白の肌、純白の髪、瞳だけが不思議な光彩で虹色にきらめいている。
「……女神アリア様」
「うんうん、わたしは確かに女神だよ。でもアリアではないかなー」
彼女の言葉に花子ははっと我に返る。
(そうだ、当たり前だ)
女神アリアは花子の祈りがないとこの世に顕現できない。それも一時的なもので持続的に存在することはできなかったはずだ。
それによくよく見るとアリアと彼女の顔立ちは少しだけ違った。アリアの方が顔立ちが濃く、そして髪が波打っている。目の前の真っ白い女性は真っ直ぐな長い髪をしていた。
その色彩がそっくりなことで勘違いしてしまったが、その口調からも明らかに別の存在だ。
(でもそっくりだ)
そして明らかに人間ではない。
「もしかして実体を持つ女神に会うのは初めてかな? 珍しいもんねー」
「めずらしいって……」
そんな棒アイスのあたりくらいのノリで言われるようなことではない。
「女神が実体を持つことがあるのか?」
「そりゃあもちろん! どの神も大精霊も最初は実体を持っているさ。失って精神体だけになってしまう者が多いけどね-」
彼女は空中にふわふわと浮かんだまま手をひらひらと振る。
「女神だと……?」
その姿にロランが警戒するようにつぶやいた。
「おまえ、一体何者だ」
「さっきも言ったとおり、わたしは女神だよ-。名前はフーリア」
へらへらと彼女は笑う。
「女神フーリア。聞き覚えない?」
花子とロランは顔を見合わせた。そして同時にフーリアと名乗った女性へと視線を戻すと答える。
「ない」
「ないかー。ざんねーん!」
たはー、と彼女は手のひらを額へと当てた。
「まぁあんまりメジャーじゃないからねー。あ、そーだっ! きみ達ちょうどいいからさー」
良いことを思いついたというように彼女は両手を合わせる。
「わたしのことちょっと信仰しない?」
花子はせいいっぱい申し訳なさそうな雰囲気で胸に手を当てた。
「宗教の勧誘はちょっと……」
「きみ思いっきり領民達に宗教の勧誘してたよな?」
ロランのつっこみは聞こえなかったことにする。
「ああ、女神アリアとか言ってたねー」
しかしフーリアは先ほどの花子の発言をしっかり覚えていたらしい。にこにこと続けた。
「乗り換えない?」
「うーん」
「今なら信者第一号に認定してあげるよ-」
「なにか特典はあるのかい?」
彼女はばっと両手を広げて微笑んでみせた。
「ない」
「ちょっと今回の話はなかったということで……」
「まぁまぁまぁまぁ! ちょっと待ちなよー!」
そっとその場を離れようとする花子にフーリアはふよふよと近づく。その肩にしがみつこうとするのはまだ警戒しているロランによって阻止された。
「今はだよ、『今は』! いずれ願いを叶えてあげるからー」
「どういうことだい?」
振り返った花子に彼女はにやりと笑う。
「神の成り立ちを知ってるかい?」
「『成り立ち』?」
「そう、ずばり、この世の神、あるいは大精霊とは元々はただの精霊だよ」
花子は眉をひそめる。しかし興味があることを悟られたのだろう、彼女は得意げに続けた。
「精霊は人と共に生まれる。そして精霊は動物の姿をしている。それは知ってるかなー?」
「ああ、知っている」
この世の常識だ。うなずく花子にフーリアは意地悪く笑う。
「じゃあ『人型』の守護精霊を見たことはー?」
「『人型』?」
「そう、『人型』ー」
言われて花子は気づく。そんな守護精霊は生まれてこの方見たことがない。しかし、言われてみれば、
「『人間』も立派な動物でしょー?」
にやにやとフーリアは意地悪く笑う。
「『人型』の守護精霊もごくたまーに生まれるんだよー。そしてそういう奴が『女神』とか『大精霊』とか呼ばれて信仰の力で神格化する」
自らの胸に手を当てて彼女は言う。
「わたしもそのうちの一人だよー。そしてこの地域で信仰されている大精霊も、隣国で信仰されているらしい『女神アリア』も」
(知っていたのか……)
彼女は『女神アリア』が隣国リジェル王国で信仰されている神だと知っていたようだ。
けれどフーリアからもたらされた情報は花子を納得させた。
『女神アリア』はリジェル王国建国時その初代国王に寄り添っていたという伝説が残っている。つまりリジェル王国の初代国王の守護精霊がアリアだったのかも知れない。
(いや、初代国王は男だからおかしいか……)
一般的には人とその守護精霊の性別は同じだ。花子の守護精霊はローズはメスだし、ロランの守護精霊アーロもおそらくオスだろう。
「リジェル王国の初代国王の妻の守護精霊が確か女神アリアだったねー」
花子の疑問に答えるようにフーリアはそう言った。
「ずいぶんと詳しいな」
「まぁねー。実はわたしのパートナーだった人間はリジェル王国の初代国王の妻の血縁だからねー」
「ややこしい言い方をするなぁ」
「ふふふ」
彼女は笑う。
「わたしとアリアはそんなに似てるかなー?」
「わたしの素性も知っているのかい?」
彼女は静かに顔を近づけた。その虹色の瞳がサファイアの瞳をのぞき込む。
「知らないよー? でも知っている匂いをぷんぷんさせてるねー」
「……そうかい」
「なんでもいい!」
その時、ロランが地面に槍を打ち付けた。その衝撃で電撃が走り花子からフーリアを引き剥がす。
「おっと」
「おまえが何者かなどどうでもいい。重要なのは害があるのかないのかだ」
水色の瞳が鋭くフーリアのことを睨む。
「害があるのかないのかだってー?」
女神はそれにふふふと笑う。
「もちろん、害なんかないよー」
「その言葉を信用できるとでも?」
「できるできる。だってわたしなんの力もないもん」
「……は?」
ロランが口を開ける。それに彼女はうなずいてみせた。
「信者第一号にしてあげるっていったじゃん。誰にも信仰されてないからなんの力もないよー。ってゆーか大精霊にこの山に閉じ込められたせいで信仰してくれる人がいなくなっちゃったんだよねー。とりあえず助けてくれるー?」
そう言って彼女が指さしたのは自らの足だ。
よく見るとそこには黒い鎖が巻き付いていた。
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