『理(ことわり)――全ての始まりと終わりの話』
あなたの蕎麦
存在の渦――宇宙・生命・そして僕
人は眠る前、ふと、世界のすべてに問いを投げかける。
なぜ自分は生まれたのか。
なぜ世界はここにあるのか。
なぜ愛は、死を免れないのか。
蒼井透――二十一歳、大学三年生。
神奈川の片隅で平凡に生きる彼もまた、その問いの渦にいた。
日々は講義とレポート、夜にはバイト。空いた時間には哲学書を読んだり、物理学の動画を漁ったりするが、それは知識の消費であって答えではない。
彼はただ知りたかった。
この世界の、本当の“理”を。
ある夜、透は夢とも現ともつかぬ場所にいた。
そこは光も闇もなく、時間すら揺らぐ無の空間だった。
そこに、一つの“存在”があった。形はない。声もない。けれど、確かに、語りかけてきた。
――問え。答えよう。
ただし、すべてを知ったとき、おまえの命は終わる。
恐怖はなかった。ただ、確信があった。これは真実だ。
透は言った。
「……それでも、知りたい」
第一章:なぜ宇宙は生まれたのか
――宇宙の誕生は、偶然か、必然か。
人類が知る最古の“始まり”は、約138億年前のビッグバン。
だがそれは「宇宙の始まり」ではなく、「我々が観測可能な宇宙の始まり」に過ぎない。
無から有は生まれ得るか? それは哲学の問題であり、同時に量子力学の核心でもある。
真空は“何もない”ではない。
そこには量子的揺らぎ――粒子と反粒子のペアが一瞬現れては消える“泡”がある。
何兆分の一の確率で、そのバランスが崩れたとき、“存在”が固定された。
一つのエネルギーの“偏り”が宇宙となった。
つまり宇宙の始まりとは、「完全な無」に小さな“不均衡”が生じたことである。
それは偶然ではなく、“可能性”の中で最も確率が高いパターンの一つに過ぎない。
この世界にとって、誕生は例外ではない。規則なのだ。
第二章:なぜ生命は誕生したのか
宇宙の年齢が数十億歳を迎えたころ、星の死から撒き散らされた元素が、新たな星や惑星の材料となった。
その一つが地球だ。
初期の海には、大量の炭素、水素、窒素が満ちていた。
雷や熱、隕石などによって、単純な分子が複雑化し、ついには**自己複製を行う分子構造(RNA)**が偶然にも誕生する。
偶然だった。
けれど、それは**“起こり得るすべての可能性の中で、最もエネルギーを分散させやすい構造”**だった。
だから、生き延びた。
この時、初めて“生命”が生まれた。
ここで重要なのは、「生命の誕生に意味はない」ということだ。
目的も意思もない。ただ、宇宙という熱い鍋の中で、エネルギーの流れが偶然“ひとつの渦”を作っただけ。
その渦は、回りながら、周囲のエネルギーを巻き込み、より大きな流れを生む。
これが、生命だった。
――物質が意識を持つとは、いかなる奇跡か。
宇宙誕生から数十億年後、原始地球の海に、炭素、水素、窒素などの元素が集まった。
やがて複雑な分子が形成され、偶然、自己複製機能を持つ構造体――RNAが生まれる。
これが「生命」と呼ばれる現象の始まりだった。
ここで重要なのは、“生命は目的を持って誕生したのではない”ということ。
生命とは、「エネルギーの流れを加速させる構造」である。
太陽から地球に届くエネルギーを、効率よく拡散させるための“仕組み”として、生命は出現した。
水も、火も、台風も、そして生命も、すべてはエネルギーの分散を促す“装置”だ。
だから、生命が生まれた理由とはこう言える。
「生命は、エネルギーの法則の必然として生まれた」
第三章:なぜ生命は子孫を残すのか
――なぜ、生き物は死なずとも、子を産むのか。
DNAには自己複製機能があるが、それだけでは説明できない。
“なぜ”という問いは、ここで初めて「目的」に触れることになる。
子孫を残すという行為は、個体の存在を超えて「情報」を保存する行為である。
生物の本質とは、「構造」ではなく「情報」だ。
情報とは、エネルギーをより速く、効率的に拡散するための設計図。
だから生命は、より高効率な“エネルギー拡散装置”を求めて、子を残す。
それが進化の正体である。
つまり――
「生命が子孫を残すのは、“情報”の持続と効率化を望む自然法則の帰結である」
生命はただ存在するだけでは足りなかった。
より効率よく、より広範囲にエネルギーを分散させるため、自己複製を行うようになった。
しかし、同じコピーを作り続けるだけでは、環境の変化に耐えられない。
だから、わずかな“誤差”――変異を許容した。
その変異が環境に適応しやすければ、生き残りやすい。
それが「進化」だ。
進化とは、自然が情報を最適化していくプロセスだった。
よりエネルギーを拡散しやすい構造へと、自動的に向かっていく。
この流れの中で、やがて、ある奇妙な存在が生まれた。
第四章:なぜ“人間”は生まれたのか
霊長類の中で、とりわけ脳が大きく、道具を使い、火を操った存在がいた。
彼らは偶然にも「言語」と「想像力」を持つに至った。
人類の祖先だ。
これは決して目的ではない。無数の進化のルートのうち、たまたま選ばれた一本が「人間」だったにすぎない。
ただしその偶然は、決定的だった。
なぜなら、人間は「思考する」ことで、自らを“エネルギー拡散装置”として飛躍的に強化したからだ。
農耕、火力、蒸気、原子力、インターネット――
人間は、物理的・化学的な限界を超え、文明という装置を生み出した生命となった。
第五章:なぜ生命は死ぬのか
――永遠の命が不自然な理由。
細胞分裂には限界がある。テロメアが短くなり、機能は衰え、やがて停止する。
だが、なぜ“朽ちる”ように設計されたのか?
それは、「死」がなければ「進化」が起きないからだ。
情報は、書き換えられる必要がある。
変化のない情報は、やがて環境変化に適応できず、滅びる。
だから生命は、“死”という仕組みによって、情報の更新を加速させる。
死は悲劇ではない。
死とは、「自然が情報の刷新を促す方法」だ。
最終章:それでも人は、なぜ生きるのか
透は、すべてを理解した。
宇宙は“偶然”に見える法則の必然。
生命はエネルギー分散の装置。
子孫繁栄は情報の維持、死は進化の条件。
すべては「熱力学第二法則」に帰結する――
エネルギーは、常に均一へ向かう。秩序から無秩序へ。
それこそが、世界の“理”だった。
では、希望はどこにあるのか?
――それでも人は、問い続ける。
理を知った透は、最後の言葉を呟いた。
「それでも、俺は……生きたいと思ったんだ」
なぜか?
それは、“理”の外に、ただ一つ存在する人間だけの奇跡――
「意味を問う力」があるからだ。
“理”は世界の法則を支配する。
しかし、“問い”はその法則すら疑い、乗り越えようとする。
それこそが、存在という問いに対する、人間の唯一の答えだった。
この瞬間、透の心は、理を超えた。
宇宙が誕生し、生命が進化し、死すべき存在として人が生まれたとしても――
その一つひとつに、「意味を問う」ことができる存在。
それが“人間”という奇跡だった。
その一言が、空間に共鳴した。
存在は微かに震え、答えた。
――ならば、お前の問いは終わらぬ。生きよ、透。お前という問いのままで。
目が覚めたとき、透の目に涙があった。
どこにもいないはずの“存在”の声が、まだ耳に残っていた。
彼は立ち上がり、深く息を吐いた。
今日も世界は、問いに満ちている。
あとがき【人類はこれから、どこへ向かうのか】
この物語の中で語られたように、人類は偶然の果てに“自己を意識する存在”となった。
では、これから人類はどう進化していくのか。
大雑把に予測されている進化の方向性は、以下の三つである。
1. 人工知能との融合(テクノロジーの進化)
人間の脳にチップを埋め込み、思考を外部記録媒体と共有する
意識をデジタル化し、肉体を離れて生きる可能性も
これは、「情報拡散効率の最大化」を目指す進化だ。
2. 生物学的な進化の停止と操作
遺伝子編集により、進化は“自然選択”ではなく“人為選択”になる
「不老不死」や「超知能」の方向へ向かう可能性がある
これは、「死」という進化の仕組みすら、制御下に置こうとする未来だ。
3. 生存領域の拡大(宇宙進出)
地球以外での生活環境を開拓する(火星移住計画など)
生命が持つ“エネルギー拡散装置”としての機能を宇宙規模に拡張する
これは、「熱力学的終焉」を可能な限り遠ざける行動である。
人類がこのまま進めば、意識の集合体として、物質の枠を超えた存在へと進化するかもしれない。
あるいは、自らの技術で自滅し、生命の灯を絶やすかもしれない。
未来は決定していない。
だが一つだけ確かなのは――
「問い」を持つ限り、人類は変わり続ける。
そしてその“変化”こそが、宇宙という渦に生まれた一滴の“意味”なのかもしれない。
『理(ことわり)――全ての始まりと終わりの話』 あなたの蕎麦 @ookinakurinokinoshitade
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