機動猟兵ガン・ドゥーム

まっくろえんぴつ

001 あなたは転生者である

エル・AⅢ・カイマンはアルフィード王国のA級貴族であり今年で10歳になる銀髪青目の笑顔が眩しい美ショタである。頑張り屋なエルの性格は温厚で優しい心を持っている。周囲からは愛されており同時に期待もされている子供だ。家族は父のオットーに母のマーサと兄のニッキーがいる。家族仲は良好で不仲になる要素は欠片も無い。エルの父親であるオットーが当主を務めるカイマン家はたくさんの資産があり貴族として大きな権力もある。そして貴族達からは良識のある貴族だと思われているのがカイマン家だ。


そんな将来を約束された子供であるエル・AⅢ・カイマンはある日を境に変わった。何が変わったのかというとエルという人格を形成していた魂が消滅して代わりにあなたという異世界からやってきた魂がエルの肉体に収まったのだ。これは言葉にするならば乗っ取り憑依転生と言えるだろう。もうエルの意識が戻ることは永遠に無い。つまり魂の死である。あなたは死んでしまったエル・AⅢ・カイマンという男の子の冥福を祈った。


それはそれとしてあなたは歓喜した。前世のあなたははっきり言って不幸で何もかも抑圧されていた。仕事に恵まれず、人に恵まれず、金に恵まれず、運に恵まれていなかったのが前世のあなたである。だからあなたは死んだ後に第二の人生が始まりそれが圧倒的な勝ち組でスタートしたことに感謝した。あなたは今度こそ幸せになると心に誓った。あなたは割と自分本位な所がある人間だった。




―――1時間後―――




エルの体に馴染んだあなたは異世界の情報を集めている。あなたの手元にはスマホに似た【スマフォン】という名前の機械とインターネットにそっくりな情報共有システムがあったので情報を手に入れるのは容易かった。


あなたが転生した異世界はファンタジーな世界だ。この世界の生物は魔法という超常の力を使うことが出来る。町を歩けば人間ではない亜人と呼ばれる者達が平和に生活しているし町の外には凶暴なモンスターが跋扈している。空想の産物ではない本物の神や精霊もいる。実にファンタジーだ。


人々はあなたがアニメやゲームで見たような見栄えの良いデザインの服を着ている。あなたから見ればコスプレである。建物はあなたの見知ったコンクリート製の箱型ではなくファンタジーな意匠が特徴的な建物だ。つまり実用的ではない無駄な飾りが多い。アニメ文化に馴染みきったあなたとしては異世界の意匠は見ていて楽しいものだった。


異世界の文明レベルはチグハグしている。あなたから見て中世みたいな生活をしている人もいれば未来を彷彿とさせる生活を送っている人もいる。社会制度もあなたからすれば古臭い。王様や貴族が平民を支配する絶対的な階級社会なんてあなたの価値観からすればちゃんちゃらおかしいのだ。しかしこれからあなたはこの世界で生きていかなければならない。あなたの持っている常識は捨ててしまうべきなのかもしれない。




―――1時間後―――




スマフォンで検索を続けてあなたはたくさんの情報を手に入れた。その中であなたが一番興味深かったのは【奇械兵】と呼ばれる4mくらいのサイズの有人仕様の人型ロボットだ。


奇械兵は10歳の誕生日を迎えた者が神に願えば無償で貰える兵器だ。奇械兵は兵器だが法律では犯罪で使わなければ基本的に奇械兵の使用を禁止していない。だから奇械兵は国民にとってかなり身近な存在である。どうやら異世界では奇械兵ファースト主義な文化が根付いているらしい。ここまで奇械兵が優遇されているのは何か作為的なものを感じる。だが異世界だから常識も異なるのだろうとあなたは考えるのを止めた。


奇械兵は身分を問わず人気だ。若者は奇械兵のパイロットとして出世することを夢見るし戦争で勝って英雄になることに憧れる。あなたも前世ではロボットアニメを嗜みヒーローになることを夢見た時期があった。なので異世界の奇械兵ファースト主義は都合がいい。あなたは貴族として優雅に生きるついでに奇械兵で気が向くままに戦うことを決心した。あなたは割とおバカさんだった。



「エル様。何を調べておられるのですか?」



スマフォンをポチポチ弄っていたら執事のフレッドがあなたに話しかけてきたので奇械兵について調べていると答えた。あなたは何故かエル・AⅢ・カイマンの記憶を引き継いでいたのでフレッドに対して不審な言動をすることはなかった。フレッドもいつものエルだと思っており少しも疑っていない。あなたの擬態は完璧だった。



「奇械兵ですか。エル様もご興味があるのですね」



フレッドは微笑みながらあなたに向かって喋っている。フレッドはずっとエルの成長を見守ってきた使用人の1人である。フレッドからすればエルは孫のような存在だった。そんな孫のように可愛がってきたエルの中身があなたにすり替わっているなどフレッドも分かるはずがなかった。なのであなたとフレッドは仲良く奇械兵について話をしたのだった。




―――10日後―――




あなたは今日で10歳の誕生日を迎えた。つまり神から奇械兵を受け取ることが可能になったということだ。神から奇械兵を受け取るのかはあくまで個人の自由だが奇械兵の受け取りを拒否した者はかなり少ないらしい。奇械兵を持っていることが前提の様々な仕組みが国内で出来上がっているので奇械兵を所持していないと不便極まることになる。奇械兵を欲しがらない者には余程の理由があるのだろう。あなたには関係の無い話なので気にはしないが。



「いよいよねエル。母さんわくわくしてきたわ」



「エルがどんな奇械兵を貰えるのか父さん気になって昨日はなかなか眠れなかったよ」



両親はあなたがどんな奇械兵を授かるのか興味津々だ。あなたとしても当たりを引けるのかかなり気になっている。


奇械兵は神から与えられる。それは選ぶことが出来ない。つまり奇械兵ガチャである。あなたは前世でガチャ文化に毒された人間だった。なので純粋にガチャを楽しむことが出来るのである。


屋敷を出たあなたと両親はリムジンのような黒塗りの自動車に乗って教会に向かった。奇械兵を受け取るには教会で神に祈りを捧げる必要があるのだ。神と対話する場所として教会はもってこいだが人型ロボットを貰う場所としてはどうなんだとあなたは思った。




―――1時間後―――




あなたの父親であるオットーが善政を敷いている町はとても広い。だがあなた達カイマン家の者からすれば勝手知ったる庭のようなものだった。教会まではナビゲート無しで辿り着くことは可能である。自動車を運転しているのは使用人なので使用人が道を知らなければ時間がかかったのかもしれないが今回はそんなことはなかった。



「見えてきたな。いつ見てもすごい教会だ。エルも見てごらん」



オットーに促され、あなたは窓から外を見る。そこには荘厳とは程遠い外観をした工場のような建物があった。建築には疎いあなただがこの建物には相応の金が使われているというのは分かる。しかしあれが教会なのかと言われたらあなたは首を傾げてしまう。これがカルチャーギャップなのか。



「さあ、車から降りて。エル、こっちだよ」



両親の後ろに続いてあなたは教会内に入っていく。建物内部はあなたのイメージする教会に近しい雰囲気を感じた。しかしあくまで感じただけである。機械がごちゃごちゃと配置された工場を教会にすればこうなるかもしれないというのがあなたの感想である。



「今日で10歳になる息子に奇械兵を与えたい。祈りの場を使わせてほしい」



オットーが受付で待機していた神官に要件を伝えた。神官は暫しお待ちいただきたいとあなたと両親に言った。ここでは貴族だろうと特別扱いは基本的にしないのだ。あなたはその時が来るまで手持ち無沙汰でいることになった。


待っている間は暇なのであなたは教会の中を見て回ることにした。教会の奥には神を象った巨大な像が安置してある。その像は太陽の光を浴びて虹色に輝いていた。ファンタジー世界特有の不思議物質で作られた像なのだろう。


神の像は見た目からして女性のようだ。ただしその外見は生物と言うより機械だ。神とはロボットなのだろうかとあなたは不思議に思った。


教会には何体か奇械兵が壁際に立っていた。警備用なのか飾っているだけなのかはあなたには分からない。壁際で立っている奇械兵はあなたがスマフォンで調べていた時に見たことがあった。奇械兵の頭部はバイザー型の視覚センサーに飾り立てていないシンプルな外見である。胴体も無駄を省いた見た目だ。武装は頭部に内蔵されているバルカン砲2つに銃身の短いマシンガンを装備している。奇械兵の名前は【ジムザック】だ。あなたはそれを見てロボットアニメで登場するやられメカを想起した。つまり、強そうに見えないのだ。


スマフォンで調べた情報によるとジムザックは神から与えられる奇械兵の中では最も出る確率が高い。ゲームで例えるならばレア度は☆☆☆☆☆が最高としてジムザックは☆と言ったところか。異世界ではジムザックはありふれた奇械兵ということになる。しかしありふれているから弱いわけではない。奇械兵には個体差があって同じ種類の奇械兵でも性能にはかなりバラつきがある。つまり滅茶苦茶強いジムザックもあり得るのだ。それにジムザックのようなありふれた奇械兵が強くなれる要素が存在する。奇械兵特有の機能で人はそれを【ユニークシステム】と呼ぶ。


ユニークシステムは神から奇械兵を貰った際に低い確率で奇械兵に備わっている機能だ。ユニークシステムは千差万別であり様々な能力を備えている。例えばどんな射撃武器だろうと威力が向上するユニークシステムもあれば運動性能が飛躍的に向上するユニークシステムもある。明日の天気を100%当てるという変わったユニークシステムもあるようだ。


戦闘向けのユニークシステムが備わった奇械兵は格上を倒すことだって可能らしい。つまりジムザックのような奇械兵でも強敵を倒したりすることは出来るのだ。なんとも夢のある話だとあなたは思った。ジャイアントキリングは男の夢である。


しかしそれはそれとしてジムザックは弱そうに見えてしまう。あなたはジムザックが嫌いなわけではないが欲しいかと言われたらNOと答えるだろう。あなたはレア物が好きだった。


ジムザックを見ているとあなたは少し不安になった。もしかして自分の貰える奇械兵はあのジムザックになるんじゃないのかと。あなたは貰うなら最高なやつが欲しいと思っている。だがこういう時は物欲センサーが働くので良い結果にはならない。


もしジムザックが出てきたらあなたはガッカリする。気の迷いで神に別の奇械兵と交換してくれとお願いするかもしれない。その時は神から天罰を食らうだろう。あなたは不安と期待がごちゃ混ぜになった状態で運命の時を待つのだった。




―――1時間後―――




ついにその時が来た。


あなたは両親に見送られながら祈りの場に入った。祈りの場は奇械兵が収まるくらい広い部屋だが殺風景だ。奥には機械な女神の像が置かれ天井にはステンドグラスが嵌め込まれているがそれだけだった。壁も床も石材剥き出しである。神に祈りを捧げる場所がこんなに貧相でいいのだろうか。



「この場でデウス様に祈りを捧げるのです。そうすればデウス様は必ず答えてくださります」



神官の言った通りにあなたは祈りを始めた。作法については事前に両親から教えてもらっていたので問題は無い。


祈り始めてすぐに変化があった。目を閉じて真っ暗なはずの視界が突然真っ白になったのだ。あなたが目を開けるとそこは何も無い青空に浮かぶ雲の上だった。



「僕の領域にようこそなのだ」



背後から子供の声がした。あなたが振り返るとそこにいたのは子供ではなく先程見た神の像とよく似た女性だった。考えるまでもなくあれが神なのだろう。


神は服を着ていない。ボディーラインがはっきり分かってしまうが神の全身は白い金属製の装甲で包まれているので目のやり場に困ることはなかった。神とはロボウーマンであった。



「いつもは僕の複製体が相手をするんだけど今日は暇だから僕が直々に相手してあげるのだ。君は幸運なのだ。その幸運を僕に感謝してくれなのだ」



荘厳な見た目からは考えられない言葉使いだった。神としてこれでいいのかとあなたは疑問を抱いた。しかし矮小な存在である人間が神に対して注意するなど不敬だろう。あなたは喉まで出ていた言葉を飲み込んだ。



「それじゃデウスの名の下に奇械兵を与えるのだ」



神が両手を前に突き出すと光り輝く玉が現れた。光る玉は神の手を離れるとどんどん大きくなりやがて虹色に光り始めた。



「おお! これは激レア演出なのだ! 今回はかなり期待できるのだ!」



神が興奮している。あなたも興奮していた。目の前の光景はあなたも見慣れた当たりを引いた時のガチャ演出によく似ていたからだ。あなたは一発しかないチャンスを掴めた幸運を目の前の神に感謝した。


光る玉はやがて人の形になりながら消えていった。残ったのはスマフォンで検索した時には一度も見たことの無い奇械兵だった。


それは額にV字の角のような先端が鋭いプレートが付いている。目は珍しいツインアイ。口元にはへの字のスリットが2つ付いていて顎が突き出ていた。背中には2つのブースターが装着されており外見はまるでランドセルを背負っているようにも見える。ボディーはがっしりとしており直線を多用したデザインは逞しさを感じさせる。


あなたが観察したところ奇械兵の頭部にはジムザックと同じようにバルカン砲が2つ内蔵されているようだ。それから背中のランドセルのような部分に2対の剣の柄が刺さっている。そして両手にはそれぞれ大きめの銃を持っていた。あなたの手に入れた奇械兵は珍しく複数の武器を装備していたのだ。あなたはお得感を味わった。



「【ガン・ドゥーム】なのだ! 僕でもなかなか見られない激レア奇械兵なのだ!」



どうやらあなたが手に入れた奇械兵の名前はガン・ドゥームというらしい。神が言うのだからかなりのレア物なのだろう。あなたは特別な奇械兵が手に入ってご満悦である。今ならダンスだって踊れそうだ。



「むむ! しかもこのガン・ドゥームにはユニークシステムが搭載されているのだ! すごいのだ! こんな超低確率な奇械兵を引き当てる君はとんでもない幸運の持ち主なのだ! この僕が言うのだから間違いないのだ!」



なんということか。あなたは神に褒められるくらいの豪運を持っているようだ。前世で不幸だったあなただが今世では不幸とは無縁の人生を送れそうである。ニヤニヤする顔を制御出来ないあなたは内心でガッツポーズをした。



「……決めたのだ。本当は駄目だけど幸運な君とは特別な縁を持つのだ。これから君の運命には便宜を図るから何かあったらその時はよろしくなのだ。じゃあ、バイバイなのだ」



神が意味深な事を言った。あなたがそれについて言及しようとしたら目の前が真っ白になって気が付いたら教会に戻っていた。もちろん神から貰ったガン・ドゥームも一緒だ。


神官はガン・ドゥームを見た途端に驚いた。そしてあなたの簡単な説明を聞いてもう一度驚いた。神官は長い間教会に勤めているがガン・ドゥームのような奇械兵は見たことが無いらしい。しかもユニークシステム付きとなれば興味も惹かれるというものだ。あなたは運が良かったと神官と伝えてからガン・ドゥームを仕舞った。異世界には魔法が存在しておりあなたは物を異空間に収納出来る魔法が使えた。


名残惜しそうにしている神官を尻目にあなたは両親の待つ広間まで戻った。両親はあなたの反応を見て良い奇械兵が貰えたのだと察した。あなたとしても早く自慢したかったのでその場でガン・ドゥームを取り出した。



「すごいじゃないかエル! こんな見事な奇械兵父さんは見たことがないよ!」



「本当にすごいわ! きっとエルの日頃の行いが良かったからだわ!」



両親からベタ褒めされてあなたは気分が良くなった。あなたは両親にガン・ドゥームにはユニークシステムが搭載されていることを伝えた。それを聞いた両親はびっくりしていた。それを見たあなたは思わずニヤリとしてしまった。

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